90代の親に10.5億円のローンを組ませ、「合計約14億円」のマンション購入→相続税ゼロを狙った相続人の〈節税スキーム〉。最高裁で迎えた“驚きの結末”【税理士が相続財産の「時価」評価を解説】
相続税の計算においては、財産の「時価」をどのように評価するかが重要です。しかし、所得税や法人税、消費税のように「取引相手が必ず存在する」税とは異なり、相続税は代金の授受がない無償取引です。そのため、どの価格を「時価」とみなすかについて客観的な基準がぶれやすく、紛争に発展しやすい税といえます。そこで今回は、実際の判例を取り上げながら、税理士が相続税における財産の「時価」評価の考え方と、裁判に発展しやすいポイントや実務上の注意点について解説します。
〈登場人物〉
吉田課長:A社で働く課長。3人きょうだい(吉田さん、弟、妹)の長男で、2人の子を持つ。税理士とは業務上のやり取りがある。
相続税申告時に見落としがちな、財産の「時価」
相続税の申告をする際に最も重要なのは、相続財産を漏れなく把握することと、その財産の「時価」を正確に計算することです。
時価をめぐっては、所得税や法人税でも納税者と税務署長が争い、裁判になることがあります。相続税でも同様ですが、相続税と所得税・法人税では「時価」の考え方や計算方法が異なります。
吉田課長「なるほど。相続税を考えるうえでは『時価の求め方』を理解しておくことが重要なんですね。相続税の場合、『時価』はどのように定義されているんですか?」
時価は、下記のように大きく2つに分類できます。
(1)時価(狭義)
・相続税(贈与税)
・固定資産税
(2)収入金額
・所得税(収入すべき金額)
・法人税(収益の額)
・消費税(課税資産の譲渡等の対価の額)
1つは、上記(1)の狭義の時価。もう1つは、(2)の収入金額です。
なお、この収入金額は税目によって表現が異なります。これは、各税法が「収入として計上すべき金額」はそれぞれ異なるという考え方で定めているためです。
吉田課長「(2)の収入金額について、もう少しくわしく知りたいのですが」
所得税・法人税・消費税に共通しているのは、いずれも取引相手が存在する税であるということです。
たとえば、A社が所有する土地をB社に売却するケースを考えてみましょう。この場合、A社とB社が合意した金額が収入金額(=時価)として扱われます。
したがって、一般的にその土地の時価が1億円と言われていたとしても、実際の売買契約が8,000万円で成立したのであれば、収入金額は8,000万円になります。利害が対立する当事者同士が合意した金額には、客観性があると考えられるためです。
ただし、取引相手が子会社などの特殊関係者である場合には事情が異なります。このような関係では、売主と買主の間に本来働くべき「けん制作用」が十分に機能しません。この場合は、税務署長が「適正な時価」と考える金額を独自に収入金額として認定することができます。
■相続財産の評価
1.評価の原則(相続税法22条)
(1)財産
この章(相続税法)で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈または贈与により取得した財産の価額は、その財産の取得のときにおける時価による。
(2)債務
その財産の価額から控除すべき債務の金額は、そのときの現況による。
2.財産評価基本通達
実務のほとんどは、財産評価基本通達の定めにより評価する。
3.時価(財産評価基本通達1(2))
(1)時価評価する日
相続、遺贈、贈与により財産を取得した日(課税時期)で評価する。
(2)時価の考え方
それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額による。その価額は、財産評価基本通達の定めによって評価した価額による。
相続税における「時価」の考え方
吉田課長「所得税・法人税・消費税の『収入金額』の考え方については理解しました。では、相続税の場合はどのように考えるのですか?」
相続人等(相続人、遺言で財産を受け継ぐ受遺者)は、被相続人から財産を無償で承継します。つまり、代金を支払う相手が存在しない取引(=無償取引)であることが、相続税が法人税などと大きく異なる特徴です。
相続税は、被相続人の相続開始日(亡くなった日)における、土地などの相続財産の時価に基づいて課税されます。そこで、土地の時価を見積もる(評価する)必要があります(上記1(1))。
国税庁は「財産評価基本通達」を公表し、納税者にこの通達に基づいて評価するよう呼びかけています。実務でも、税理士を含む納税者の多くが、特別な場合を除きこの通達に従って評価を行っています(上記2)。
なお、相続財産から控除する債務については、相手方(債権者)が存在するため、当事者間で合意した相続開始日の金額(現況)によって控除額を決めます(上記1(2))。
吉田課長「相続税における『時価』の定義について、もう少し詳しく教えてください」
相続財産における時価は、相続、遺贈、贈与により財産を取得した日の価額とされています(上記3(1))。
また、時価は「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に、通常成立すると認められる価額」であると定義されています(上記3(2))。これは「時価」の基本的な考え方を示したものです。
さらに、相続財産の価額(時価)は、財産評価基本通達により評価した相続税評価額によるとされています(上記3(2))。
ただし、「財産評価基本通達」の法的な位置づけは、国税庁長官が国税庁内部の職員に対して発する行政内部の業務命令です。したがって、必ずしも納税者がこの通達に従う必要はありません。
しかし、納税者の立場からすると、この通達に代わる有力な申告のための資料は見当たりません。そのため、実務上は法令に準ずる扱いとなっており、多くの納税者や税理士がこの通達に基づいて評価を行っています。
裁判に発展しやすい「相続税評価額」と「鑑定評価額」のズレ
吉田課長「相続税評価額が市場の時価を上回ることはあるんですか?」
まず、換価価値のある財産であれば、すべて相続税の課税対象になります。この場合、これらの財産の評価額が市場の時価を上回ることは認められていません(前掲1(1))。したがって、相続税評価額は時価を上回らないよう、安全性を確保した水準で算定されています。
たとえば、土地の時価を示す代表的な公的指標としては、下記の4つがあります。
4.土地に関する4つの時価
(1)公示価格
その年1月1日時点の標準地の価格を示すもので、実際の取引価格に近い水準。
(2)相続税評価額
相続税や贈与税の計算に用いられる土地の評価額のこと。公示価格の約80%。
(3)固定資産税評価額
固定資産税の計算に用いられる土地の評価額のこと。公示価格の約70%。
(4)不動産鑑定評価額
不動産鑑定士が個別の土地について評価した金額。
まず、「公示価格」は、実際の取引価格に近いものです。ただし、公示価格が設定されている地点は限定されており、すべての土地に付されているわけではありません。
次に、相続税や贈与税の計算に用いるのが、「相続税評価額」です。土地については、公示価格の約80%とされています。この「約80%」という水準が、時価を超えないための安全弁の役割を果たしています。
このほか、固定資産税を課税する場合には、「固定資産税評価額」を用います(上記4(3))。
吉田課長「(4)の『不動産鑑定評価額』は、不動産鑑定士が土地を個別に評価するんですね。鑑定士が評価した額と、実際の市場で売れる価格が大きくズレることはないんですか?」
はい。不動産鑑定士は、鑑定評価のプロです。その不動産鑑定士が相続財産である土地を個別に評価する場合は、正確な時価が示されていると考えます。
ただし、納税者が相続税の申告のために依頼した不動産鑑定士による評価額は、相続税評価額を下回っています。相続税評価額を上回る鑑定評価額では支払う相続税が増えてしまうため、納税者が鑑定を依頼するメリットがないからです。
一方、相続税評価額については、複数の不動産鑑定士が鑑定作業に関わっています。その一例が、道路に面する土地の1平方メートル当たりの価格(路線価)を定める作業です。この路線価に基づいて算定されるのが、相続税評価額です。
つまり、不動産鑑定評価額と相続税評価額はいずれも鑑定評価のプロが示した評価額であり、評価をめぐって“プロ同士が対決している構図”ともいえます。
裁判では、「納税者側は不動産鑑定評価額」、「税務署長側は相続税評価額(または別の不動産鑑定評価額)」を主張して時価(評価額)の適否が争われることが多いです。ただし、納税者側の主張が認められるケースはほとんどないというのが実情です。
通達で適正な時価が判断できない場合は、「鑑定評価」を採用
吉田課長「税務署長も不動産鑑定評価額を用いることがあるんですか?」
はい。このような裁判で納税者の主張に対抗するために、不動産鑑定士へ鑑定を依頼する場合があります。
あるいは、納税者の相続税申告を審査する段階で、相続税評価額が適切な時価ではないと判断した場合です。不動産の評価額を増額する行政処分(更正)を行う際に、不動産鑑定評価額を用いることがあります。
吉田課長「税務署長は、財産評価基本通達に従って評価しなければならないのでは?」
原則はそのとおりですが、例外があります。それが下記5「財産評価基本通達の定めによりがたい場合の評価」(財産評価基本通達6)です。
5.財産評価基本通達の定めによりがたい場合の評価(財産評価基本通達6)
財産評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
具体的には、国税庁長官の指示を受けて、不動産鑑定評価額により行政処分(更正)を行うことになります。
相続直前に約14億円のマンション購入…節税目的が疑われた判例
ここからは、実際の判例(令和4年4月19日判決)をもとに考えてみましょう。納税者側は「相続税評価額」、税務署長側は「不動産鑑定評価額」をそれぞれ主張して争われたケースです。
被相続人Aさんは、90歳~91歳の頃、東京都杉並区と神奈川県川崎市にマンション(土地、家屋)を購入し、約3年後94歳で死亡しました。詳しい状況は下記6(1)のとおりです。
6.最高裁判決(令和4年4月19日)
(1)相続開始日(平成24年6月17日)前の約3年前に購入したマンション(土地、家屋)
①購入金額
8億3,700万円(杉並区)+5億5,000万円(川崎市)=13億8,700万円
②当初借入金
6億3,000万円(杉並区)+4億2,500万円(川崎市)=10億5,500万円
③財産評価基本通達に基づくマンションの相続税評価額(原告:相続人Bさん)
2億4万1,474円(杉並区)+1億3,366万4,767円(川崎市)=3億3,370万6,241円
④不動産鑑定士によるマンションの不動産鑑定評価額(被告:税務署長)
7億5,400万円(杉並区)+5億1,900万円(川崎市)=12億7,300万円
(注)川崎市のマンションは、平成25年3月に5億1,500万円で売却されている。
吉田課長「Bさんは、相続税の節税目的でAさんにマンションを買わせたのですか?」
はい、そのとおりです。杉並区のマンション購入時、銀行から6億3,000万円を借り入れており、銀行の貸出稟議書には「相続対策のため不動産購入を計画。購入資金につき、借入れの依頼があったもの。」と明記されていました。つまり、相続税対策としてマンションを購入したということです。
また、90~91歳で合計13億8,700万円(借入金10億5,500万円)もの不動産投資を行うのは、普通の投資行動としては考えにくい状況です。
吉田課長「なるほど。たしかに、Bさんが主張する相続税評価額による評価が認められれば、相続税の課税対象額は大幅に減りますね」
はい。ざっくりした計算になりますが、約10億5,000万円減ります(上記6(1)①13億8,700万円-同③3億3,370万6,241円)。
しかも川崎市のマンションは、相続開始日以後1年以内に購入金額の5億5,000万円と同程度の5億1,500万円で売却されており、市場価格が安定していたことがわかります。
ところが、相続税評価額は約1億3,000万円しかありません。市場価格(5億円台)と相続税評価額(1.3億円)に大きな差があるため、税務署長は「通達評価では適正な時価を反映していない」と判断しました。
そこで、税務署長は、「不動産鑑定評価額」を用いて2つのマンションの評価額を修正する行政処分(更正)を行いました(3億3,370万6,241円→12億7,300万円に増額)。
これを不服としたBさんは、裁判を起こしました。
最高裁判所は、Bさんの訴えを認めず
吉田課長「裁判の結果はどうだったんですか?」
Bさんは、地裁・高裁ともに敗訴し、最後の望みは最高裁でした。しかし、その最高裁判決でも、下記6(2)のとおり税務署長による更正処分が適法と判断されました。
6.最高裁判決(令和4年4月19日)
(2)最高裁の判示(要約)
①課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、平等原則に違反するものとして違法というべきである。
②相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。
上記6(2)の判示には前提があります。それは、財産評価基本通達は法令ではなく、納税者を拘束する性質のものではないという点です。つまり、財産の「時価」は相続税法22条(前掲1(1))に基づいて判断されるべき、ということです。
吉田課長「ということは、不動産鑑定評価額が相続税評価額より高い場合、税務署長はその鑑定評価額で更正処分を行うということですか?」
いえ、そうではありません。土地については、公示価格の約80%が相続税評価額とされています。一方、不動産鑑定評価額は、理論的には公示価格に引き直した場合の時価に近い水準となるのが通常です。
したがって、鑑定評価額をそのまま用いて更正処分を行うと、評価の安全性を考慮して公表されている相続税評価額の意義が失われてしまいます。
このような理由から、特別な理由がない限り、不動産鑑定評価額を用いた更正処分は行われません。
最高裁は取引が「節税目的の不自然なスキーム」と判断
この点について最高裁が示したのが、前掲6(2)①の判示です。
まず最高裁は、特定の納税者だけを対象に不動産鑑定評価額をもとに課税することは許されないと明確に述べています。これは、不動産鑑定評価額が時価を上回っていなくても同様です。
税法の根底には「平等原則」があります。不動産鑑定評価額を用いる場合には、合理的な理由が必要だということです。
吉田課長「合理的な理由とは?」
最高裁は、「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある」ことを合理的理由としています(前掲6(2)②)。
この判例においては、最高裁は次の事実を指摘しました。
(1)今回のスキームを行わなければ、相続税の課税価格は6億円を超えていた。
(2)しかし、マンションを購入したことにより課税対象額が基礎控除額以下になり、相続税がゼロになっている。
そして最高裁は、本件購入・借入は、近い将来の相続において相続税負担を減らす、または免れることを知り、これを期待して企画・実行したものといえると判断し、納税者の上告を退けたのです。
多田 雄司
税理士
