純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

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昨今、政治学も、原理論ははやらない。国内外、聞屋よろしく、早耳の物知りの方がマスコミでもウケがいい。しかし、諜報機関のスパイでもあるまいに、それって、わざわざ大学で学者がやることか?

とはいえ、根本の政治形態に関してさえ、各国どこも複合的で、おまけに建前と実情にズレがあるせいで、古代以来、百家争鳴。それでもどうにか単純に言えば、独裁政、共和政、民主政、の三つになる。

独裁政は、王様がいちばんわかりやすいが、将軍だったり、総統だったり、メディチ家当主だったり、よくわからない地位でも、ようするにだれかが一人で政治を決められる政体だ。もちろん、この場合も、たいてい合議をする内閣があって、その大臣たちが独裁者に助言する。ただし、この内閣には政治的決定権は無く、そもそも、だれを大臣とするかも、独裁者が任意に決める。

わかりにくいのは、共和政と民主政の区別。どちらも合議政体で、この合議にこそ最終の政治的決定権があり、その議長だろうと、議事進行以上の権限を持たない。民主政は、デーモス(住民)が個別案件ごとに直接に決める。米国の選挙人制度はともかく、本来は国家元首、大統領も国民の直接投票で決めるのが、民主政だ。これに対して、共和政は、専門の政治家たちの政権。貴族院の場合、名家当主が議員資格を世襲する。元老院の場合は、上級官僚経験者が永年議員になる。民選院は、この共和政の議員をデーモスが決める。一般には地域ごとの選挙によるが、いずれにせよ、これは民主政ではなく、共和政だ。「主権在民」とは名ばかりで、共和政議会が最終の政治的決定権を握っている。

日本は、明治維新で、いきなり天皇独裁政とした。江戸幕府ですら、将軍に決定権が無く、実質的には老中幕閣の貴族院共和政だったのだから、いきなり政治経験の無い明治天皇を独裁者に頂いても、かなり無理があった。だから、実際は維新功労者たちの元老院共和政で、これが薩長藩閥の世襲を成し、旧藩主を加えて貴族院となり、また、民選院も開いた。かくして、独裁者、元老院(御前会議)、貴族院、民選院の四つが併設される、という、きわめて不明朗で無責任な折衷政体となった。おまけに、西南戦争から日清日露、第一次世界大戦とともに、元老院の中でも、陸海軍人上がりが勢力を増し、元老院はもちろん天皇さえ、これを制御できなくなる。

これが戦後に至っても整理されず、軍閥に代わって政党が加わり、いよいよややこしいことになった。とくに、戦後、あまりに急激な革命的「民主化」で、単純な民主政、つまり大統領政を採れば、日本が共産化することが確実だったため、冷戦を見据えたGHQ、それに協力する一派は、巧妙に死に票を創り出すしくみを考え出した。

単純な原理で言えば、投票率が51%あれば、その政府は支持されている。そして、民選院の議席51%を取れば、それが政権与党である。さらに、その政権与党の中で、51%の議員の支持を取り付ければ、その政権与党の党首であり、その人物は、党の総議席51%をもって首班となる。その名目は「総理大臣」だが、天皇も、これに意見すらできず、実質的には国家元首に等しい。このために、戦後は、保守系諸党を、党内派閥として合同させておくことが重要だった。

しかし、このしくみ、計算すればわかるとおり、51%x51%x51%で、じつはわずか国民の13%の信任しか得ていない。残り87%は、選挙で投票しても政治に影響しない死に票になっており、これがもし民主政の直接大統領選挙だったなら、およそ勝てる数字ではない。おまけに、戦後、保守政党の派閥政治が長引きすぎて、この保守党の内実が元老院共和政になって、派閥の長の総理経験者、わずか数人の密室談合で、次の総理が決められる。党内の党首選さえ、形ばかり。

ようするに、レバレッジを多重にかけすぎている。まるでピラミッドの頂上に巨大タンカーを乗せているようなもの。だから、政権が不安定で長続きしない。単純計算でいくと、戦後、第43代から103代まで全61代の総理平均が1年9ヶ月しかない。つまり、参議院の任期6年の四分の一。第23回から50回までの衆議院だって、総選挙まで2年9ヶ月。それより短い。これでは、国家百年の計など夢のまた夢。かといって、長期政権を守ろうとすれば、国をダメにしても、派閥長老たちと、それにぶらさがる企業や地方に巣くうワルのボスたちの御機嫌取りに奔走するしかない。

まあ、明治でも、戦後でも、憲法の建て付けで失敗したのだ。まともな政治学者も無しに、政治家が自分たちで決めるから、すでにその時点で、あちこちの利権の分捕り合いが行われ、二度までも、わけのわからない折衷政体になり、自滅的に迷走し、戦前は戦争へ、戦後は国家衰退へまっしぐら。いままた、憲法改正などと言っている連中もいるが、同様の合議でごちゃごちゃやっても、三度目もまた、サラマンダー利権の分捕り合いで、いよいよひどい国体になることは確実だ。

共和制ローマの元老院でも、定員は三百名だった。それより小さなこの国が、これほどの数の議員を抱えていても、どこぞの自動車会社の巨大取締役会のように、生産性が悪いだけでなく、余計なイッチョカミだらけで原理原則無しに迷走するばかり。おまけに、次から次へと総理が短期で交替し、方針は右往左往。そのうえ、キングメーカーとしての老後の地位と威厳を維持すべく、現役連中をひっかきまわす。ただ、現状いちばんの問題は、死に票で、たとえば、国会での投票権を一議席一票ではなく、株式同様、選挙時の得票数ないし得票率にすれば、元老支配を抑え、国民の声が国会にも反映される。気に入らない政治家に対しては、対立候補に投票すれば、たとえその候補が落選しても、当選した政治家の力を抑えられ、死に票にはならない。


純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。