究極のエコカーとして話題になった水素燃料電池車! その後普及しているように見えないけど……と思ったが「商用車」の世界で着々と進んでいた

この記事をまとめると
■FCVは環境性能に優れる一方でインフラ不足が問題
■水素価格や車両価格の高さが普及の壁となり続けている
■大型商用車分野では水素活用拡大への期待が高まる
乗用車としてのFCVの未来は不透明
自動車業界が、気候変動対策を背景とした脱炭素社会の実現に向けて変革を進め始めたころ、燃料電池車(FCV:Fuel Cell Vehicle)は、かつて「究極のエコカー」と呼ばれ水素社会の到来を告げる存在として注目を集めた。
FCVは水素と空気中の酸素を化学反応させて発電し、走行用モーターを駆動する。走行時に排出されるのは水のみで、環境負荷の低さに加え、短時間の燃料補給で長い航続距離を確保できる利便性はICE(内燃機関)車に近い。トヨタが初代ミライを発売した2014年当時、水素は自動車の次世代エネルギーの有力候補として期待されていた。しかし、あれから10年以上が経過したいま、その期待と現実のギャップは、正直にいって大きい。

経済産業省のロードマップでは、2025年ごろまでに320カ所程度に水素ステーションの拡大が目標として掲げられていた。ところが2026年4月時点で国内の水素ステーション数は約150カ所にとどまっており、目標の半数以下。地域別に見ると、首都圏42カ所、中京圏45カ所、関西圏17カ所、九州圏12カ所と、設置は四大都市圏に集中している。地方では水素ステーションの設置数が限られており、長距離移動のルートによっては水素補給ができない状況となっている。
水素の価格も安くはない。2026年現在、国内の水素ステーションでの販売価格は1kgあたり税込1800~2200円程度で推移しており、2024年には大手の1社が約36%の値上げを実施した。MIRAIのタンクを満タンにするには5kg以上の水素が必要で、1回の充填費用はおよそ9000~1万2000円。レギュラーガソリン50リットル分(170円/リットル換算で約8500円)と同等かそれ以上の出費だ。実燃費では1kgあたり100~130km程度の走行距離となり、1km走るのに14~22円かかる。

燃費15km/リットルのガソリン車なら約11円/km、燃費22km/リットルのハイブリッド車なら約8円/kmで走れることを考えると、コスト面では依然として不利な状況にある。政府は水素の製造・輸送コストを2030年までに現在の約3分の1に引き下げる目標を掲げているが、その達成にはインフラへの大規模投資と需要の拡大が不可欠であり、販売価格への反映にはさらに時間がかかる。
乗用FCVのミライは車両価格が740万円台からであり、補助金があるとはいえICE車やEVと比べると購入ハードルも高い。インフラがないから売れない、売れないからインフラが整わないという構図が続いている。
商用車分野での普及が突破口
乗用車市場においてFCVがBEV(バッテリー電気自動車)に対して劣勢なのは、エネルギー効率とインフラの利便性の差による部分が大きい。BEVは自宅での基礎充電が可能であり、送電網という既存のインフラを活用できる。また、急速充電インフラは、ここ数年で順次整備され、年々増えている。
一方で水素は、製造・圧縮・輸送・充填という各プロセスでエネルギーの損失が発生し、車両に到達するまでの総合的なエネルギー効率が低い。同時に各プロセスにかかるコストが高く、供給インフラの構築に莫大な投資を要するのだ。
しかも、現状で流通している水素の多くは天然ガスや石炭から製造される「グレー水素」であり、製造過程でCO2が排出される。再生可能エネルギーを使って水を電気分解して製造する「グリーン水素」であってこそ真の意味での脱炭素に貢献できるのだが、グリーン水素の製造コストは現時点で高く、量産体制の確立にはまだ時間がかかる。

ただし、水素の未来を完全に悲観する必要はない。活路として注目されているのが商用車への展開だ。経済産業省は2025年5月、水素燃料電池トラックやバスの導入促進に向けた「重点地域」を選定し、東京都・神奈川県・福島県・愛知県・兵庫県などが対象となった。同時に商用FCVへの水素燃料費として1kgあたり700円の補助も開始された。これにより、化石燃料に近いコストでの運用が可能になる。
なぜ商用車なのか。大型トラックやバスは走行距離が長く、重荷を積載し、短い休憩時間での燃料補給が求められる。こうした用途では充電時間や車両重量の面からFCVが有力な選択肢になるとの見方がある。大型商用車をバッテリーで電動化する場合、巨大で重量のあるバッテリーを搭載する必要があり、積載量や航続距離に深刻な制約が生じる。また、長時間の充電による稼働率の低下も物流事業者にとって致命的だ。FCVであればこれらの課題を克服できる可能性が高く、各国の自動車メーカーや商用車メーカーも、大型商用車向けの燃料電池システムの開発や実証実験を進めている。

FCVは、乗用車として普及しなくても、物流や公共交通の領域で根を張ることができれば、水素インフラの拡充にもつながっていく。経済産業省が策定した水素基本戦略においても、発電、産業、運輸の各分野で総合的に水素需要を創出することが明記されている。鉄鋼業などの脱炭素化が困難な産業分野や、大規模な定置型燃料電池による発電において水素の大量消費が実現すれば、規模の経済が働き、水素の供給コストは大幅に低下する。
それに伴い、水素ステーションの整備も不特定多数の乗用車を対象とした面的な展開から、特定の物流拠点や幹線道路沿いに集約する線的な展開へと戦略が移行しつつある。現状では乗用FCVがいつ広く普及するかという具体的な時期を断定することはできない。しかし、商用FCVが一定の市場を形成し、水素サプライチェーンの整備が進めば、将来的に乗用FCVの選択肢が広がる可能性もあるのだ。
