阪神・藤川球児新監督のステージを上げた、球史に残る「清原和博との真っ向勝負」全内幕
プロ野球・阪神タイガースの次期監督に藤川球児氏の就任が決まった。的確な解説でも人気を博した新しい虎将、その現役時代のエピソードを改めて振り返りたい。藤川氏の「火の玉ストレート」の誕生秘話から引退試合の最後の1球までを語り尽くした著書『火の玉ストレートプロフェッショナルの覚悟』から抜粋・再構成して紹介しよう。「火の玉ストレート」誕生のきっかけともなった、清原和博（当時、読売ジャイアンツ）との真っ向勝負。そこには極めし者どうしの、意地とプライドのぶつかり合いがあった……。
「JFK」時代の幕開け
2004年のシーズン、僕は7月に1軍に上がった。
正念場を迎えた僕の真価が問われることになったのは、その月の末ごろ、甲子園で行なわれた対中日戦である。
延長11回表、ノーアウト満塁のピンチでマウンドを任された。
このとき、僕のストレートは前年までと比べて明らかに変わっていた。もともと、故障さえなければ140キロ台後半も出ていたが、150キロ台がスムーズに出るようになっていた。しかも、肩や肘への負担はほとんど感じられなかった。
僕はストレート主体で勝負を挑んで、三者連続三振に抑えた。
三振でアウトが取れるかどうかは、リリーバーとしての適性を判断するうえで最も大事な条件といえる。
三振を奪うことで、攻撃の流れを断ち切ることができる。イニングが進んで相手チームの攻撃の機会が少なくなるほど、三振の意味も大きくなる。
僕のストレートは、いわば軸になり得るボールだった。ストレートが軸になると、変化球も生きる。ストレートの印象が強ければ強いほど、対戦相手はストレートに惑わされやすくなってしまうからだ。
その年、リリーバーに起用された僕は26試合に登板して、2勝をあげた。
「来年はセットアッパーやからな」
岡田監督からそう告げられたのは、そのシーズンが終わったころである。修正したフォームがすっかり身についたことをたしかめながら、僕はこれまで経験したことのない手応えを感じていた。
翌2005年のシーズンは、僕にとって飛躍の1年になった。
いわゆる「JFK」（リリーバーのジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之のアルファベットの頭文字を取った通称）という継投パターンが確立されたのは、この年からである。
マスコミを騒がせた「清原発言」
そして、開幕からまだ間もないころ、印象深い試合があった。4月21日、東京ドームで行なわれた巨人との第6戦である。
9点リードで迎えた7回裏、先発の井川慶さんが2死満塁のピンチに陥り、僕がマウンドに向かった。相手は清原和博さんだった。
フルカウントの場面で、僕はフォークを投げた。ストレートを待っていた清原さんの空振りで、勝負は終わった。
だが、因縁がついた。フォークを投げた僕が真っ向勝負を回避したとして、試合後、僕を非難した清原さんの発言がマスコミに騒がれたのである。
僕自身、勝負を回避したつもりは毛頭なかった。
もし、フルカウントの場面でフォークを投げることが卑怯なのだとしたら、そもそも変化球は存在自体が非難されてしかるべきだろう。2死とはいえ、満塁の場面でフォークを投げるリスクを考えても、僕に対する非難は的はずれだった。
後日、清原さんから謝罪の言葉があったことからも、それは明らかだった。
だが、ストレートの球威が増した僕にとって、この一件はプロ野球選手としてのスタイルを見直すきっかけになった。
常識的に考えて、打者が明らかにストレートを待っている場面で注文に応じるプロの投手はいない。しかし、そこであえてストレートを投げる投手がいてもいい、と思った。
もちろん、打ち返される可能性は高い。それを承知のうえで、ストレートで勝負するのである。
きっと、バカな選手だと思われるかもしれない。僕も、そう思う。だが、打たれなければいい。抑えることができれば、ファンのみなさんは喜んでくれるに違いない。
「火の玉ストレート」の誕生
その一件からおよそ2か月が経った6月25日、甲子園に巨人を迎えた第8戦。再び清原さんと対決する機会がめぐってきた。光栄なことに、因縁の対決と注目されていた。
その日も、僕のストレートは走っていた。3番手投手としてマウンドに上がった僕は、7回表を三者凡退に打ち取った。
続く8回表、1死ランナーなしという場面で清原さんが打席に立った。そのとき、キャッチャーの矢野さんとはあうんの呼吸だった。当然のように、僕はストレートで勝負した。
清原さんも、当然のようにストレートだけを狙っていた。そして、勝負は清原さんの空振り三振で終わった。
そのシーズンかぎりで巨人のユニフォームを脱いだ清原さんは、翌2006年、オリックスに移籍した。伝統の一戦という舞台で顔を合わせることはなくなったが、その年のオールスターゲームで対戦する機会があった。
公式戦とは異なることもあって、誰がどう見てもストレート以外の球は考えられない場面といっていい。
このとき、僕が清原さんに対して投げた4球は、もちろんストレートだった。しかも、すべて150キロを超えていた。
対する清原さんは、フルスイングで応えてくれた。そして、空振り三振に倒れた。その姿に、僕は一生、この人には追いつけないだろうと思った。
「火の玉や」
僕のストレートについて、試合後、清原さんはそう表現してくれた。「火の玉ストレート」という言葉を僕が誇らしく感じているのは、名づけ親のおかげでもある。
野球の魅力のひとつは、打者と投手の真剣勝負にあると思う。
互いが全知全能を傾けた対決を通じて、打者は投手によって育てられ、投手は打者によって磨かれる。
僕は、清原さんによって磨かれた。
