デイサービスでお年寄り同士が一触即発! そのときケンカを防いだ相談員の「うまい一言」

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前編記事〈あんなにイヤがってたのに…認知症の元大学教授に「デイサービス利用」を納得させた「介護職の一言」〉から続く。

認知症の患者数は、2040年には584万2000人(高齢者の約15%)にのぼると推計されています。今後は街中で困っている認知症の人に出会うことが多くなるかもしれません。そんなとき、あなたはどうしますか? 著者の豊富な実体験に基づいて書かれた『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』から、役に立つ知恵をご紹介しましょう。

適切に対応するためには、まず認知症について正しく理解する必要があります。認知症の人は、知識や体験をだんだん忘れていく、いわば「引き算の世界」に住んでいます。大切なのは、本人の世界に合わせた「引き算」の言葉かけ・接し方をすること。具体的に何を言いどう振る舞えばいいか、本稿で詳しく解説します。

「引き算」が通用しないタイプの場合は、すべてを受け止めて

これまでにお伝えしてきたように、引き算は、(1)忘れることを利用して、(2)認知症の人の要望どおりにする方法です。ただし、「レビー小体型認知症」や「ピック病」のように物忘れが軽く、忘れることを逆手にとれないタイプの場合は、(2)のほうが大切になってきます。

つまり相手の要望のすべてを受け止めて、「あなたのしたいようにしてあげる」という思いで対応するのが原則となります。

レビー小体型認知症には、幻視(実際にはないものが見える)という非常に特徴的な症状があります。この病気の人は、見えない物や人と会話したり、「嫁が私を殺そうとする」と言うなど、現実離れした世界に入り込んでしまうことがあるため、介護者は振り回されます。

実際に、認知症の人から「あなたに1億円預けた」と言われ、「あれは寄付にまわさせていただきました。大金をすみません」「大切に使わせていただきます」と静かにお伝えすることで場を収めたというケースがありました。本来、介護職員が大金を預かるなどあり得ない話ですが、それを否定せず、“あったこと”として受け止めたのが功を奏したのです。

不安や恐怖に寄り添いながら、「見守る」スタンスでサポートを

前頭側頭型と呼ばれる認知症に分類される「ピック病」も、物忘れが比較的軽い認知症です。この病気は、同じ言動をくり返したり反社会的言動をとったりしてものごとにことごとく反発したがるという、いわば“天邪鬼(あまのじゃく)病”。これは病気による反社会的行動であって、本人には動機もなければ悪気もありません。

タイチさん(73歳)のケースでご説明しましょう。彼はデイの送迎車には乗ってくれますが、最初に乗り込んで座席の真ん中に陣取って動かないため、ほかの人が乗れません。「奥に詰めてください」と職員がお願いしても、無言でニタニタ笑うだけ。そこであえて、「タイチさん、そこから動かないで」と言うと、奥に詰めてくれました。これは、病気の特性を逆手にとって引き算をした例です。“逆”へと導くことで望ましい行動となるようにしむけたのです。

認知症のごく初期の人、俗に言う「まだら」状態の認知症の人にも引き算は使いにくいものです。失敗したお年寄りに向かって「また忘れたの?」「ぼけたんじゃない?」などと言う人もいますが、これは禁句です。そうでなくても「何か変」な自分に不安を抱いているのですから、追いつめてはいけません。

むしろ基本は静かに見守りつつ、もし声をかけるなら傷つかないように、否定しないように注意しながら、「こちらのほうがいいのでは?」と別の選択肢を示してはどうでしょう。あるいは、本人の気持ちの状態に応じて、フォローする程度にとどめたほうがいいでしょう。

ピンチを切り抜けるには、「謝罪」と「笑い」の助けを借りて

「引き算」とは、わかりやすく言えば「ウソをつくこと」なのですが、認知症の人に引き算を見破られたら、どうしたらいいのでしょうか? 答えは簡単、「ごめん! 私が勘違いしちゃった!」と、まずそのウソを自分の間違いだったことにしてください。謝ればたいていの人は「いいよ、いいよ」と微笑んでくれるものです。そしてウソのことも忘れてしまいます。

もうひとつ、ピンチを切り抜ける助けとなるのが「お笑い」や「冗談」。お年寄りは「笑点」や綾小路きみまろのような笑いが好きですし、「どつき漫才」のように体を使って笑わせる芸や、キツい皮肉・冗談を好みます。介護者もその種のユーモアをぜひ味方につけてください。きっとピンチを救ってくれます。

これは実際にあったケースです。ある日、デイサービスで利用者同士がいがみ合っていました。「これはまずい」と感じた介護者は、ふたりの間にヌッと顔を突き出し、「今日の私、キレイでしょ」と一言。続けて、「3時間もかけて厚塗りしてきたのに、汗で落ちたわ。もったいない」と言うと、そのふたりを含めた周囲の人たちがドッと笑ってくれたのです。こんな風に、ダジャレやちょっとしたジョークも取り入れてみるのがポイントです。

元公務員のタカコさん(72歳)は嫁の悪口を言うことが多く、パートに出るだけなのに、「嫁が男に会いに行っている」と、あちこちで言いふらします。ついにはケアマネジャーにも「嫁がね……」と言い出す始末。専門医に診てもらったところ、「ピック病」の診断がつきました。

タカコさんには、かつて夫がほかの女性と駆け落ちして、不本意ながら離婚した経験があります。お嫁さんは、そのせいで自分の浮気を触れまわるのかと思いつつ、病名を聞いてかわいそうになりました。そしてある日、パートに出かけるとき、「浮気に行ってきます」と明るく言ってみたそうです。嫁があまりにも堂々と言ったので、タカコさんも思わず笑い出したとか。お嫁さんによると、このおかげで何か吹っ切れたということでした。

あんなにイヤがってたのに…認知症の元大学教授に「デイサービス利用」を納得させた「介護職の一言」