イギリス最強は「甲子園Vレベル」ただし大人チーム…WBC出場、野球人口“3500人”のリアルな実情
連載「ベースボールの現在地」 英国野球の今【前編】
「THE ANSWER」では、ベネズエラの優勝で幕を閉じたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に合わせて参加各国の野球を紹介する連載「ベースボールの現在地」を展開。イギリス(英国)代表は2大会連続2度目の本戦出場を果たし、1次ラウンド・プールBで1勝3敗の成績を残した。“野球不毛の地”の印象がある英国のリアルな野球事情を、マイアミで現地取材していた英国人記者に聞いた。【前編】(取材・文=THE ANSWER編集部・鉾久真大)
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決勝ラウンドの舞台となった米フロリダ州マイアミ。ローンデポ・パークの取材エリアで、英国代表のキャップを被った人物を見かけた。英専門サイト「エクストラ・イニングUK」を運営するガブリエル・フィドラー記者だ。「かなり小さな頃から野球の虜になっているんです」。母国は1次ラウンドで敗退してしまったが、決勝まで現地で熱心に取材を続けていた。
イングランド南東部のケンブリッジ出身。野球に夢中になったのは父の影響だった。「父が米国の軍人で、英国駐屯中に母と出会ったんです」。夜中に父に起こされて、レッドソックスの試合をテレビで見たのが原体験。年に数試合しか放送はなかったが、少年の心を掴むには十分だった。
“野球不毛の地”の印象がある英国。今大会も英国にルーツを持つ米国人がロースターの大半を占める。実際、本国で野球はどれぐらい普及しているのか。フィドラー記者がリアルな現状を教えてくれた。
「野球がメジャースポーツである国々とは大きく違います。スポーツ施設がある場所でさえ、野球場をあちこちで見かけることはありません。飛行機に乗って米国に向かうと、ダイヤモンドがいたるところにあるのが目に入ります。日本や中南米もそうでしょう。でも英国では、上空から見てもまず見つかりません。ほとんどの野球はフットボール場や公園、ただの芝生の広場で行われるからです」
マウンドやバックネット、外野フェンス、ファウルポールなどが完備された野球専用の球場はほとんどない。「それでも昔も今も野球をする場所はあります。実際、多くのチームが存在します。現在、英国には約3500人の野球競技者がいます。これはユースを含まない、成人だけの数です。探し方さえ知っていれば、チームは見つかりますよ」。ウェールズ、スコットランド、北アイルランドも含め、全国にチームは点在するという。
3500人という数字は、日本と比べるとほんの一握りだ。笹川スポーツ財団のデータによると、日本の野球人口は20歳以上で297万人(2024年)。10代は174万人(2023年)がプレーしている。参考までに、日本高野連の加盟校部員数(硬式・2025年)を見ると、広島県だけで3417人。野球を嗜む英国の成人数は、だいたい広島県内の高校球児と同数という規模感だ。
それでも野球への関心は少しずつ高まっている。きっかけの1つが2019年のMLBロンドンシリーズ。レッドソックスとヤンキースがロンドンスタジアムで2試合を戦い、計12万人近くの観衆を集めた。さらに2023年WBCで英国代表が本戦初出場、初勝利。「ライトなファンが『自分もやってみよう』と始めるケースが増えています」。50チームほどが新たに生まれ、所属選手も増加傾向にあるという。
WBCが野球発展にもたらす重要な役割「4年分の活動資金に」
英国野球のレベルは5段階に分かれている。トップリーグにあたるのが「ナショナル・ベースボール・リーグ(NBL)」だ。同記者によると「英国のトップレベルは、日本の優れた高校野球チームに相当するぐらいでしょうか。我々の一番強いチームなら、甲子園で優勝するチャンスも十分あると思います。でも、元プロや代表選手もいる大人のチームです」。日本のプロにはほど遠いのが現状だ。
まだまだ英国出身の選手を中心にWBCを勝ち抜くのは難しい。今大会のチームもロンドン出身のマット・コペルニアック外野手、スコットランド出身のタイラー・ビザ投手らがいるが、ほとんどが米国籍の選手やカリブ海にある英連邦加盟国・バハマの出身者だ。これで英国代表と言えるのか――。出場要件の是非を問うそんな声もあるが、本国の野球発展のために重要な役割があるという。
「WBCでは出場した各国の連盟に分配金が入ります。その資金の一部が施設の整備や改修、代表チームの強化に充てられるのです。2023年に英国が1勝したことで得られた賞金は、英国野球の約4年分に相当する活動資金になりました。だから、常にその時の最強チームを送り出す動機が働きます」
勝てるチームを作ることが、英国の野球環境の整備、ユースチームのコーチ充実化など未来への投資になる。自国出身の選手を中心にWBC2大会連続出場を果たしたチェコのような例もあるが、その段階に至るまでにはまだまだ時間が必要だ。
「完全に自国育ちのチームを作ることは多くのヨーロッパ諸国が15年から35年かけて取り組んでいるプロセスです。オランダやイタリアも長い間試みていますし、チェコも今のレベルに達するまで10〜15年、準備期間を含めればもっと長くかかっています。本当に長い時間がかかるんです」
今大会で初のベスト4入りを果たしたイタリアも、イタリア生まれの選手はわずか3人だった。米国籍である主将のビニー・パスカンティーノ内野手は「20年後のWBCで、イタリア出身でイタリア語を話す、そんなイタリア人でいっぱいのイタリア代表が僕たちは見たいんだ。それが今大会のゴールなんだ」と、自分たちの活躍がイタリアの野球振興に繋がると信じてバットを振っていた。
「パスカンティーノが言っていた20年という年数は現実的だと思います」とフィドラー記者。米国籍選手が大半を占める現状は、肥沃な未来のために土を耕し、種をまく期間と言えるのかもしれない。
(後編へ続く)
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第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)はベネズエラの初優勝で幕を閉じた。2006年に第1回が行われてから20年、過去3回優勝した日本の強さが世界に認められる一方、国際大会を通じて世界の野球の距離は着実に縮まってきている。「THE ANSWER」では大会期間中「ベースボールの現在地」と題し、選手やスタッフが“国際野球”に挑む思いを伝える。他の種目と競技人口を比較すれば、マイナーと言われることもある野球。ただ世界中に、このゲームを愛する人がいる。注目される数年に一度の機会だからこそ、世界の野球の今を知り、ともに未来を考えるきっかけを作る。
(THE ANSWER編集部・鉾久 真大 / Masahiro Muku)
