パソコン入力のはずが清掃「A型事業所」の実態
会話厳禁、労災隠し、求人詐欺、給料未払い――。ユウイチさんがこれまで利用してきた就労継続支援A型事業所は「どこも問題のあるところばかりでした」という(写真:ユウイチさん提供)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
求人票には「PC作業」とあったのに…
「来週からホテル清掃をお願いします」
名古屋市内で働くユウイチさん(仮名、36歳)は出勤2日目に職員からこう言われた。しかし、職場のパンフレットや求人票には、いずれも仕事内容は「入力補正などのPC作業」「パソコン入力業務」などとあり、清掃とは一言も書かれていない。ユウイチさんは学生時代に強迫性障害と診断されており、過度な手洗いなどが原因であかぎれになることもある。掃除は自分には不向きな仕事だとわかっていた。
事業所のパンフレットにも「PC作業」「軽作業」とある。掃除の仕事をさせるなら、なぜ「清掃作業」と書かないのか(写真:ユウイチさん提供)
驚きのあまりすぐに答えることができなかったが、その日のうちに断りの電話を入れた。必要なら診断書を提出するとも伝えた。しかし、職員はしつこかった。
半月後、「診断書をたてに断るんですか?」「ほかの人も最初は嫌がっていたが、今はやりがいを持って清掃に取り組んでいる」「ベッドメイクやバスルーム清掃が中心で、(ユウイチさんが)普段やっている事務所内の掃除のほうが大変」など、執拗に迫られた。
ユウイチさんがかかりつけ医の診断書を提出し、あらためて掃除の仕事には就けないと言うと、今度は「雇用契約を結んでいる以上、(ホテル清掃をしないと)会社として厳しい対応を取る。覚悟しておくように」と告げられたという。
不安になったユウイチさんは所管の行政に相談の電話を入れる。するとその数日後、職員から建物1階の駐車場に呼び出され、「行政にクレームを入れるのは業務妨害」として自宅待機を命じられた。「いつもは面談室なのに、どうして突然駐車場に?と思いました。何か危害をくわえられるのではないかと怖かったです」とユウイチさんは振り返る。
これが今年5月の出来事である。自宅待機命令の場合、企業は原則給料の支払い義務を負う。しかし、ユウイチさんはそれから半年近く、無給のまま“放置”されているという。
「求人詐欺」のようなやり方
ユウイチさんの勤務先は就労継続支援A型事業所(A型事業所)というところだ。障害などがあり、一般企業での就労が難しい人が雇用契約を結んだうえで、職員によるサポートを受けながら働くことができる。また、A型事業所には利用に応じて国から給付金が支払われる。つまり、ユウイチさんは労働者であると同時に福祉サービスの利用者でもある。
ユウイチさんは、ホテルまでの往復交通費400円を新たに負担しなければならないことも、清掃の仕事を断った理由のひとつだという。同事業所での時給は愛知県の最低賃金と同じ1027円(当時)で、月収は障害年金と合わせても十数万円ほど。すでに通勤のための定期券も自費で買っており、さらなる出費は避けたいと考えたのだ。
ユウイチさんが真っ先に電話をした行政とは、A型事業所の指定権限を持つ名古屋市障害者支援課である。続いて所管の労働基準監督署と弁護士にも相談をした。
ユウイチさんが同市に開示請求して入手した自身の苦情記録票によると、市の担当者の聞き取りに対し、事業所側もホテル清掃や自宅待機を命じたことは事実だと認めている。
ひとつだけ相違があるのは、事業所側が清掃業務について事前に説明したかどうか。事業所側は「見学時と面接時に清掃の仕事があると伝えた」と主張。これに対してユウイチさんは「『今後、ホテル清掃をやっていく計画もあります』とは言われました。でも、それは将来の話で、ましてや自分がその仕事をするとは思いませんでした」と反論する。
果たしてどちらの主張に分があるのか。
一般的には契約と違う仕事をさせるのは民法上の契約不履行に当たる。かりに口頭で説明していたとしても、求人票などに記載がなければ、労働条件を明示することを義務付けた労働基準法に抵触する恐れがある。加えて今回の求人票には、業務内容の変更範囲について「変更なし」と記載されており、この点においても職業安定法に違反する可能性がある。何よりユウイチさんの次の言葉で簡単に決着がつく問題だろう。
「だったら最初から『清掃の仕事』といって募集すればいいじゃないですか」
ユウイチさんによると、十数人の利用者のうちほぼ半数がホテル清掃に従事しているという。ならば、なおさら清掃の仕事で募集するべきだと、私も思う。
ハローワークの求人票にも、清掃の「せ」の字もない。PC作業で入社した一般企業で出勤2日目に清掃の仕事を命じられたら、だれもがおかしいと思うはず。それはA型事業所でも同じことだ(写真:ユウイチさん提供)
取材をしていると、ほかのA型事業所の現場でも、PC業務や軽作業などで募集しながら、実際には清掃をさせるというケースはたびたび耳にする。不思議なことに逆のパターンは聞いたことがない。いずれにしてもこのようなやり方は「求人詐欺」と批判されても仕方がないだろう。
行政機関に助けを求めたが…
ユウイチさんは大学を卒業後、食品メーカーに正社員として就職したが、パワハラに遭い、うつ病を発症して退職。その後は定職に就けず、体調も回復しなかったため5年ほど前に自ら精神科病院に入院した。このころに発達障害の診断を受け、以降は一般就労に向けた準備も兼ねてA型事業所の利用を始めた。現在の事業所が4カ所目。しかし、ユウイチさんに言わせると「A型事業所はどこもひどかったです」。
初めて利用したA型事業所は、運営基準違反が発覚して指定取り消しとなった。2カ所目はPC業務だったが、ここでは仕事中はもちろん休憩中も「会話厳禁」というルールがあった。事業所側からは「コミュニケーション能力に課題がある人もいるので、トラブル防止のため」と説明された。「おはようございます」と「お疲れさまでした」以外の会話をしている人を見つけたら、報告するようにとも指示されたという。まるで密告の強制ではないか……。ユウイチさんも「人権侵害ですよね」と首をかしげる。
3カ所目では、10キロほどの段ボールを棚からパレットに移す仕事を終日していたところ膝を痛めてしまった。しかし、職員からは、労災は申請できないと言われた。しばらくの間、別の業務に移してほしいと頼んでも「段ボールは女性でも2人いれば全然持てる」「仕事なので協力してがんばりましょう」などと聞き流されるだけ。ユウイチさんはやむを得ず個人で労災申請をした。
仕事中に痛めた膝についての相談に対する、職員からの返信メッセージ。「このラインは緊急時のため」と非難がましいことを言っているが、仕事中のけがは十分緊急事態だと思うのだが……(写真:ユウイチさん提供)
給料はどこも最低賃金水準で、実家暮らしでなければ生活できないという。今回の給料未払いは、ただでさえ経済的に苦しい障害者への“兵糧攻め”である。
悪質なA型事業所などさっさと見切りをつけて別の事業所を探すことはできる。しかし、今回、ユウイチさんは徹底抗戦を辞さないつもりだ。理由は「さすがに我慢の限界だからです」。そう決意して心当たりのある行政機関に助けを求めたのだという。
それなのに、最初に相談を持ち掛けた名古屋市は「結局何もしてくれませんでした」とユウイチさんは憤る。10回近く電話やメールでやり取りしたが、最終的には「民事不介入」「(事業所の)職員とお互いに歩み寄って話し合ってください」と言われたという。
同市が作成した苦情記録票にも、市の担当者がユウイチさんに「事業者と利用者の間に入る対応は行っていない」との旨を伝えたことが記載されている。私も記録票を読んだが、担当者は両者の言い分をただ相手側に伝えただけの“伝言係”にしかみえなかった。
取材に対し、同市障害者支援課は「私たちは障害者総合支援法に基づいて基準違反があれば指導するという立場。利用者から『困っている』という声があれば、同法の範囲内で事業者に対して『利用者に寄り添った対応を』とお伝えをする使命はあると思っています」と回答。ユウイチさんの許可を得たうえで個別のケースについて尋ねると「法律上の対応としては問題はなかったと考えているが、心配ごとが解消されていないとすれば、対応が十分でなかった点があったかもしれない」と答えるにとどまった。
ユウイチさんのケースでは、ただちに同法に違反する問題はない。権限がなければ動けないという同市の言い分は一理ある。ただ半年間もの給料未払いは経済的虐待に当たる恐れもある。権限はなくとも、「求人票に仕事内容を明示しないことや、自宅待機中に賃金を払わないことは法律違反の恐れがある」といった一般論を伝え、注意を促すことくらいはできたのではないか。
一方でユウイチさんによると、10月下旬、労働基準監督署はこのA型事業所に対し未払い分の給与を支払うよう是正勧告を出したという。求人票の記載方法についても、取材で話を聞いた厚生労働省は「個別案件についてのコメントは差し控える」としながらも「求人条件と実態に相違がある場合は適正に対応するので、所管のハローワークに情報を提供してほしい」(職業安定局首席職業指導官室)と注意喚起した。
何もしない行政は大問題だ
A型事業所の取材では、ほかにも勤務時間の一方的な短縮や、勤務日の水増しといった問題もあると聞く。しかし、利用者がこうした実態を訴えても、行政側が動くことはまれだ。自治体の障害者福祉の担当部署からは「それは労働の問題」、労基署からは「それは福祉の問題」とたらい回しにされたと話す利用者もいた。
名古屋市の対応に不信感を抱くユウイチさん。「助けを求めたのに、一貫して『おおごとにしたくない』という態度。とり合ってくれない、頼りにならないと感じました」(写真:ユウイチさん提供)
ユウイチさんの話では、名古屋市からの聞き取りに自宅待機を命じたことを認めていた事業所の職員は、労基署の調査に対し、一転して「自宅待機とは言っていない」と言い出したが、労基署側はこの“後出しじゃんけん”を認めなかったという。
今回は是正勧告に踏み切った労基署と、「何もしてくれなかった」名古屋市との間で対応が分かれた形だ。
しかし、是正勧告で問題が解決したわけではない。事業所からは今も賃金の支払いはない。また、是正勧告を受け、ユウイチさんは障害者への経済的虐待であるとして、居住地の自治体に通報をしたが、担当者は「言った言わないの話ですよね」と門前払いしようとしたという。
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これに対し、「すでに労働審判の申し立ての準備をしています。地元の自治体にはあらゆる証拠を持って再度説明に行ったところ、ようやく『愛知県と協議します』と言われました」と語るユウイチさんの声は落ち着いていた。
一歩も引かないユウイチさんの闘志にはエールを送りたい。しかし、なぜ障害のある利用者がここまで奔走しなければならないのかとも思う。当事者ばかりに負担を強いる異様さと、「行政の不作為」こそが悪質なA型事業所がはびこる一因となっている現実を、行政機関はそろそろ本気で直視したほうがいい。
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(藤田 和恵 : ジャーナリスト)