家族旅行や習い事は「贅沢品」なのか…低所得家庭の子ども約3人に1人が「体験ゼロ」の衝撃

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習い事や家族旅行は贅沢?子どもたちから何が奪われているのか?

低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。

発売たちまち6刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。

*本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。

見過ごされてきた「体験格差」

東日本大震災を契機に、私は当時勤めていた会社を辞め、学生時代の仲間とともに、被災した子どもたちの支援に取り組み始めた。宮城県の仙台で事務所を立ち上げ、子どもたちが直面する現実と向き合い始めた。2011年6月のことだ。

「チャンス・フォー・チルドレン」という私たちの団体名には、「たまたま生まれ育った環境によって、子どもたちが得られる人生の機会に格差があってはいけない」という思いが込められている。

私たちは、主に寄付金を原資とする「スタディクーポン」という仕組みをつくり、これまで日本中の様々な地域で、低所得家庭の子どもたちに対する学校外教育費用の支援をしてきた。過去に支給したクーポンの総額は13億円を超え、さらに一部の自治体には私たちの取り組みが波及して、公的な資金を用いた同様の支援もなされ始めている。

たまたま被災したから、たまたま低所得の家庭に生まれたから。そうでない子どもと違って、十分に勉強する機会が得られない、通いたい学習塾に通えない、あるいは進学したい学校を目指せない。そういう子どもたちとたくさん出会ってきた。

私たちの10年を超える活動を通じて、そのうちの幾分かの子どもたちには、「スタディクーポン」を届けることができたかもしれない。また、子どもたちの「学習」には大きな機会格差があり、それを社会的に埋める必要があるという認識も、少しずつ広がりを持ってきたように思える。

だが、だからこそ、同じ「子どもの貧困」という問題の中でも、「体験」の格差や貧困が(例えば「食事」や「学習」の格差や貧困に比べて)後回しになっている状況について、そして自分たち自身もその問題に気づいていながらなかなか真正面から取り組めずにいることについて、何かしなければとずっと感じていた。

子どもたちにとって、「食事」や「学習」はもちろん重要だ。同時に、それら以外の場面で生じている格差についても、見過ごすことはできない。私たちは子どもたちの「体験格差」をも直視し、その解消に向けた取り組みを始める必要がある。

子どもたちにとっての「体験」という主題と真剣に向き合おうと決めたとき、すぐに気がついたことが一つある。それは、日本では「体験格差」についての十分な現状把握自体がまだなされていないということだ。現状がわからなければ、対策を立てようもない。

ならば、まずは現状を知ることから始める必要がある。調査をするべきだ。そこで、私たちチャンス・フォー・チルドレンは、子どもの貧困や教育格差に取り組んできた非営利団体としての立場から、日本で初となる「子どもの体験格差に特化した全国調査」を実施することに決めた(2000人以上の保護者がアンケート調査に回答、2022年10月)。

本書の構成

本書では、この調査から見えてきた日本社会の姿を描くことを第一の目的としている。極めて重要なことに、年収300万円未満のいわゆる「低所得家庭」では、子どもたちの「体験」が平均的に少ないというだけでなく、「体験」の機会が過去1年間で一つもない「ゼロ」の状態にある子どもたちが、全体の3人に1人近くにまでのぼることがわかった【第一部 体験格差の実態】。

こうした定量的な調査に加えて、私は日本の様々な地域で暮らす低所得家庭の保護者たち(主にシングルマザーの女性たち)とお会いし、体験格差の現状について直接お話を聞いた。彼女たちの中には、自分の食事を削ってまで子どもの習い事にお金をかけているという方もいれば、それすら叶わず今は子どもの願いをあきらめさせざるを得ないと語る方もいた。それぞれの家庭に固有の状況がありつつ、「体験の壁」となる様々な共通点も、そこからは見えてきた【第二部 それぞれの体験格差】。

最後に、この日本社会が「体験」の機会をすべての子どもたちに届けられる社会へと変わっていくために、私たちがこれからなすべき様々な打ち手についても検討を進めた。私が特に鍵になると考えているのは、各地域に存在する(しうる)体験の「担い手」たち、そしてかれらの活動を社会的に支えるための仕組みだ【第三部 体験格差に抗う】。

一口に「体験」と言っても、その潜在的な範囲はとても広く、明確な境界線を定めきることはできない。だが、そうであるからこそ、「体験格差」についての調査や考察を進めるうえでは、試行的にでも何らかの範囲を設定することが必要になってくる。

そこで、本書やその元になった全国調査では、主に子どもたちが放課後に通う習い事やクラブ活動、週末・長期休みに参加するキャンプや旅行、お祭りなど地域での様々な行事、スポーツ観戦や芸術鑑賞、博物館や動物園といった社会教育施設でのアクティビティなどを「体験」として定めた。学校内での様々な活動から、友達や家族との日常の遊び、お手伝いなどの生活体験まで、そこに入りきらない様々な「体験」があることも、念のため記しておきたい。

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