YouTubeチャンネル「ゆっくり遺産の探検隊」が、「【撮影中にアーケードが落下…】店が「全部」潰れました…大手企業も逃げ出した消滅寸前の「元・西日本一の巨大都市」【ゆっくり解説】」と題した動画を公開した。動画では、かつて九州有数の商業エリアとして栄えながら、現在は消滅寸前となっている福岡県大牟田市の商店街の歴史と現状を紐解いている。

動画の舞台となるのは、大牟田市の中心市街地にある「銀座通り」と「新銀座」だ。かつてこの一帯は三池炭鉱で働く人々で賑わい、休日の通りは「歩けないほど」の人で埋め尽くされていたという。動画内では、140年以上前に敷かれた馬車鉄道に由来する「炭鉱電車」の高架跡や、年商100億円を超えた百貨店「松屋」の跡地などを巡りながら、当時の繁栄ぶりを振り返る。

しかし、華やかな歴史の裏には度重なる苦難があった。1945年の大牟田空襲で市街地は一度焼け野原となり、戦後の闇市から再び商店街が形成された。その後も、全国的な注目を集めた三池争議や炭じん爆発事故、そして1997年の三池炭鉱閉山を経て、街から徐々に人が離れていった。現在、商店街のアーケードは骨組みがむき出しで、シャッターが「全部」閉まっている寂れた光景が広がっている。

一方で、動画の終盤ではこの街が持つ熱気にも触れられている。毎年7月に開催される「大蛇山まつり」の際には、普段は静まり返った通りに約35万人もの人々が集まり、かつての賑わいが「一夜限りで蘇る」という。

動画は、炭鉱の盛衰とともに歩んできた街の姿を映し出し、失われた賑わいと今も残る歴史の重みを伝えている。「炭鉱なき町」の現在と、年に一度の祭りで活気を取り戻す大牟田市の姿は、地方都市が抱える課題と再生への手がかりを提示している。