支援者と喜ぶ前川彰司さん(右)(23日午前、金沢市で)=桐山弘太撮影

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 38年前に起きた福井市の女子中学生殺害事件で、再審への扉が再び開いた。

 前川彰司さん(59)の再審開始を認めた23日の名古屋高裁金沢支部決定。前川さんは過去に再審開始決定を取り消された経験があり、「闘いは続く」と気を引き締めた。

 「浮かれることなく、これからさらに闘いの道を歩んでいきたい」

 決定後、金沢市内で記者会見を開いた前川さんの表情は、喜び一色とはならなかった。事件を巡っては殺害の直接的な証拠がなく、これまでに何度も司法判断が揺れ、「絶望感で心が重くなる」という苦い思いを味わってきたからだ。

 前川さんは捜査段階から一貫して否認していた。福井地裁で無罪判決を受けたが、逆転有罪が確定。出所後の2011年には高裁金沢支部で再審開始決定を受けたものの、名古屋高裁で取り消された。

 今回、第2次再審請求審で新たに開示された証拠が開始の決定につながった。

 前川さんは「警察、検察が無罪の証拠を隠していたのは問題だ」と批判。弁護団長の吉村悟弁護士も「捜査機関の証拠開示が大きな意味を持つということを今回の事件は教えている」とした上で、検察に対し、決定への異議申し立てを断念するよう強く求めた。

 前川さんは、1966年の静岡県一家4人殺害事件で死刑確定から一転して再審無罪となった袴田巌さん(88)や姉のひで子さん(91)とも交流を重ねてきた。先月26日には、静岡地裁に足を運んで無罪判決の瞬間を目の当たりにし、勇気づけられたといい、今回の決定に「再審に新しい風が吹き始めている。その風を後押ししたい」と力を込めた。

 ひで子さんも「前川さんとは長年の付き合いで、お互い励まし合ってきた。再審開始になってとても喜んでいる」などとするコメントを寄せた。

 決定を受け、日本弁護士連合会(渕上玲子会長)は23日、「裁判所が事案の解明に向けて積極的な訴訟指揮を行い、適切な事実認定をしたことを高く評価する」との会長声明を発表した。

 声明は「証拠開示について消極的な姿勢に終始し、冤罪(えんざい)被害の救済を阻んできた検察官に対して真摯(しんし)な反省を求める」とした。

「信じてた」父涙

 「再審開始!!」。前川さんは再審開始の決定を受けた直後、福井市内の福祉施設に入居する父・礼三さん(91)に宛てて、携帯電話でメッセージを送った。

 施設によると、礼三さんは前川さんのメッセージを見て、「息子を信じて良かった。これまでの思いが報われた」と話して涙を流していたという。

元捜査幹部決定に不満

 決定には、事件の捜査にあたった警察、検察への厳しい言及が目立った。

 福井県警に対しては、有罪の根拠とした証言について、「誘導などの不当な働きかけを行った疑いがある」と指摘した。

 事件の捜査に関わった元幹部は「供述の裏付けを取るのは捜査の基本で、誘導があったとは容易には信じがたい」と決定への不満を示す一方、「この事件は初動捜査がうまく進まず、行き詰まっていた。現在なら逮捕をためらう幹部もいるだろう」と語った。

 法務・検察幹部の一人は「証拠の多くが供述で、もともと有罪立証には困難が伴う事件ではあった」と指摘する。別の幹部は、再審開始の決め手となったのは、第2次再審請求審で開示された証拠だったことを踏まえ、「証拠開示が制度化される流れになっていくだろう」との見方を示した。

供述変遷過去にも無罪 山田裁判長

 山田耕司裁判長(62)は1990年に任官し、大阪地裁判事や最高裁調査官などを歴任。2022年11月に名古屋高裁金沢支部部総括判事となった。

 名古屋地裁部総括判事だった20年に、同居人への傷害致死罪などに問われた2被告に対し、罪を認める供述に変遷があり、信用性に疑いがあるとして同罪について無罪を出した。

「供述依存に警鐘」

 近畿大の辻本典央教授(刑事訴訟法)の話「『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の原則に基づいた判断だ。直接的な証拠がない中、捜査機関が筋書きに合わせて供述を誘導したとして問題視している。警察や検察の姿勢を厳しく批判することで、供述に依存する捜査・裁判がいかに危険であるか、警鐘を鳴らしているのではないか」