JRT四国放送

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2025年7月、ドイツで行われた学生世代の世界大会に、女子走り幅跳びの日本代表として出場したアスリートがいます。

専門の指導者がいないという圧倒的なハンデの中、監督と二人三脚でつかんだ「日の丸」。

ニューヒロインの素顔に迫ります。

大きなストライドの助走。

力強い踏み切りから生まれる、ダイナミックな跳躍。

彼女のジャンプは見る者を魅了します。

屈託のない笑顔が魅力的なこちらの女性、阿波市出身で四国大学大学院に通う木村美海選手です。

10歳で陸上を始め、中学生以降、毎年、全国大会に出場するなど、早くからその才能を発揮してきた木村選手。

2025年7月にドイツで行われた、学生世代の世界大会「FISUワールドユニバーシティゲームズ」で、初めて日本代表として日の丸を背負い、世界の舞台に挑みました。

■世界との差を痛感

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「結果から見たら、今年で一番跳べていなかった」
「改めて自分が世界とは全然通用しないことを、肌で感じることができた、いいきっかけになったなって思った」

世界との差を痛感したという木村選手、現在は11月に行われる学生最後の大会に向け、ハードなトレーニングをこなしています。

■監督の専門分野は投てき?

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「1歩目から押せていない。踏切足りんかったやろ?」

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「スピード出して走ってきたけど、力加わっていないなって」

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「それはもう最初の出だしが問題ありや」

指導にあたるのは、四国大学陸上部の中田恵陸監督 33歳です。

しかしこの中田監督、実は専門分野は投てき。

走り幅跳びは全くの専門外です。

しかし、四国大学には跳躍の指導者がいないため、入学時から木村選手と二人三脚で練習に取り組んできました。

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「技術面をアプローチするってなると、私自身が詰まってしまうところがあるので」
「選手一人一人の状態に合わせて声掛けができたら」
「コミュニケーションは大事にしています」

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「出だしどうやった?」

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「出だしは重心下げてこれた」

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「(地面を)押せたでしょ」

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「押せましたけど」

(四国大学陸上部・中田恵陸 監督 )
「(重心を)低くしてる時、(膝を)曲げてるやん?膝が伸びる時の力を使って走ってこないといけない」

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「(言っていることが)ちょっとわからなかった」
「難しいことを言われると難しいので、いつもわからない顔をしていると、もうちょっと噛み砕いて言ってくれる」
「体を動かす感覚が人より鈍いので、難しいなって思いながらずっと跳んでいる」
「7年一緒にずっと競技をしているので、この人の言うことを聞いておけば大丈夫っていうのが自分の中である」
「指導してくれた分をちゃんと結果で返していきたいなって」

しかし、ここまでの道のりは決して平坦だったわけではありません。

今から3年前、2022年8月の四国選手権。

4本目の跳躍の際、着地に失敗し左ひざを骨折。

約1か月半の入院と、2度の手術を余儀なくされました。

■ケガとの戦い

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「今の足の半分ぐらいの細さになって、もう手で触ったら骨がわかるぐらい筋肉とかも全部なくなって」
「その時は本当にこれが歩けるようになるのかなっていうぐらいだった」
「(跳べない間の)メンタルもなかなかきつかった」

リハビリに励み、ケガから約8か月で実戦復帰したのも束の間、今度は2024年8月に練習中、右ひざを骨折。

またしても手術に入院、リハビリ生活を送ることになりました。

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「(周囲から)『もう引退するやろ』とか、『さすがに戻らんやろ』とか言われたこともあるし」
「(競技引退は)自分でも感じたことはあったけどでも、絶対戻りたいっていう気持ちがあった」

相次ぐけがに家族は…。

(母・千愛さん)
「不安ももちろん家族ではあったが、一番不安に思っていたのは本人だと思うし」
「だけどこの子は家では全然そんな様子は見せず」
「『絶対に次のこの試合に出るんだ』という強い気持ちがあったので、応援してあげようかなと」

■けがを乗り越え飛び続ける理由

けがを乗り越え飛び続ける理由。

それはもう一度、日の丸を背負うため。

(四国大学大学院3年・木村美海 選手)
「代表のユニフォームを着て、戦える選手になるっていうのを目標において」
「もう一度、日本代表のユニフォームを自らの手でしっかり掴みに行って、目標を達成できるように(頑張る)」

日の丸は重い。

世界の壁は厚い。

それでも、彼女は飛び続けます。

1センチ向こうの空を目指して。

木村選手、2026年春の卒業後の進路は未定だそうですが、希望としては県内に残って競技を続けたいと話しているそうです。