ブーム到来の「時代劇」若い世代にとっては「異世界もの」?ーー気鋭クリエイター参戦で注目作続く
真田広之がプロデュースと主演を務めたドラマ『SHOGUN 将軍』(Disney+)が、9月に発表されたエミー賞で、作品賞をはじめとする史上最多18部門を受賞する快挙を成し遂げた。その一方、日本では、8月17日に単館で公開されたインディペンデント映画『侍タイムスリッパー』が、その面白さから口コミで徐々に上映館数を増やし、公開から2ヶ月を経て、ついに10月第3週の動員ランキングでTOP5入りを果たすなど、ここへ来て「時代劇」が改めて多くの人々の注目を集めている。
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『侍タイムスリッパー』の劇中でも描かれていたように、2011年にTBSの『水戸黄門』が終了して以降、NHKを除いては、視聴率及び予算の問題から、「時代劇」のテレビシリーズは、ほとんど作られないようになり、その中心地である京都の撮影所は、年々その規模を縮小させている。
とはいえ、実写映画の世界に目を向けてみれば、7月26日に公開された映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』が若年層の支持を獲得し、興行成績10億超えのヒットを記録。本日10月25日に公開される『八犬伝』をはじめ、今後も『十一人の賊軍』(11月1日公開)、『室町無頼』(1月17日公開)など、「時代劇」の話題作が続々と待機している。果たして今、「時代劇」めぐる状況に、どんな地殻変動が起こっているのだろうか。そこには、「気運の高まり」のようなものが、本当にあるのだろうか。あるいは、それらはすべて「幻想」に過ぎないのだろうか。
◼️アニメの時代劇は「異世界もの」として受け入れられている?
それを探る上で、ひとつ大きなヒントとなるのは、実写作品ではなく、むしろアニメ作品なのかもしれない。今をさかのぼること2年前――依然としてコロナ禍の最中にあった2022年(三谷幸喜脚本、小栗旬主演のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が放送され、年間を通じて大きな盛り上がりをみせた年だ)、2つの「時代劇」アニメ作品が話題を呼んだことを覚えているだろうか。その前年にFODで先行配信されたあと、2022年の1月から地上波でも放送がスタートしたアニメ『平家物語』と、同年5月に公開されたアニメ映画『犬王』だ。結果的に、いずれも高い評価を獲得した両作(『犬王』に至っては、翌年のゴールデングローブ賞にノミネートされるなど、海外でも高い評価を獲得した)だが、『鎌倉殿の13人』の注目度も相まって、そのあたりから、完全なるフィクションではなく、「史実」をベースとした(さらには、歴史考証の専門家が参加した)本格的な「時代劇」アニメ作品が、続々と制作されるようになったように思うのだ。
その素地を整えたのは、『戦国BASARA』や『刀剣乱舞』といったゲームに端を発する一連の「時代劇」コンテンツの普及と浸透、さらには社会現象と言っていいほどのブームとなった『鬼滅の刃』だったもかもしれない。しかし、いずれにせよ、先ごろ高評価のうちにシーズン1のテレビ放送が終了した『逃げ上手の若君』を例に挙げるまでもなく、アニメの世界において「時代劇」は、敷居の高いものであるどころか、ある種の「異世界もの」に近い感覚で、特に違和感なく受け入れられるようになっているのではないだろうか(ちなみに、アメリカ人にとっての『SHOGUN 将軍』は、日本の「時代劇」である以上に、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような「異世界もの」として受容された可能性が高い)。
◼️山田尚子、野木亜紀子…気鋭クリエイターが力量を発揮できる理由は?
ここで注目したいのは、『平家物語』と『犬王』のいずれもが、作家・古川日出男による現代語訳及び小説を「原作」としていること、前者の監督を『けいおん!』(2009/2010年)など知られる山田尚子(その最新作は、今夏公開された『きみの色』だ)が、後者の監督を『マインド・ゲーム』(2004年)などで知られる湯浅政明が担当していること、さらには『犬王』の脚本を、ドラマ『アンナチュラル』などで知られる――というか書き下ろしのオリジナル作である映画『ラストマイル』が、現在大ヒットを記録している脚本家・野木亜紀子が担当していることだ。
それまで必ずしも「時代劇」のイメージがなかったクリエイターたちーー山田尚子、湯浅政明、野木亜紀子など、「時代劇」とは別のジャンルで人気と評価を獲得してきた第一線のクリエイターたちが、同時期に「時代劇」に挑んでみせたこと。そもそも作家・古川日出男にしても、まず最初に「歴史小説家」というイメージを持つ人は、きっと少ないことだろう(同様の話は、近年『源氏物語』の現代語訳に挑んだ作家・角田光代にも言えるだろう)。いまや「時代劇」の脚本家としても定評のある三谷幸喜にしても、もともと「時代劇」というジャンルから出てきた人ではなかった。さらに言うならば、『逃げ上手の若君』で「北条時行」という一般的にはあまり馴染みのない歴史上の人物を描くことを決意した漫画家・松井優征は、かつて『暗殺教室』で人気を博した漫画家だ。
◼️現代劇よりも「クリエイティブな自由度」が高い時代劇
彼/彼女たちは、なぜ今「時代劇」に挑戦するのだろうか。無論、その理由はそれぞれ違うだろうが、ある程度の時代的な「縛り」をクリアすれば、むしろ「現代劇」以上にクリエイティブの自由度が高いこと(史実の隙間には、さまざまな解釈の余地が広がっている)。さらには、そこに「現代に通ずるようなテーマ」を見出すことが可能であること(過去は現在と地続きなのだから)。そのあたりに、彼/彼女たちは、大きな魅力を感じたのではないだろうか。そう、「時代劇」の世界には、第一線で活躍する人気クリエイターたちを惹きつける、潜在的な魅力と可能性が、まだまだ眠っているのだ。
それは先に挙げた、今後公開が予定されている実写映画の「時代劇」作品についても言えるだろう。役所広司演じる滝沢馬琴と内野聖陽演じる葛飾北斎の交流を描いた映画『八犬伝』の原作は、滝沢馬琴ではなく、その「創作」と「生涯」を、虚実を行き来しながら一大エンターテインメントとして描いた作家・山田風太郎の小説であり、それを監督するのは『ピンポン』(2002年)などVFX表現に長けたことで知られる曽利文彦なのだ。そして、『仁義なき戦い』シリーズなどで知られる脚本家・笠原和夫が遺したプロットを原案とする、山田孝之、仲野太賀、尾上右近らが出演する映画『十一人の賊軍』を監督するのは、『凶悪』(2013年)、『孤狼の血』(2018年)、さらには自身が総監督を務めたNetflixのドラマシリーズ『極悪女王』(2024年)が現在話題を集めている白石和彌(彼は、今年公開された草磲剛主演の映画『碁盤斬り』(2024年)で初めて「時代劇」に挑んだ)。ちなみに『十一人の賊軍』の小説版は、2010年に本屋大賞に輝いた『天地明察』以降、時代小説も手掛けるようになった作家・冲方丁が書き下ろしている。
そして、大泉洋が主演する映画『室町無頼』の原作は、昨年『極楽征夷大将軍』で直木賞を受賞した作家・垣根涼介の小説であり、それを監督するのは『SR サイタマノラッパー』(2009年)でデビューして以降、『22年目の告白-私が殺人犯です-』(2017年)、『あんのこと』(2024年)など、さまざまなジャンルの作品に挑んできた入江悠なのだ。そこには間違いなく、本来「時代劇」作家ではない彼らの「意気込み」と、確かな「野心」が感じられるのだ。
果たして、彼/彼女たち(そこに「役者たち」も含めていいだろう)は、京都の撮影所を中心に綿々と培ってきた高い「技術」を有する「時代劇」というフォーマットの中に、どんな「新しさ」と「可能性」を見出しているのだろうか。とりわけ、今後公開が予定されている上記の実写映画については、その点に注目して観ることにしたい。それこそが、興行的な面も含めて、今後の「時代劇」の方向性を指し示す、新たな「道標」となるような気がするから。
◼️主演・岡田准一×監督・藤井道人が手がけるNetflix『イクサガミ』 に期待大
となると、やはり期待せずにはいられないのが、先ごろ主演兼アクションプランナーの岡田准一がクランクアップの報告していた、藤井道人監督、今村翔吾原作によるNetflixのドラマシリーズ『イクサガミ』なのだけど、こちらの配信開始時期は、今のところまだ発表されていない。映画『新聞記者』(2019年)が日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いて以降、話題作を次々と世に放ってきた藤井道人監督(その最新作は、横浜流星主演の映画『正体』(11月29日公開)だ)と、直木賞作家であることはもとより、今、いちばん「アクティブな歴史小説家」といっても過言ではない今村翔吾がタッグを組んで送り出すドラマシリーズ『イクサガミ』。
今村曰く、山田風太郎的な活劇であることを意識しながら「世界に通用するエンターテインメント」作品として書き始めたという本作(その最新刊となる第3巻「人」が、11月15日に発売されることが先ごろ発表された)は、『SHOGUN 将軍』が海外で絶賛され、『侍タイムスリッパー』が国内で徐々に支持されつつある状況の中で、どんな「戦い」を挑んでいくのだろうか。いずれにせよ、「時代劇」の「復古」ではなく、新たなクリエイターたちによる「改新」。それが、今後の「時代劇」を語る上で、ひとつのキーワードになってくるのかもしれない。
(文=麦倉正樹)