快適な空間だが…(写真はイメージ)

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 働き方の多様化と、コロナ後のリモートワークの定着により、街中に増加している場所がある。「コワーキングスペース」だ。

 コワーキングスペース(以下「コワーキング」)とは、働き方に関係なく、多種多様な業種の人たちが個々の仕事をする場所のこと。

 同じような施設に「シェアオフィス」があるが、こちらはどちらかというと仲間と仕事を黙々とこなす「事務所」のイメージが強い。一方、コワーキングは「1人利用」や、1回で短時間のみ使用する「ドロップイン」がしやすいカジュアル感がある。

 そのため、オフィスを持たない個人事業主や、副業・残業をしたい会社員、家では仕事がなかなか進まないノマドワーカー、さらには勉強目的の学生たちなどが集まり、それぞれが自分のタスクに向き合っている。

快適な空間だが…(写真はイメージ)

【写真を見る】それは家でやってくれ⁉ コワーキングスペースで目撃した利用客の驚くべき行動

 以前は、机といすを提供する程度の場所が多かったが、今ではWi-Fiはもちろん、防音の会議室やドリンクバー、電子レンジ、仮眠スペース、バーなどが併設されている充実型のコワーキングが客を奪い合っている。

 かくいう筆者も、長年、多くのコワーキングを利用してきた身だ。

 現在の自宅兼事務所には、静かな部屋もあるし、必要な文具や買い溜めてきた資料本もある。そして、自宅の最寄り駅周辺にもたくさんのコワーキングがある……にもかかわらず、こんな暑いなか、毎朝わざわざ満員電車に揺られ、1時間弱かけてある繁華街のコワーキングに通い詰めている。

 今回は、長年の利用から見えるコワーキングスペース(以降「コワーキング」)の長短・短所と、これまで見てきた利用者たちの「常識の違い」について考察していきたい。

音の配慮

 人がいれば、どうしても避けられないのが、「音の共有」だ。コワーキングでは、様々な音が聞こえてくる。生まれつき五感が敏感な筆者は、こうした音が非常に気になる。それは「うるさい」、だけでなく「興味を持ってしまう」という意味でもある。

 原則、常識の範囲内であれば、音を出していい空間であるため、通話やオンライン会議も聞こえてくるし(要イヤホン)、恐らく動画編集をしているのだろうが、どこからともなく高橋名人並みのマウスの連打音も聞こえてくる。

 2日に1回聞こえてくるのが、「突然の爆音」だ。恐らく誰もが一度はやったことがあるであろう、スマホやPCにBluetoothのイヤホンが接続されておらず、大音量を公共の場に流してしまう、アレである。

 そんな時に限って、絶対に人に知られたくないクセの強いお気に入り曲や、仕事をサボっていることがバレバレの、お笑い番組だったりする。

 もう一つ、陰ながらかなり重要になるのが店内の「BGM」だ。BGMは、なんでもいいわけではない。

 とあるコワーキングで流れていたのが「オペラ」だった。オペラ自体、個人的に嫌いではないが、コワーキングには向かない。ソプラノ歌手のあの高い声が、締め切り前や行き詰まっている時などに流れてくると、自分の叫び声に聞こえてしまう。

 まあ、そんなものが聞こえてくるというのは、集中していない証拠ではある。自分の原稿を少しでも前に進めるためにも、コワーキングには耳栓が欠かせない。

「耳栓までするなら家でやれ」と言われるかもしれないが、そういう人は意外と分かっていない。「そんなこと、自分自身が一番分かっている」……ということを。

「せめてトイレでやってくれ」

 コワーキングには、実に「多様な常識」が大集合する。勝手な想像だが、組織に属さない自由業が多く集まる場所ゆえに、個性が強く、「常識の範囲」も広くなるのだと思う。

 あるコワーキングを利用していた際、朝早くにスーツケースを転がした女性が座った。大きな鏡と一緒に取り出したのが、髪の毛を巻く「コテ」だった。コワーキングの机には、電源がある。そこにコードを差し込むと、慣れた手つきで長い髪の毛をくるくると巻き始めた。

 飲食が自由なのもコワーキングの特徴だ。そのため、朝はサンドイッチなどを片手に仕事をする人も少なくない。長い髪の毛を机でいじることも気になったが、何よりも驚愕したのは、その後だった。

 彼女はスーツケースから大きなスプレーを取り出し、髪全体に吹きかけたのだ。筆者が言う言葉じゃないのだろうが、それこそ「家でやれ」だ。

 こうした人たちにとっては、コワーキングは「ネットカフェ」に近いのかもしれないが、仕切りもないオープンスペースでそれができる人たちと筆者との「常識の広さ」は、明らかに違うと感じた。

週1回聞こえてくる「パチン」音

 しかし、この「家でやれ」案件には、さらに上がいる。

 それが「爪切り」だ。

 週1ペースで聞こえてくるその音を、「伸びるの早くねえか」と冷静に観察しつつ、毎度全身の鳥肌が止まらない。他人の爪切りに不快感を抱くのは「音がうるさい」からではない。切った爪の行方が追えないことにある。

 繰り返しになるが、コワーキングは一般的にどこも飲食が可能だ。

 体からの老廃物を切り離す作業を、多くの人がいる空間でできる常識も世の中にはあるのかと、ただただ驚かされるのだが、調べてみるとこの「オフィスでの爪切り」、ホワイトカラーの一部ではかなり昔から議論があるようだ。

 筆者は普段、日ごろから体の管理が必要なブルーカラーを取材しているが、彼らの現場ですら、人の前で平気で爪を切る人を見たことがない。

 まだコワーキングなら、席の移動や利用を止めるなどの対策は取れるが、会社のオフィスで爪を切っている上司を持つ全国の社員たちはさぞストレスを溜めているだろうと、深く同情するのだ。

香水ソムリエを目指す女性

 コワーキング界隈でもう一つ議論になるのが「臭い」だ。

 公共の場の臭い問題というと、「新幹線の肉まん問題」が思い起こされるのだが、このコワーキングにも臭いでクレームが出ることがあるようだ。そのため、狭い空間のコワーキングでは、「お食事は臭いの配慮をお願いします」とするところも少なくない。

 そんななか、強烈なインパクトがあったのが、「香水ソムリエの勉強をする女性」だった。

「勉強」というコワーキングの使用用途は間違っていない。その人自身も熱心に数時間もの間机で色んなフレグランスを吹きかけ、匂っては、何かメモを取っていた。が、同じ空間で数時間の間、強い香水の匂いを嗅ぎ続けるのはかなりの苦行だ。音なら耳栓で何とかなるが、鼻に栓をするわけにはいかない。

 働き方や業種が多様化していく昨今、共有スペースにおける許容範囲も、自分自身の許容範囲も広げていかないといけないのかもしれない。

コワーキングのメリット

 それにしても、これだけ人の行動が気になるのなら、改めて「家でやれ」と、自分でも思う(まあ、人間観察こそライターの仕事ではあるのだが)。

 が、それでもコワーキングに通い続けるのには、そんな五感の阻害に勝る「メリット」があるからだ。そのメリットは、何と言っても「公私の切り替え」だ。

「時間も場所も格好も選ばず、家で仕事ができる」というのは、フリーランス最大かつ唯一ともいえる長所だ。しかし、プライベート空間においては、仕事とのオン・オフの切り替えが本当に難しい。

 それは、「仕事をしたくないから」ではない。むしろ、これまで「オフ」がないほど日々仕事のことばかり考えている人こそ、目の前の家事が気になり、労働生産性が上がらないような気がする。

 昔、あれだけ「ラッシュの電車に揺られながらオフィスに通勤する生活なんて絶対に嫌だ」と思っていたのに、その朝の儀式をとげてたどり着いた先の無機質な机で始める仕事は、自宅でとは比較にならないほど効率的に進むのだ。

 感覚的には「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」に近いのかもしれない。

 もう一つ、集中できる要因は、同じようにタスクに追われている人の存在だ。長いこと、同じコワーキングに通い続けると、「常連客」を認識するようになる。

 本当に勝手に思っているだけだが、筆者と同じく、毎日コワーキングの開店時間から来ている同じ顔触れの利用者たちを見ると、一度も話したことはないのに、底知れぬ連帯感のようなものを抱く。

 閉店まで一緒に粘れば、職種はもちろん名前も知らないその“同僚”に、自分自身が励まされていることに気付くのだ。そして、いつも出退勤時に笑顔で出迎え、送り出してくれる店の店員もまた、コワーキングの心強い“同僚”であることも書き添えておきたい。

 現在、コワーキングやそれに準ずる機能を持つ施設は、国内に3000店舗ほどあるといわれている。そのうち約1000店舗は東京都内だそうだ。2026年度のコワーキングを含むフレキシブルオフィス市場規模は、2300億円となるとも言われる。

 働き方が多様化するなか、こうした施設は今後も進化を遂げながら増えていくのだろう。一方、利用する側も、他客への配慮はもちろん、自身の常識の許容範囲も広げる必要があるのかもしれないと、今日も今日とて、爪を切る音が響く空間で、この原稿を書いている(やはり爪切りだけは受け入れ難い)。

橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

デイリー新潮編集部