当時の筆者近影

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旅をしながら地方の事業者を手伝い、報酬と宿泊場所を得る──そんなマッチングサービスが若い世代を中心に広がっている。登録者は数万人規模、応募倍率は3〜5倍に達する人気ぶりだ。SNSには「人生が変わった」「第二の故郷ができた」といった声があふれ、メディアでも「新しい旅のかたち」として取り上げられている。
筆者も仕組みに惹かれ、東京から四国のとある事業者のもとへ向かい、約2週間働いた。穏やかな滞在だった──最終日の夜までは。

◆全国を渡り歩くベテラン参加者が

同じ時期に関東から来ていた30代後半の男は、大企業に勤めた後に脱サラし、現在はマッチングサービスを使って各地を渡り歩いているそうだ。行く先々で短期間働いては次の土地へ移るスタイルで、話を聞く限りベテランの利用者だった。仕事ぶりは真面目で、頼れるバイト先の先輩のような印象を受けた。

正直、少し距離が近いかなと感じる瞬間も存在した。「自分の部屋で飲み会をしよう」と受け入れ先のスタッフも含めて声をかけていたし、休みの日には車で遠出しようと誘われたことも一度や二度ではない。わたしは個人的に観光の計画を立てていたり、本業の仕事もリモートでおこなっていたので、忙しさを理由にどちらの誘いもやんわり避けていた。あの判断は、今思えば間違っていなかった。

◆最終日に明かされたのは…

滞在最終日の夜、受け入れ先の事業者の方々がお疲れ様会を開いてくれた。解散後、宿が同じ男と一緒に帰る道中、あることを話しはじめた。

曰く、旅先で出会った女性と性的な関係を持つことを楽しんでいるそうだ。マッチングサービスは女性と関係を持つための手段でもあるらしい。そのうえで、わたしにも同様の関係を求めてきた。口調は終始、こちらを丸め込むような調子を崩さない。全国を転々とする旅の「もう一つの目的」を、悪びれもなく見せつけられた瞬間だった。

最初は「私にはない価値観だわ」と遠回しに断った。だが男は「普通だよ」「みんなやってるよ」と食い下がってくる。周囲に人の気配はない。静まり返った夜に二人きりの環境下で、だ。

◆深夜の田舎道を走り、避難に成功

宿の前に着くと、誘いはさらにエスカレートする。あまりにもしつこく、こちらも容赦する気がなくなった。「気持ち悪い」「無理」、法を説くようにとどめで「お前みたいな人かわいそう」と言い放った。相手のプライドを正面から踏みにじった自覚はある。

その瞬間、男の顔が変わった。怒声が飛んできた。見たことのない形相で、こちらに向かってくる。掴みかかられるのか、殴られるのか──とっさに危険を察知し、外へ飛び出した。

宿の受付カウンターの奥には夜勤のスタッフがいたはずだ。受付に駆け込んでもよかった。だが業務外のトラブルで受け入れ先に迷惑をかけるのも悪い、とそう考えてしまった。滞在中に何度か利用したバーを思い出し、足早に向かう。田舎の深夜は街灯も少なく、本当に真っ暗で、歩いている人なんていない。後ろから男が追いかけてくるのではないか。大人になって初めて、何かから逃げるように走った。

バーに駆け込み、マスターに事情を話した。カウンターに座りながら、ついさっきまで「充実した2週間だったな」と思っていた自分がひどく間抜けに感じられた。

◆後日、男から届いたLINEの内容に唖然

マスターからはこう言われた。「正直、初めて見た時からやばそうな男だと思っていた」「なんで君みたいな普通の子が一緒にいるんだろうと不思議だった」。周囲は男の異様さに気づいていたのだ。

店はもう閉店の時間だったが、マスターは鍵を閉めずに、しばらく営業時間を延長。挙句の果てには「何かあったら電話して」と言い、わたしが宿に戻って無事を伝えるまで待っていてくれた。数回しか顔を出していない客のために、ここまで心を砕いてくれる人がいる。マスターの温かさがなかったら、わたしはあの恐怖の夜をどう越えていたかわからない。