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「リストラを免れたのに、なぜこんな目に」。大規模人員削減で会社に残る選択をした49歳男性は、花形だった開発職から一転、やりがいのない部署へ追いやられた。仕事はほとんどなく、雑務で時間を潰す毎日。それでも給料は維持されているため、辞める決断もできない。安定と引き換えに誇りを失った男が語る、“残留組”の見えない地獄とは。
◆リストラを回避したが後悔しかない

昨年、1万人規模の人員削減が話題になった大手電機メーカー。関東にある同社の工場で液晶テレビの開発に関わっていた鮫島隆太さん(仮名・49歳)はリストラを回避し残留を決めたが、今となっては後悔しかないという。

「大規模リストラ後、修理を行うリサイクル関連部署に異動となりました。初期不良でリコールされた商品からまだ使えるパーツを取り除くのが主な仕事ですが、あまりにも暇なんです。時間をつぶすために無理やり雑務をつくっているんですが、最近はトイレ掃除や庭の掃除、会議のお茶くみまでしています。ただ、管理職は外されましたが給料は変わらないので、大企業はすごいなと思いますが……」

鮫島さんは工学系大学院を修了後、’00年代に入社。新卒から長年従事していた液晶開発は、花形部署だった。

「入社当時はプラズマテレビに力を入れていて、作れば作るほど売れるイケイケドンドンな時代でした。働けば働くほど儲かったので休日出勤もしょっちゅうでしたが、残業代もたんまりもらえたし何よりやりがいがあった。青春でしたね。

それに経費も自由に使えて、会食には高級寿司と高価なお酒が出てきたり、会議という名目でリゾートホテルに宿泊して宴会をしたり。大学を出たばかりの若者相手に、かなりの好待遇でしたね」

◆地デジ化以降に風向きが変わり…

風向きが変わったのは’11年の地デジ化以降だった。

「テレビ離れが加速すると同時に徐々に事業は縮小していき、現在は中国から仕入れたパーツに自社ブランドのロゴをつけるだけにまで成り下がりました。年収が300万円近くダウンした年もありましたし、当然、早期退職や配置転換の対象になりました。

前回のリストラ募集は勇気が出ずに会社にしがみつきましたが、残留したら異動させられ、こんなに仕事内容が変わるとは思わなかった……。あまりの落差に、あのとき手を挙げて転職しておけばよかったと後悔しかありません……」

◆静かな退職が唯一の生きる道

大規模リストラは個人のやりがいだけでなく、社内の雰囲気を一変させることもある。同じく昨年、早期退職者募集をかけた老舗メーカー企業で地方の営業マンとして働いている山口誠司さん(仮名・47歳)は、「会社の成長なんて考えられる状況じゃない」と苦笑いする。

「早期退職者募集に同期の3分の1は手を挙げましたが、僕は退職金の割り増しを加味しても定年まで会社にかじりついたほうがいいと判断しました。その後、同じ会社とは思えないくらい雰囲気が最悪になったんです……」

山口さんが所属する部署は、人員整理に伴い事業規模も縮小。暇になった管理職らは、部下に対し陰湿ないじめを始めたという。

「例えば、社内規定で許されているはずのリモートワークを申請すると『出社して顔を見せるのがウチの社風』という謎の主張によって却下。それでも家庭の事情などで押し通そうとすると、今度は仕事を振らない、会議に呼ばないなどの仲間外れに遭います。頑張るべき仕事自体がないから、他人のあら探しに夢中になっているんでしょうね」

◆容易に転職できない事情

何度も辞めたいと思ったものの、山口さんには容易に転職できない事情があった。

「勤め先近くの地方都市に家を買ってしまったので、ほかに目ぼしい仕事がないんです。住宅ローンの金利も上がり続けているので、この地域では比較的高給取りのウチの会社を辞められなくて……」