《スクープ入手・金正恩言行録》2022年10月の弾道ミサイル発射成功に「(日本を)思いのまま打撃」と革命神話に重ねて発言 娘・ジュエ氏デビューの伏線だったか
核開発に邁進する北朝鮮の金正恩総書記。6月下旬の労働党中央委員会総会では、日本について「堂々と戦争国家へと変貌しつつあり、国際社会の強い反発と深刻な懸念を呼び起こしている」と名指しで批判、さらなる核戦力の強化を宣言した。だが、この男の日本に対する本心は「深刻な懸念」などという言葉では到底表わすことはできない。このたび北朝鮮の党幹部に配布された金正恩の言行録をジャーナリスト・鈴木琢磨氏が独占入手。これまで明かされていなかった日本への激しい敵愾心が記されていた。【前後編の前編】
【写真】筆者が入手した金正恩の言行録「為民献身の最高化身 金正恩同志」(全5巻)
〈きょうは成功の日、勝利の日だ〉
インテリジェンスの基本は公開情報の分析にある。とはいえ、北朝鮮の場合、極秘の内部文書はむろん、重要文献の入手すら容易ではない。部数が限られ、国外への搬出が制限されているからだ。今回、筆者が入手した金正恩の言行録は全5巻に及ぶ「為民献身の最高化身 金正恩同志」(社会科学出版社)。2026年1月15日の発行、部数3000。幹部向けのテキストとみられる。
まず刊行された日付が目を引く。ちょうど2年前、金正恩が最高人民会議で韓国を「不変の主敵」と述べ、統一放棄を宣言した日と一致する。権威あるシンクタンクの学者らが最高指導者の考えを整理し、軍事、思想、民生など分野ごとに解説を加えたものだ。編纂トップはソ・ソンイル社会科学院社会政治学研究所所長。そこには生々しい発言が収録されている。
たとえば――。2022年10月4日の朝、北朝鮮の内陸部から発射された弾道ミサイルが青森県付近の上空を通過し、日本の排他的経済水域(EEZ)外である太平洋上に落下した。飛行距離は約4600キロと過去最長、5年ぶりにJアラートも鳴り響いたが、翌日の労働新聞など北朝鮮メディアはなぜか沈黙、その意図は不明だった。
だが、副題に「人民の尊厳と安寧の徹底した守護者」とある4巻に当日の金正恩の発言が記されていた。ミサイルが目標に命中した瞬間、大満足の表情を浮かべ、痛快にこう言い放ったという。
〈きょうは成功の日、勝利の日だ。国家核武力政策を法律化(9月5日に最高人民会議で採択された核使用法令)した歴史的な時期に、われわれは新型地対地中長距離弾道ミサイルの初の発射を日本の地を越え、成功的に実施した。いま、われわれは東海(日本海)だけでなく、太平洋の水域までをも目標とし、思いのまま打撃している。日帝がわが国を強占して100余年となるとき、われわれは、わが祖国を植民地にした日本を乗りこえ、日本の東の海を打撃したのだ〉
あえて「日帝」「植民地」なる言葉を口にした理由
金正恩があえて「日帝」「植民地」なる言葉を口にし、10月4日を「勝利の日」と呼んだのは革命の聖地・白頭山で抗日パルチザンを率いた祖父、金日成を意識したのだろう。解説も大仰だ。
〈東方核列強の威力を全世界に力強く見せつけ、米帝とその追従の群れどもに恐ろしい核の脅威を与えた痛快な軍事行動として民族史に特記される事変的勝利であった〉
明言されていないものの、弾道ミサイルに重ねあわせた革命神話こそ、間近に迫っていた「娘のデビュー」への伏線だったのではないか。
そう筆者が推測するのはわけがある。くだんのミサイル発射の翌11月19日、白いダウンジャケットを着た少女に世界の目は集まった。この少女こそ、金正恩の娘で後継者とされるジュエだ。
ICBM「火星17型」の発射に立ち会った金正恩に同行した。髪をポニーテールにまとめ、青いリボンで結んでいた。足元は赤い靴。白、赤、青にしたのは国旗の配色にあわせたコーディネートだった。あらかじめ父が発した日本への恨みを聞いていたとしても不思議はない。年が明け2月8日の軍事パレードの中継では彼女が「最も愛する駿馬」という白馬が映し出された。「白頭の血統」を象徴するアイコンだ。
▼▼▼後編記事▼▼▼
【つづきを読む→】《スクープ入手・金正恩言行録》2009年11月の南北銃撃戦「大青海戦」で軍指揮官に指示を出したと初「告白」 周到に準備されていた「軍事の天才」としてのデビュー
【プロフィール】
鈴木琢磨(すずき・たくま)/1959 年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。1982 年、毎日新聞社入社。近著に『愛の平壌冷麺―脱北起業家は世界をつなぐ』(徳間書店)、礒崎敦仁編著『北朝鮮を解剖する』(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を紹介、解説。金正日の料理人だった藤本健二著『引き裂かれた約束』(講談社)の聞き手もつとめた。
※週刊ポスト2026年7月10日号
