『あんぱん』写真提供=NHK

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 蘭子(河合優実)は映画雑誌でライターをやっているが、実際は嵩(北村匠海)のモデル・やなせたかしが映画のライターをやっていた。絵のみならず脚本も書いたやなせは『映画芸術』や『映画ストーリー』などに映画評も書いていたのだ。『映画ストーリー』の編集者はのちに昭和ドラマに欠かせない脚本家となる向田邦子であった。蘭子はどうやらやなせ+向田邦子の要素を付与されているようだ。

参考:『あんぱん』第116話、嵩(北村匠海)が再び“おじさんアンパンマン”の絵を描き始める

 史実では『映画ストーリー』が廃刊した後、向田は脚本家になる。嵩が第104話で『CQCQ』というドラマの脚本を頼まれていたが、その元になった『ハローCQ』にやなせが向田を推薦して脚本を2本ほど書いてもらった。そのときやなせは彼女の脚本に手を入れたそうで、それを著書では「冷や汗もの」と振り返っている。

 その後、向田がエッセイ『父の詫び状』を書いたとき、やなせは挿絵を依頼されている。向田が時代の寵児のようになり直木賞も受賞する頃になると、やなせは気後れして逢うこともなくなり、やがて彼女は作家として絶頂期のとき不幸な飛行機事故でこの世を去った。

 やなせは自伝『アンパンマンの遺書』で向田邦子のふいの事故死によって「なにかしら、自分の中でひとつの準備がはじまっているような気がした」と書いている。それはその頃、まだスタートラインにも立てずに右往左往していた自分が、いよいよスタートラインに立つという準備を意味している。

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第23週「僕らは無力だけれど」(演出:柳川強)では、ついに手塚をモデルにした手嶌治虫(眞栄田郷敦)が嵩にアニメ映画『千夜一夜物語』のキャラクターデザインを依頼し、ふたりは手を握り合う。

 漫画家として手嶌にずいぶんと遅れをとっているコンプレックスを持ってきた嵩だったが、おりしも、『ボオ氏』という渾身の作品で週刊誌の漫画大賞を受賞し、少し自信をつけていた。ここから、嵩の才能がますます発揮されて、『アンパンマン』にたどりつくことになるだろう。

 『あんぱん』では手塚治虫、いずみたく、永六輔、サンリオの辻信太郎などをモデルにした人物たちが続々と登場している。やなせの著書を見ると、彼の周辺には、手塚治虫、いずみたく、永六輔、サンリオの辻信太郎だけでなく、綺羅星のごとき才能にあふれるクリエーターたちがいた。きっとみんな、それぞれ意識しあいながら、切磋琢磨して、新しいものを作ろうとしていたのだろう。

 余談ではあるが、著書に清水邦夫のことを「今注目の演出家清水邦夫」と書いているのも、演劇ファンにはたまらない。ただ、演出家ではなく当時は気鋭の脚本家・劇作家として注目されていたはず。清水も『ハローCQ』の脚本を書いていて、盟友・蜷川幸雄が出演している。やなせは演劇もやっていたから、当時の演劇人も意識していたに違いない。

 漫画、音楽、演劇……とクリエイターたちを漏れなく出して、60~70年代の文化を題材にした青春群像が見たかった。もちろんそれは難しいにしても、『アンパンマンの遺書』ではかなり重要な存在に感じる向田をなぜ『あんぱん』に出さなかったのだろうか。

 もし出すとなると、のぶ(今田美桜)の物語が薄らいでしまうからだろうか。あくまで、嵩を支えた妻・のぶの物語だから、嵩周りのキャラクターをあまり増やさないように配慮したのかもしれない。

 それでも向田邦子という存在がテレビドラマの世界であまりにも大きいからか(一時期、テレビ局のプロデューサーやディレクターに影響を受けたドラマを聞くと山田太一と向田邦子作品ばかりがあがっていた)、彼女の気配が朝田家にちりばめられているのを感じられる。

 そもそも朝田家が石材屋であることが向田邦子ドラマを意識している。吉田鋼太郎が「釜次はテレビドラマ『寺内貫太郎一家』(1974年)で小林亜星さんが演じた頑固親父のイメージがあるそうなのですが」と語っていた。この『寺内貫太郎一家』は石材店を営む一家のホームドラマで、くら役の浅田美代子がお手伝いさん役で出ていたのだ。(※)

 第1週で父・結太郎(加瀬亮)が旅立つとき、のぶに帽子をかぶせる場面や、第113話で、羽多子(江口のりこ)やのぶや蘭子が帽子をかぶるのは、『あ・うん』(1980年)や『続あ・うん』(1981年)を意識しているかもしれない。酔って帰った主人が妻に帽子をかぶせるシーンや、娘が大学生から頭に帽子を乗せてもらうシーンがある。小説版だとその匂いや質感の描写の細かさ、帽子をかぶったことで恋を意識する心情などが見事である。

 男性の強さや包容力の象徴のような帽子を女性がかぶることで、独特な関わりあいの強さを感じさせる。『あんぱん』で帽子は朝田家の父の形見として末永く残り、のちに嵩の漫画『ボオ氏』とも繋がっていく。

 同じく、戦後になってものぶが大切に持ち続けるラジオ。千尋(中沢元紀)が朝田家に譲ってくれたものだが、『あ・うん』では語り部である娘の父の大事な友人がラジオを持って訪問する。

 第112話、蘭子が八木(妻夫木聡)にいちごジャムの瓶のフタを開けてもらう場面も向田の『阿修羅のごとくII』(1980年)を思い出す。四姉妹の長女で後家に愛人がいて、その人に固くて開かないびんのフタをあけてもらうことがあると妹に話している場面があるのだ。愛人といっても生々しいことだけでなく、そんなたわいのないことをやってもらうだけのこともあるという話だ。是枝裕和監督のNetflix版『阿修羅のごとく』では長女(宮沢りえ)が愛人(内野聖陽)に瓶の蓋を開けてもらう。こっちはなかなか開けられないが『あんぱん』の八木は一瞬、苦戦するが、すぐに開けていた。

 このように『あんぱん』のあちこちに感じる向田邦子オマージュ。もちろん、これは向田邦子を知らない、あるいは興味のない視聴者には関係のない話である。

 『あんぱん』第23週では行方知らずだったヤムおんちゃん(阿部サダヲ)の消息がわかり、彼の心のなかにいまだに刺さっている戦争のトゲを抜くことのできるような作品を作りたいと嵩が決意を新たにする。

 ちょうど終戦の日のエピソードとして書かれたこともあって、戦争を生き延びた者の責任を感じると同時に、戦争のみならず、志半ばで亡くなっていった人たちの想いを生き残った者たちは背負っていくのだとも感じた。それはまだまだ活躍を期待されていたときにふいに消えてしまった向田邦子という作家を思い出す断片の数々を『あんぱん』に見たからだ。

 やなせたかしは94歳まで生き、ひじょうに長寿であった。彼は自分より先に亡くなっていった多くの人たちを見送りながら、その人たちの分まで創作活動を続けたのだろう。

参考※ https://diamond.jp/articles/-/363004

(文=木俣冬)