ビルは売りたくない…父の死から15年以上、相続人10人が対立寸前。1億3,500万円の売却代金を円満に分配できたワケ【相続実務士が解説】
「父が亡くなってから、もう15年以上が経っていました。そろそろ相続を終わらせたいと思ったんです」──。そう話すのは、長男のYさんです。しかし、相続の対象となった実家のビルは、土地をYさん、建物を法人や親族がそれぞれ所有する複雑な状態。さらに、相続人は10人にまで増え、ビルに住み続ける三男の妻からは「売りたくない」という主張もありました。そこで、ビルを1億3,500万円で売却し、売却代金を分配する方法を検討することに。15年以上停滞していた相続は、どのように整理され、10人全員の合意に至ったのでしょうか。相続実務士・曽根惠子氏が、実例をもとに解説します。
父の死から15年以上、実家ビルの相続が未完了に
父が亡くなってから、すでに15年以上が経過していました。
相続の対象となったのは、実家として使われていたビルです。かつては三男がこのビルで飲食店を経営していました。店を閉業したあとは、1階と2階をテナントに貸し出し、法人を設立して家賃収入を得ていました。
一方、3階から5階は住居として使われ、父と三男の家族が暮らしていました。その後、父が亡くなりましたが、相続手続きは行われないまま年月が経過。さらに今年に入って三男も亡くなり、現在は三男の妻がビルに1人で暮らしています。
長男のYさんをはじめ、次男と次女は、すでに実家を離れて独立していました。そこでYさんから、「そろそろ父の代から残っている相続手続きを完結させたい」と相談をいただきました。
しかし、現在もビルに住んでいる三男の妻は、住まいを失うことへの不安や感情的な事情もあり、手続きを進めることに難色を示していました。父の死後15年以上にわたって相続が未完了のまま残され、家族間の対立に発展しかねない「争族」の火種を抱えていたのです。
土地と建物で所有者が異なる、複雑な実家ビルの権利関係
相談の主軸となったのは、都下に位置する鉄筋コンクリート造のビル1棟です。この不動産は権利関係が複雑であり、以下のとおり所有者が混在していました。
・建物(1・2階):有限会社T社(法人)が所有。
・建物(3・4・5階):長男Yさんおよび三男の子、Mさんで持分を共有。
・土地:Yさんが単独で所有。
財産が不動産という「分けることが難しい」資産のみであったため、そのままでは相続人全員が納得する形での分割が極めて困難な状況でした。
相続人10人、法人と個人の権利も混在…解決を阻んだ5つの課題
本件には、大きく分けて5つの課題がありました。
1.相続人の多さと権利関係の複雑さ:世代交代が進み、相続人が10人に及んでいました。もともとは5人きょうだいですが、長男、次男、次女の3人が健在。亡長女の代襲相続人3人、亡三男の相続人である配偶者と3人の子どもの4人も相続人となり、合計10人が相続人となります。
2.さらに、法人名義の建物と、個人所有の土地・建物が混在しており、単純な遺産分割協議では解決できませんでした。
3.合意形成の難航:三男の妻が居住しているという現状に対し、どのように公正な分割割合を提示し、納得を得るかが最大の障壁でした。
4.煩雑な税務・決済手続き:ビル1棟を売却し、その代金を10人で公平に分配するにあたり、譲渡所得税の計算、法人税の考慮、および売却に伴う諸経費の精算など、専門知識を要する実務が山積していました。また、10人全員が決済に関与するのは非効率であるため、代表者(長男Yさん)が一括管理するスキームの構築が必要でした。
5.分配は複雑で、分配の計算書を作成することもYさん、Mさんには困難でした。そのため、当社で担当しました。相続手続きや売却の費用を計上し、会社分を除き、YさんとMさんの譲渡税・住民税をエスクロー口座でプールした残りを、決めた配分で計算。決済日に10人の口座に振り込むことができたと、Yさんより報告がありました。
1億3,500万円の売却代金を、相続人10人へ円満に分配するまで
当社では、以下のステップで解決策を提案しました。
・合意形成のサポート:各相続人の心情に配慮しつつ、相続人10人全員が納得できる配分割合を策定しました。法定割合はあるものの、両親と同居し、商売も手伝い、住み続けている三男の妻がいちばん関わりがあります。三男が健在であれば相続はできなかったところ、本年、相続人である三男が亡くなったため、三男の妻にも相続する権利が生じたのです。
・三男の妻は、自分の貢献度が高いと主張しました。父の実子のYさんや次男、次女が家を離れているなか、両親と同居し、面倒もみてもらったことは事実です。そのため、Yさんきょうだいも、三男の妻には配慮しようという気持ちでした。
・三男の妻からは、ビルを売りたくないという主張もありました。しかし、それでは分割ができないため、子どもたちから説得してもらい、実子よりも多い配分とすることで納得してもらうことができました。
・その他の相続人については、残りを法定割合で分割することで合意が得られ、公平な遺産分割協議書を作成し、無事に署名・捺印をいただくことができました。
・父親の財産はいったんYさんが相続し、三男の分はその子であるMさんが相続。ビルを売却した売買代金から、ほかの相続人に「代償金」を支払う内容としました。
・ビルを売却し、決めた割合で分配することについて合意が得られたため、遺産分割協議書のほかに「土地売却、分配に関する合意書」も作成しました。
・円滑な売却スキームの構築:不動産全体の売却代金1億3,500万円を、権利者である「有限会社T社」「Mさん」「Yさん」の3者へ適切に割り振る計算書を作成しました。
・エスクロー口座による一括管理:長男のYさんを代表とし、決済代金を一度、共同管理口座(エスクロー口座)へ着金させる手法を採用しました。これにより、売買代金から仲介手数料、登記費用、譲渡税、申告費用などを控除したうえで、各相続人へ正確に分配する仕組みを構築しました。
相続人10人への分配を完了し、将来の納税にも備える仕組みを構築
結果として、以下のとおり円満な解決に至りました。
・遺産分割の完了:父の相続、および亡三男の遺産分割についても包括的にまとめ、関係者全員が納得する形で協議書が結ばれました。
・公平な利益還元:不動産売却代金は、配分計算書に基づき、10人の相続人へ、それぞれの持分比率に応じて正確に送金されました。
・税務リスクの回避:譲渡税や法人税の納税原資、確定申告費用をあらかじめ計算し、プール金として確保したうえで分配したため、将来的な納税トラブルを防ぐことができました。
相続実務士の視点
今回の事例は、「不動産のみ」という流動性の低い資産を、権利関係が複雑な状況下でいかに公平に分配するかが鍵でした。
私の提案の根幹にあるのは、「数字上の公平性」と「感情的な納得」の融合です。
特に、権利者が10人に及ぶ場合、代表者が1人で動くことは合理的ですが、そのプロセスが透明でなければ不信感を生みます。
今回は、売却から納税、最終分配に至るまでの全プロセスを「配分計算書」として可視化し、各人が「なぜこの金額になるのか」を納得できる根拠資料を作成して、見える化しました。
Yさんは、「長年の家族の懸念事項が解決できて、本当によかった」と胸をなで下ろしておられました。一歩間違えば争いとなり、弁護士への依頼や調停に発展しかねませんが、スムーズに進めることができ、長男としての責任を果たせたと安堵されていました。
父親の相続税の申告・納税は、時効により相続税を支払うことはできません。亡三男の財産については基礎控除内であり、申告・納税は不要です。残るのは、来年の譲渡税の確定申告と納税ですので、本当にひと段落したといえます。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

