(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

定年後は、収入源が給与から年金へと切り替わり、生活スタイルの見直しが求められます。しかし、自身の老後資金を十分に検討せず子世帯からの金銭援助に頼る生活を続けていると、いずれ限界が訪れる可能性が高いでしょう。本記事では、佐藤正一さん(仮名)の事例を通して、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が、70代夫婦が直面した老後破綻の危機と、親子間の資金援助における注意点について解説します。※本記事は実話をベースに構成していますが、プライバシー保護のため、個人名や団体名、具体的な状況の一部を変更しています。

「息子がいるからなんとかなる」…赤字を続けてきた70代夫婦

佐藤正一さん(仮名/72歳)は、築40年の市営住宅で妻・和子さん(仮名/71歳)と2人で暮らしています。正一さんは地元の小さな製造会社で定年まで勤めあげ、和子さんも長年スーパーでパート勤務を続けてきました。

現在、夫婦の年金は合わせて月約22万円です。市営住宅の家賃や光熱費、食費、医療費などを合わせると、毎月の生活費は約24万円と、毎月2万円ほどの赤字が続いています。しかし、退職までに残せた預貯金は数十万円程度。また、定年後正一さんは膝を悪くし、和子さんも持病があり、2人とも長時間働くことは難しい状況です。

そんな夫婦を支えていたのが、隣県に暮らす長男・健一さん(仮名/45歳)です。

健一さんは妻と子ども2人(高校生中学生)との4人暮らし。決して余裕のある家計ではありませんが、毎月数万円を両親へ仕送りしており、困りごとがあればすぐに相談に乗ってくれます。正一さん夫婦は、どこかで「息子がいるからなんとかなる」と安心しきっていました。

しかし、その安心感は、大きく揺らぐことになります。

食卓に並んだパック寿司を見て、息子が涙ながらに言った“本音”

ある週末、健一さん一家が「たまたま近くまで来たから」と実家に立ち寄ることになりました。連絡を受けた正一さんと和子さんは慌てて準備。健一さんらが到着するころには、食卓にスーパーで買ったパック寿司やオードブルが並んでいました。

しかし、それを見た健一さんは、思わず顔をしかめます。

「こんなの、わざわざ買わなくていいよ」

思わぬ息子の反応に、夫婦は戸惑います。「せっかくみんなが来るんだもの、このくらいさせてよ」と言いましたが、健一さんは泣きそうな声で続けました。

「俺がどんな思いで仕送りしてると思ってんだよ」

部屋の空気が一気に重くなります。正一さんは「何万円もするわけじゃない。なにをカリカリしてるんだ」と言い返し、そこから口論に発展してしまいました。

健一さんはこれまで、両親の生活ぶりを心配し、家計簿をつくるよう助言したり、節約方法を提案したりしてきました。しかし、夫婦は「なんとかなる」「たまの贅沢くらい」と、その場しのぎを繰り返してきたのです。

一方で、健一さん自身は苦しい状況です。長男は大学受験を控え、次男も数年後には高校進学が待っています。教育費だけで年間100万円以上かかる見込みで、このほか自宅の住宅ローン返済も健一さんが定年を迎えるころまで続く予定です。

これまで「親だから」と続けてきた仕送りも、限界が近づいていました。積もり積もった思いが、この日ついに溢れ出てしまったのです。

「これ以上、俺を巻き込まないでくれ!」

部屋が震えるほどの大声に、正一さん夫婦はなにも言い返せませんでした。

それ以降仕送りは途絶え、健一さん一家が実家へ来る回数も激減。親子の距離は少しずつ離れていったのでした。

老後資金不足は、子どもの人生まで左右する

総務省統計局「家計調査(2025年)」によると、高齢夫婦無職世帯の平均的な実収入は月約25万円である一方、消費支出と税・社会保険料などを合わせた実際の支出は約28万円となっており、多くの世帯で毎月数万円の赤字が生じていることがわかります。

不足分は預貯金を取り崩して補う家庭が多いものの、蓄えが少ない家庭などでは、子どもからの資金援助に頼らざるを得ないケースも少なくありません。

しかし、子ども世帯も決して余裕があるわけではありません。我が子の教育費や住宅ローンといった支出に加え、自身の老後資産形成のための貯蓄も必要です。そのタイミングで親への仕送りまで重なれば、家計の負担は一気に増大します。

この状態で援助を続けていては、子世帯自身の生活が苦しくなってしまうほか、ひいては孫の将来にまで影響をおよぼす可能性があります。

もちろん、親子で助け合うこと自体が悪いわけではありません。しかし、「子どもがなんとかしてくれる」という前提で生活してしまうと、援助が途絶えた際に大きなリスクとなります。

こうした事態を防ぐためには、まず自分たちの家計を「見える化」することが重要です。毎月いくら収入があり、なににいくら使っているのか、いまの資産で何年生活できるのか、不足するのであればどのくらい収入を増やす必要があるのか……こうした点を数字で把握し、見通しを立てる必要があるでしょう。

まだ働ける体力があるのであれば、パートやアルバイトを続けることも一つの選択肢ですが、今回の夫婦のように持病やケガなどで働けない場合は、自治体の生活支援制度や高齢者向けの給付・減免制度を活用することも有効です。また、通常65歳から受給開始の公的年金は、最長75歳まで「繰下げ受給」することで受給額を増やすこともできます。

どの制度が自分に適しているのかを確認しながら、収入と支出のバランスを整えていくことが大切です。

「親子の助け合い」を「どちらか一方の依存」にしないために

親子は互いに助け合うべき存在ですが、その助け合いが“どちらか一方の我慢”となってしまえば、その関係はいずれ限界を迎えます。

正一さん夫婦の問題点は、息子を頼ること自体にあったのではありません。息子の助言に耳を傾けず、老後の資金や生活設計を十分に考えないまま息子への依存を続けてしまったことにあります。

家族だから助けてもらえる」と考えるのではなく、「家族だからこそなるべく負担をかけないようにしよう」という意識が、結果として親子の良好な関係を維持することにつながるでしょう。

小川 洋平

FP相談ねっと

ファイナンシャルプランナー