テレビ信州

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日本の古墳の歴史において重要な事実が見つかりました。松本市内で最も大きな弘法山古墳が、日本で最も古い古墳の一つとみられることが市の再調査で判明しました。

松本市の東部にある国の史跡「弘法山古墳」。標高652メートルの尾根上にあり、松本市街地や北アルプスが一望できます。

春は、古墳を取り巻くようにサクラが咲き、県内有数の花見スポットとしても知られる場所です。
一方で、頂上には古墳を象徴するものが…。

飯島榛菜記者
「こちらが、遺体が埋葬されていた石室という場所です。この古墳に関するおよそ50年ぶりの再調査で、ある新たな事実が明らかになりました」

松本市 臥雲市長
「東日本に限らず、西日本も含めた日本全体で最古級、最も古い時代の古墳の一つ」

弘法山古墳は、1974年に見つかり発掘調査が行われました。その結果、3世紀末ごろに造られた東日本で最古のものとされていました。

市は、2020年から史跡としての価値を高めるために再び調査を開始。古墳の全長がおよそ62メートルであることなど、正確な形状が判明しました。また、当初の調査で出土した埋葬品を基に、専門家が現代の考古学の研究手法を用いて調査も行いました。

その結果、古墳が造られた時期は、これまでよりさらに50年ほどさかのぼる、3世紀前半から半ばと判明。

松本市文化財課 田多井用章課長
「時代としては学校の教科書にも載っていますけれども卑弥呼の邪馬台国の時代。古墳時代というのは奈良県にある箸墓(はしはか)古墳ができてからあとの時代を言う場合が多い。ところが弘法山古墳は箸墓古墳よりも一段階古い古墳だということが分かった」

専門家の見解では、考古学において初めて古墳が確認された時期と同じころに造られたと位置付けられた弘法山古墳。

邪馬台国の卑弥呼を知っていたかもしれない…
一体どんな有力者が眠っているのでしょうか?

松本市文化財課 田多井用章課長
「土器を見ますとこの地方に古くからその前の時代からある土器ではなくて東海地方、例えば愛知県とかですね。ああいった地方のこの時期の特色のある土器ばかりでした。やはり東海地方と深い関わりのある方、もしかすれば、東海地方から来た方が葬られているのかもしれないですけどそういったことが言えるのかなと思って」

今からおよそ1800年前、古墳を造る人たちを癒やしていたであろうこの眺望。

訪れた人は(松本市民)
「ロマンがあって良いなあと思います。これで観光客も増えるとうれしいですね」

松本市 臥雲義尚市長
「松本城は戦国から江戸初期にかけての歴史的価値の高い国宝であり、世界の宝だと思っているが、古墳時代にさかのぼった歴史の面でも大勢の人に興味・関心を持ってもらうチャンスにしていきたい」

市は、訪れた人が古代に思いを馳せることができるよう古墳の活用方法を検討しています。