日本代表DF菅原由勢(ブレーメン)がW杯ベスト32敗退が決まったブラジル戦から一夜明けた30日、報道陣の取材に応じ、ブラジル戦の試合展開を「ほぼ自分たちのやりたいサッカーが攻守においてできていなかった。彼らの攻撃の仕方を含めて受け身になった部分もあったし、受け身にならざるを得なかった部分があった」と振り返った。

 菅原はブラジル戦の後半21分から右ウイングバックで途中出場。そこからは相手がやや出足を落としてきたが、日本はジリジリと押し込まれており、菅原はFWビニシウス・ジュニオールとのマッチアップに悔いを残した。

「流れを変えていくには例えば、僕が入ってから左サイドの選手とマッチアップしていて、あそこは2対1にしようというチームのやり方があったけど、僕がああいった選手を一人で抑えられるだけの能力があれば、プラスワンで走ってくる選手の走力をケアする必要がある(周りの)頭の疲労度はものすごく軽減されたと思う。チームスポーツで、ピッチ上は11人で戦うスポーツではあるけど、1対1で抑えられる力があれば他のチームメートにかかる負担も少なくなると思った。圧倒的に個人の力不足かなと感じている」

 さらに後半アディショナルタイム6分の失点シーンも、MFブルーノ・ギマランイスからのパスを目の前のFWガブリエル・マルティネッリに通された形。菅原は背後のビニシウスが気になったような対応を取っており、「いろんな状況の中で最適な判断をもっと自分がすべきだったと思うし、あと一歩、あと1mの世界だと思うけど、そういうところはもっと突き詰めていかないといけないし、日頃からそのような世界に身を置かないと」と危機感をにじませた。

 とはいえ今大会では第3戦スウェーデン戦に先発出場した他、残り3試合にも後半から途中出場し、全試合のピッチに立った菅原。それも初戦オランダ戦は1点ビハインドから右サイド攻撃を活性化し、同点につながる大仕事を成し遂げると、第2戦チュニジア戦は逃げ切りパターン、ラウンド32のブラジル戦は1-1の同点での出場となっており、大きな信頼をうかがわせていた。

 それでも菅原は「3つの違う種類の途中交代というところで監督が使ってくれたのですごく感謝したい。オランダ戦である程度の手応えは得られたし、チュニジア戦でゲームを締めることはできた」と語った一方で「ブラジル戦にいざトーナメントの一発勝負で自分が何ができたかって言われたら、結果も見ての通り」ときっぱり。「チームも救えなかったし、チームを勝たせることができなかったので圧倒的に自分の力不足を痛感している」と課題を口にした。

 そうして幕を閉じた初のW杯。大会期間中に26歳の誕生日を迎えた菅原はW杯デビューに「サッカーを始めた時からの夢だったW杯なので、ものすごく感慨深いものはあったし、いろんな方の協力と支えがあってここまで来られたのでまずは感謝したい」と切り出し、無念の落選に終わった2021年夏の東京五輪からの挫折の多い日々を振り返った。

「個人的には東京五輪で落選して、カタールW杯も落ちて、そこからは代表で出場機会を掴めていた中で、アジア杯後に悔しい思いをして、フォーメーション変更の中で最終予選では出場機会を自分の機会で掴み取れず、最終予選が終わってからは代表に普通に選ばれないこともあったし、自分の中では浮き沈みという言い方はしたくないけど、天と地を見ているかのような3、4年間だった」

「でも自分を信じることはやめなかったからこそ、ここに来られた。代表で出られない時も腐らず、どうにかして出場機会を得るためにやるべきことを整理してやり続けたし、無駄だと思われるようなことも自分には必要だと思ってやり続けてきたし、そういう毎日の小さい積み重ねをしっかり積み重ねていたと思うし、W杯に向けて自分が今まで払ってきた犠牲だったり、積み重ねてきたものは無駄じゃなかったなと思う。最後に信頼してくれたチームメート、監督、チーム全員に感謝したい」

 W杯ベスト32という悔しさは強く残ったが、この先のキャリアで取り返すしかない。ここからは短いオフを挟み、再び欧州での日常がスタート。菅原は「W杯優勝することが最大の目標だと思うし、じゃあそのために選手として何をしなきゃいけないかという日々の連続だと思うので、毎日死ぬ気で頑張るしかない」と決意を語った。

(取材・文 竹内達也)