アングル:米国で消える1ドルショップ、低所得層が「買い物難民」に

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Jessica DiNapoli Kaylee Kang

[ナッシュビル 29日 ロイター] - 米テネシー州ナッシュビルで暮らすラトリナ・ベグリーさん(37)は、6人いる娘の1人とほぼ毎日、自宅がある丘を下って1ドルショップの「ファミリー・ダラー」で買い物をしてきた。連邦政府が資金提供している「補助的栄養支援プログラム=SNAP(旧フードスタンプ)」を利用し、ジャンクフードの「ホット・ポケッツ」や冷凍ピザ、あるいは牛乳などの必需品を購入していた。

ところが、この店舗は今年閉店した。8200店を運営するダラー・ツリーが収益改善のため閉鎖を決めた約1000店舗の1つだった。

コロナ禍が終わってSNAP向け予算が削減された影響で、ファミリー・ダラーは売上高が落ち込んでいた。

小売調査会社HSAコンサルティングの分析によると、ファミリー・ダラーでの買い物は100ドル当たり11ドルをSNAP利用分が占める。

ファミリー・ダラーがなくなったことで、ベグリーさんは1マイル(約1.6キロ)圏内の小売店がコンビニエンスストア数店だけになった。いずれも彼女にとって価格帯が高すぎる。

彼女が住む辺りは歴史的に黒人が多く、全体的に所得が低く、新鮮で手頃な価格の食料品は入手しにくい。農務省は「買い物難民地域」に指定している。

ベグリーさんは「私や家族にとって状況は厳しさを増している。仕事帰りにどこかに立ち寄れないと、夕食用に何も手に入らなくなる」と話す。

今のところ母親に子どもの世話を頼み、何とかしのいでいるが、それがなければ食料配給所に駆け込まざるを得なかったという。

ロイターがSNAP利用可能店舗の位置データを分析したところ、閉鎖された1000店近くのファミリー・ダラーの大半はウォルマートなど他の低価格路線の小売業者と競合する地域だった。

しかし、このうち15店が展開していたのは、ベグリーさんが住む地域を含めて貧困率が高く、1マイル以内にコンビニかドラッグストアしかない都市近郊だった。

SNAPを利用しているベグリーさんのような貧困世帯にとって、長引く物価高に続くファミリー・ダラーの閉店は、食料品の購入環境をさらに悪化させる事態だ、と複数の専門家や学者、地域指導者らはロイターに語った。

コンビニやドラッグストアの食料品価格は1ドルショップに比べるとかなり高くなる傾向にある。1ドルショップは低価格の自社ブランドを幅広く提供し、利幅の薄さを販売数量で補う戦略を採用している。

ダラー・ツリーの広報担当者は、宅配アプリのインスタカート経由でファミリー・ダラーに食料品を注文すればSNAPが利用できると説明する。しかし食料品の価格は店舗よりも高くなる傾向があり、配送とサービスの料金支払いにSNAPは使えない。

タフツ大学フリードマン栄養科学政策大学院のショーン・キャッシュ教授は「こうした地域では人々が買い物場所を奪われつつあり、食料品へのアクセスが一段と困難になろうとしている」と指摘する。

<狭まる選択肢>

米国で家族4人の世帯の年収で見た「貧困ライン」は3万ドル。農務省は、人口調査標準地域のうち20%超の年収がこれより少ない場所を低所得地区とみなしている。

ファミリー・ダラーの閉店により、こうした低所得層がまだ近隣で営業を続けるコンビニや雑貨店、ガソリンスタンドの併設小売店などで買える商品は今までよりもずっと少なくなる。

例えばファミリー・ダラーで4.95ドルで売られているホットドッグは、ウォルグリーンだと5.99ドル。はちみつ味のオーツ麦シリアルは、シェルのガソリンスタンドが5.99ドルだが、ファミリー・ダラーなら3.75ドルで手に入る。

ファミリー・ダラーのほとんどの店で生鮮食品は置いていないが、ほかに買い物先が乏しい低所得層は閉店で選択肢がさらに狭まってしまう。ファミリー・ダラーには、安価な洗剤や台所せっけんなどの家庭用品もある。

ナッシュビルで低所得層に食料を配給する非営利団体、ナッシュビル・フード・プロジェクトのC・J・センテル最高経営責任者(CEO)は「1ドルショップ閉店によって、既に存在する問題が深刻化している」と話す。ファミリー・ダラーの2店が閉店したナッシュビル北部には幾つかの雑貨店などが残るものの、そこでは牛乳さえ売っておらず、食料品を扱う店も極めて少ないため、食料品へのアクセスは一層悪化すると警鐘を鳴らす。

ストリート新聞「コントリビューター」販売を仕事にしているスタンリー・チェースさん(64)も、ナッシュビル北部のファミリー・ダラーを閉店まで頼りにしていた1人。自身が住む市営住宅から0.5マイルほどにあり、そこで買った缶詰や肉、卵、牛乳で食事を整えてきた。

退役軍人で車いす生活のチェースさんは、自家用車を持っておらず、SNAPを生活の足しにしている。これからは1時間かけてバスでスーパーのクローガーを利用しなければならず、行けない場合は近くのコンビニで8ドルもするホットドッグを買わざるを得ない。価格はファミリー・ダラーの2倍以上だ。

新聞を買ってくれる人からもらうスナック菓子などで次にスーパーに行けるまで空腹を満たすこともあると話す。

別の非営利団体、ローカル・セルフ・リライアンスによると、シカゴやタルサ、オクラホマなど61の自治体は2019年以降、地元の中小食料品店の保護を目的として1ドルショップの展開を制限する法律を導入した影響で、1ドルショップが利用しにくくなっている。

米国全体では1ドルショップは急成長しており、ファミリー・ダラーを手がけるダラー・ツリーと、より大手のダラー・ゼネラルが運営する店舗は合計で3万7000近くに上る。

ファミリー・ダラーは2008年の景気後退を機に売上高が急増。パンデミック期も、SNAP拡充で消費者の懐が潤ったことから、食料品だけでなく玩具や衣料品などもよく売れた。

しかし今年3月、ダラー・ツリーは向こう半年で約600店を閉鎖し、さらに370店についてはリース契約満了とともに店を閉めると発表。2月初めから8月初めまでで、既に657店が閉鎖されている。