2024年秋、Appleから発表されたAirPods Pro 2における聴覚のサポートは補聴器なのか、それとも集音器なのか?(写真:アップル)

アップルが提供する聴覚サポートとは

2024年秋のスペシャルイベントで発表された中で、アップルは健康サポートに関するいくつかの機能を発表した。1つは睡眠時無呼吸症候群の発見を助けるための機能で、こちらはApple Watch Series 10に搭載される。

もう1つはAirPods Pro 2における聴覚のサポートで、聞こえにくい音を聞き取りやすくする補助機能が追加で提供されるとアナウンスされた。英語でのスピーチをそのまま翻訳すると、「補聴器」となるため大きな話題になったが、日本では聴覚を補助する機器には区分があり、補聴器なのか、集音器なのかといった議論もあった。

結論から言えば、アップルが取得したのは“ソフトウェアとしての認可”である。

アップルは聴力をテストするソフトウェアを開発し、オージオグラム(聴力感度の特性グラフ)を作成するソフトウェアとしての認可を受けた。さらに計測したオージオグラムを基に、聴覚を補正するソフトウェアも開発、これを自社のイヤホン「AirPods Pro 2」に反映した。

結果として聴覚を補正するデバイスとして、AirPods Proが利用できることは確かだ。高価な補聴器を用いなくとも、聴覚に対して自信のない人が、より聞きやすい補助を受けることが可能になる。

また、聴覚の違いによる音楽や映像作品の音声等の聞こえ方に関して、ユーザーを補助する機能もある。これは医療的な目的とは少々異なるかもしれないが、エンターテインメントをより楽しめるという意味でユーザーにとって決して小さな意味のものではないと思う。

一方で、従来のような補聴器の概念とは異なる面も多い。

そもそも、これは軽度、もしくは中程度の難聴を補助するもので、それ以上のものではないとアップルも明言している。

なお、この機能を利用するためにはiOS 18以降に対応するiPhone、またはiPadOS 18以降に対応するiPadに加え、AirPods Pro 2が必要だ。アップデートは近日を予定している。

その1「ヒアリングチェック」

1つ目は“純音聴力検査”を実施するヒアリングチェック機能。


iPhone+AirPods Proで聴覚のテストが行える(写真:アップル)

名前だけを聞くと、いかにも難しそうに感じるが、健康診断などで行われる基本的な聴力テストを行うものだ。

まず、周囲が十分に静かであることを確認した上で、イヤーチップの密閉性を確認。特定周波数の音が聞き取れたことを伝える機能を組み合わせることで、聴力をテストする。

健康診断などでは簡易的に1kHzと4kHzの2つの周波数でテストし、30dBHL以下の音を聞き取ることができれば「正常」と診断される。

AirPods Pro 2を用いたテストでは125〜8kHzまで、7段階の周波数に対する応答を、左右それぞれにチェック可能だ。プロセスはおよそ5分間で実行できる。

アップルは日本法人名義で管理医療機器販売者となり、厚労省にこのソフトウェア機能を登録している。

内容は健康診断などで行う聴力テストとほぼ同じだ。ボタンを押す代わりにアプリの画面をタップする。健康診断等では簡易的に2つの周波数で計測されることが多いようだが、その点においてより厳密にテストされていると言える。

アップルは2019年からWHOと一緒にヒアリングスタディという臨床調査を行ってきた。200人の難聴の被験者や従来のオーディオ機能のテスト結果によるものなどを比較しながら機能をテストし、ランダム比較テストを行ったところ、より厳密な医療機関でのテスト結果とのWHO分類は、81%の一致度を示した。

アップルが管理医療機器販売者として登録したもう1つのソフトウェアがヒアリング補助だ。

ヒアリングチェックで得られたオージオグラムに基づき、ユーザーの聴力を補うために、どのように音を増幅するのかを設定することで、聴覚に合わせた聞こえ方の補正を行う。

要するに聞こえにくい周波数の音を補うことで、聞きやすくするものだ。ヒアリングチェックにはiPhoneかiPadが必要だったが、ヒアリング補助に関してはmacOS Sequoia以降を搭載したMacとAirPods Pro 2をペアリングした場合でも利用できる。

18歳以上の軽度から中程度の難聴が認められるユーザーへの使用を目的としていると、アップルは説明している。

実は、この機能は2つの経路でユーザに価値を提供している。

1つはAirPods Proが拾っている音を補正することだ。つまり、一般的な補聴器に近い機能であり、聞こえにくい声などが、より明瞭に聞き取れる。音量だけでなく、周波数特性も補正することにより、より言葉のニュアンスが伝わってくるようになる。

もう1つはスマートフォン、タブレット、パソコンから流れる音声を補正する機能。こちらは音楽や映画、テレビ番組などのデジタルコンテンツを楽しむ際に、聴覚に応じて補正をかけた音声を楽しむことが可能になる。

聴力に問題なくても利用価値あり

高価な補聴器が不要になる機能をアップルが開発したと伝えられているのも目にするが、ここには誤解があると思う。

まず、アップルのヒアリング補助は、症状の重い難聴に対しては十分に機能しない。

軽度難聴 とは26〜40dBHLの音が聞こえない場合で、小さな音や囁き声が聞き取りにくいものの、静かな環境での会話には、ほぼ問題がない。中等度難聴は41〜60dBHLの音が聞こえない状況を示す。中程度難聴では通常の会話音が聞き取りにくく、集団での会話や、騒がしい環境での聞き取りが困難となる。

アップルのヒアリング補助がサポートできるのはここまでだ。また、AirPods Proは充電なしに6時間までの連続駆動となっており、丸1日サポートはできない。

つまり、補聴器を置き換えるものではない。補聴器をまだ入手していない、入手することは検討してるが踏み出していない、あるいは補聴器が必要なほどではないが、聴覚的に不安があるユーザにとって、有益な機能となる。

筆者はむしろ、聴覚に対して不安を覚えながらも補聴器を使っていないユーザーが、この機能に触れることによって、医師に相談し、補聴器の利用へ進むきっかけになると感じた。

明瞭にコンテンツを楽しめる?

ここまで読んでいただいた読者には理解いただけると思うが、このヒアリング補助に関しては補聴器との競合はないと言っていい。もっと手軽なシーンにおいて、聴覚に不安のある人が大切なメッセージをより明瞭に聞き取れたり、映画のセリフが聞き取りやすいといった、ライフスタイルの質を高めるものになるはずだ。

実は筆者もテストを行ったのだが、両耳とも4dBHLとの検査結果であり、補助の必要なかったため、どれほど映画や音楽を楽しむ上でのクオリティーの違いがあるのかはレポートできない。


iOSおよびAir PodsPro 2双方のアップデートが完了すると出現する項目(筆者撮影)

しかし、ある程度範囲が決められているとは言え、聴覚に関する問題をサポートできる上に、デジタルコンテンツを楽しむ上でより豊かなコンテンツ体験を得られるという意味で、医療機器としての補聴器にはない別の価値があると思う。

難聴ではないが、ステロイド治療の影響で聴覚に一定の問題を抱えている知人に試してもらったところ、ヒアリング補助を行った状態で映画を見たら、セリフなどが一段とクリアに聞こえたと喜んでいた。

聴覚を発端とした疾患の予防に

世界には15億人の難聴者がいると言われているが、そのうち10億人以上は軽度から中等度の難聴だ。言い換えるならば、その10億人を、何らかの形で支援できる可能性があると言えよう。

また、難聴は身体的および認知的なパフォーマンスの低下をもたらすという研究もあり、認知症のリスク増加など生活に大きな影響を与える可能性がある。

ヒアリングチェック機能は、難聴の早期発見を医療レベルの聴力テストで手軽に行え、ヒアリング補助によって”本来の聴覚”との違いを認識できる。これは大きな差だ。本人が自己判断で診察を受けていない場合に、受診するきっかけになるかもしれない。

難聴を初期段階で把握できれば、その後に続く症状の悪化や疾患の予防にもなる。

最後に個人的に気に入っている機能を追加で紹介しよう。

「大音量低減」機能だ。

AirPods Pro 2を用いるとトランスペアレントモードを通じ、自然に周囲の音を感じられるようにすると共に、音響全体の雰囲気や音域バランスを損なわず、音量だけを緩和してくれるモードがある。爆音の音楽ライブなどでは、耳の健康を害する可能性があるレベルまで最大音量が出てしまっていることが多いが、音楽そのものを損なわずに耳を守ることができる。


難聴はミュージシャンの職業病とも言えるが、AirPods Pro 2が守ってくれるようになる(写真:アップル)

誰もがヒアリング補助を必要としているわけではないだろうが、たとえ聴覚が正常であったとしても、こうした機能によって自分の耳の機能は守られるとするならば、ポジティブに捉えるべきだと思う。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)