【特集】1日1組限定 その日採れた食材で…「決まったメニューなし」のタイ料理店 ”食”を通じて観光振興 ふるさと伊那谷への思い【長野・箕輪町】
特集です。
「食」を通じて信州の里山の魅力を発信する1人の料理人がいます。
極めるのはオリジナリティ溢れる「里山料理」、1日1組限定、決まったメニューのないタイ料理店です。
「これは食べられますよ。キイチゴの仲間ですけど」
里山は、食材の宝庫。食べられるものを見つけては、次々と採っていきます。三浦俊幸さん64歳。
三浦俊幸さん
「毒性のないものは、チャンスがあれば、お皿の上に載せたいと思っている」
三浦俊幸さん
「材料を採るまでわかんない、というやつです」
提供する料理は、その日採れた食材次第。決まったメニューはありません。ディナーのみ、1日1組限定です。
客に向き合う時間を大切にしているため、店が休みの日なら、と、取材に応じてくれました。
食材を調達するため、この日は、町内の萱野高原を訪れました。
標高1200メートル、伊那谷を一望できます。
三浦俊幸さん
「お、すごいな、一面ワラビだ。ちょっと採りましょうか」
三浦さんが、里山の食材を料理に取り入れるわけ。
そこには、生まれ育った伊那谷で育まれた経験がありました。
三浦俊幸さん
「子どものころに、おやつは山の中で採ったり、そういうことが好きだったので」
高校時代の、イタリア料理店でのアルバイトをきっかけに料理人の道に進みました。20歳のころ東京へ。バーやフランス料理店を経て、30代半ばで独立、六本木に和食店を開きました。
2011年の東日本大震災をきっかけに、ふるさと伊那谷で自ら野菜を育て、東京の店で提供するようになりました。
野菜の保存方法を調べるうちに興味を持ったのが、タイやラオスなどに根付く“発酵”の文化でした。それからは、定期的にタイ北部を訪れ、現地の食文化を学んでいます。
三浦俊幸さん
「この辺の夏が一年中続いてるような地域で、自分が子供の頃過ごしていた山の中を思い出すんですよ。無理なく自分が料理できるな、伊那谷の食材を魅力的に、自分が学んできたイタリアンやフレンチをベースにしたタイ料理というものを提供できるなって思いました」
2018年、箕輪町にタイ料理店をオープン。その2年後、コロナ禍をきっかけに、23年続けた東京の店を閉め、拠点を完全に箕輪町に移しました。
三浦俊幸さん
「ミャンマーとかタイ、中国北部で使われている食材」
店の横にある菜園や、近くの畑で、タイ料理でよく使われる香草などをはじめ、100種類以上を育てています。このため、春から秋にかけては、週に3日、店を閉め、農作業などに充てています。
この日、山や畑で採れた食材を中心に、特別に料理を作ってもらいました。
三浦俊幸さん
「ワラビ、もち米に漬けておいたワラビです」
乳酸発酵させたワラビをニジマス、黒米などと合わせてホオバで包み、ダンコウバイなどの上で燻します。
発酵食品と伊那谷の食材を掛け合わせるのが、三浦さんが生み出すタイ料理の最大の特徴。発酵食品やそれを乾燥させた食材を常にストックしています。
こちらは、シカ肉を使った料理。ノビルや根ニラ、ハーブなどと混ぜて、「ラープ」というタイ料理に。
それをライスペーパーで巻き…。ソースは、モミジイチゴと、急きょ、外で取った桑の実で作ります。
作りながら方向転換することは?
三浦俊幸さん
「あります、しょっちゅうです。突然、変えることがあります。お客さまに合わせて」
この日、三浦さんが生み出した肉料理と魚料理、それにスープが完成しました。
飯島榛菜記者
「口の中で、いろんな香辛料の味やハーブのさわやかさが合わさり、おいしいです。トウガラシも入っているので、良いアクセントになっています。」
三浦俊幸さん
「自分が子供の頃に当たり前だったものが、今ではあまり大事にされていない。失われているのがちょっと惜しいと思って。タイ料理っていう一つのフィルターを通すことによって、伊那谷のもともと持っていたポテンシャルみたいなものを再発見してもらえれば」
三浦さんは今、箕輪町の観光振興にも力を入れています。
三浦さんの店で扱う地元のワイン。その原料となるブドウを栽培している藤澤正彦さん。三浦さんの料理のファンでもあります。
ワインブドウ農家 藤澤正彦さん
「(三浦さんの料理は)おいしいだけじゃなくて、へぇーみたいなところ、驚きですかね」
三浦さんと、藤澤さん、そして町内の肉牛農家の3人が中心となり、食文化を楽しむことを目的とした観光、いわゆる「ガストロノミーツーリズム」に向けた活動を始めました。いまは、町の観光関係者などと勉強会を開くなどして、実現を目指しています。
ワインブドウ農家 藤澤正彦さん
「従来の観光の延長線上とはちょっと違う。けれど美食家、富裕層をターゲットにして」
三浦さんの店にやってくる客の約7割が伊那地域の外から訪れているといい、地域全体に経済効果を広げたい考えです。
ふるさとへの思いと料理への飽くなき探求心と情熱。
一方で、自身の仕事を“バトン”として譲り渡すことも見据えています。
三浦俊幸さん
「もう正直言って(自分の人生の)仕上げの時期に入っている。次の世代に渡せれば、やってきたかいがあるかなとは思っています」
