【柏木 理佳】「税金が安い」というイメージだけで移住してはいけない…中田敦彦・福田萌夫妻が5年で帰国、日本人が知らない「シンガポール移住」の落とし穴
7月5日、お笑いコンビ・オリエンタルラジオの中田敦彦、タレント・福田萌夫妻が、約5年間のシンガポール生活を経て日本へ帰国したことを明かし、SNS上で話題となった。
「税金が安い」「治安がいい」「教育レベルが高い」「英語環境で子育てができる」…。近年、日本人の間で「理想の移住先」として人気を集めてきたシンガポール。しかし、こうしたイメージとは裏腹に、近年は日本へ帰国する日本人も少なくないという。
シンガポールに居住経験がある、生活経済ジャーナリスト・柏木理佳氏がシンガポール移住の実態について、解説する。
所得税の最高税率は24%
円安の背景もあり海外に住む日本人が増えている。32か国と提携しているワーキングホリデー制度などを活用したり、赴任や現地採用で働いたり、移住も人気だ。
特に東京の23区より少し広いシンガポールは、外国資本や有能な外国人の受け入れ(オープンドア政策)が充実している。筆者も現地で働いていたが、退職後、転職先を探すために3か月のショートビザが発行されるなど、優遇を感じた。
現在でもJACリクルートメントのHPでシンガポール現地採用で年収700万円〜1300万円の求人がかなり掲載されていて、日本より賃金が高い。
シンガポールは日本と同じ少子高齢化だが、外国人が増加したことで、総人口は611万人になり、このところ過去最多を更新している。永住権を持っている人も含めると4割も外国人が占めており、そのうち日本人は3万3000人あまりである。
直近で外国人が増加している理由はチャンギ空港の新ターミナルの着工などのため低熟練労働者向けビザ発行を増加したことがある。
これまでは、医者や技術者など人材不足の職種において、ビザの発行を緩和するなど、分野ごとに細かくコントロールしたことで、国内の雇用とバランスをとりながら外国人を増加させることができた。
また、世界的な大富豪で投資家のジム・ロジャーズが、シンガポールに滞在していることは有名だが、彼らにとって最大の魅力は所得税が低いことである。
日本と同じ累進課税で、所得が増えるほど税金も増えるしくみであるが、所得税は、日本の場合は、最高税率で45%だが、シンガポールでは最高税率でも24%である。
例えば4000万円を超える所得の場合、45%が所得税となり、加えて住民税が10%も課税され、社会保険料なども差し引くと約半分を税金として払わなければならない。
シンガポールの場合、50万シンガポールドル(約6250万円、1シンガポールドル=125円。2026年7月中旬のレートで計算)を超える所得の場合、24%が所得税となり、地方税にあたる住民税もない。
日本の税制に従わなければいけない場合も
さらにジム・ロジャーズなど投資家に嬉しいのは、株式投資などで利益を出しても税金を払わなくてもいいということである。
日本の場合、株式投資の売却益に対して、20.315%がキャピタルゲインに課税される。それが非課税になるのである。株式だけでなく不動産、暗号資産などの売却益も所得税は課税されない。
もっと嬉しいのが、相続税や贈与税がシンガポールでは廃止されていることである。日本の場合は、相続税は10%から55%で、相続する金額によってきめられている。基礎控除として3000万円+(600万円×法定相続人の数)があり、法定相続人が一人だと3600万円までは税金がかからない。
たとえば、夫に先立たれた母の遺産が8000万円で、一人っ子の相続税は、基礎控除(3000万円+600万円×1人=3600万円)を差し引いた4400万円が課税対象になる。これに対して20%の880万円が課税され、控除が200万円引かれ、680万円も税金で払わなければならない。これがシンガポールだと非課税である。
しかし、いいことばかりではない。
特に日本人の場合、そううまくいかないことも多い。相続税に関しては、たとえシンガポールに資産があり、家族全員で住んでいたとしても、日本に住所がある場合、または過去10年以内に日本に居住していた場合などは、相続・贈与は日本の税制に従わなければならないケースも多い。
学歴、年齢、年収を厳しくチェック
また、私も体験したが、一般職の労働ビザの取得は非常に難しい。技術者などその時のシンガポールの需要のある専門職しかビザが取得できず、シンガポールで働き始めたのはいいが、ビザが取得できず、1年以内に帰国する例も多い。
ビザは、専門職、管理職、経営者用のエンプロイメントパスからS Pass(中技能熟練労働者)など8つに分類されており、高学歴で40代くらいまでの年齢、700万円以上の年収、技術レベルや資格などの内容まで厳しく審査される。
シンガポールはデジタル化が進んでいることでも有名だが、日本よりかなり前にスマホや電車、地下鉄でのSUICAやホームドアなどが普及した。
ところが、最近はAI化によるリストラが進んでいる。国際労働機関(ILO)によると、AI導入の影響を受ける総雇用者数に占める割合は、シンガポールが42.2%と世界で最も高く、すでに大手銀行もリストラを発表している。
それならシンガポールで投資家として永住権を取得しようとしても、現在では10億円以上の投資などかなり基準が厳しくなっている。また、徴兵制度もある。
英語力はしっかり身につかない
たとえビザを取得できても、はたして日本人が働いてキャリアアップになるのか、という疑問もある。
英文でのビジネスメールなどは現地のシンガポール人が担当したほうが早いため、日本人には、日本企業からの訪問客の接待担当で、工場やオフィスなどの見学から夜の食事までアテンドすることが多い。
よほど勉強しなければ英語力は期待したほど身につかないし、シングリッシュは英語の発音が独特で、欧米の発音の英会話が身につく人は少ない。
子どもの教育はプログラミング、STEM教育など理系においては充実しているが、英語、中国語などは中途半端にしか身につかない。
年500万円ほどの学費を払いアメリカのインターナショナルスクールに通学させなければ米国発音の英会話は身につかない。日本人学校は受験用対策ではないため、日本国内での勉強から遅れがちで、もちろん日本の受験用の塾も少ない。
医療はどうか。筆者もシンガポールで入院した経験があるが、料理は洋風・中華などから選べて英語の話せる看護師も多く、比較的いい病院であったが、日本語対応できるスタッフはいなかった。
英語を話せても、専門的な医療用語を英語や中国語で表現するには十分ではない。多くの日本人が、帰国時に健康診断を受けたり、病院で診察するため日本でも健康保険料など社会保険料を払っている。
たとえシンガポールの所得税が安くてもこういった二重に税金を払っている人が多く、あまりメリットがないことになる。
では、どのような人がシンガポールに向いているのか、文化、住宅、物価などの面から確認しよう。
後編記事『《中田敦彦・福田萌夫妻が帰国》高収入でも豊かには暮らせない…日本人がシンガポール移住で後悔しやすい理由』に続く。

