第18戦シンガポールGPの決勝を終えてマシンから降りた角田裕毅(RB)は、一度は世界各国のテレビカメラが待ち受けるTV Pen(取材エリア)に向かって歩き始めたものの、冷風が吹き出るスポットクーラーが置いてあるのを見つけると、そこに歩み寄った。

 夜の帳(とばり)が降りても、気温は30度、湿度は76%。決勝日はこの週末で、一番の酷暑となった。


角田裕毅は倒れる寸前まで体力を削って走りきった photo by Yoneya Mineoki

 コーナーが連続するサーキットは息を吐く暇もなく、歴戦の猛者たちをしても、シーズンで最も過酷なレースだと言われる。

 冷気に身体を晒しながらも、角田の身体からはボタボタと汗が滴ってくる。両手をひざについて、えずくような様子さえ見せた。昨年のトレーニングで肉体改造をしてから体力には自信のあった角田だが、これまでに見せたことのない姿だった。

 これまでに最も体力的に厳しいレースだったのかと聞かれると、角田はこう答えた。

「そうですね、去年のカタールと同じくらいですかね。最後ソフトで追い上げて、ほとんど毎周、毎周プッシュしていたので、体力的にキツかったですね」

 第2スティントでソフトタイヤを履き、ラスト20周はプッシュ。特に残り12周を切ってからの自己ベスト連発のペースアップはすさまじく、20秒前にいたフランコ・コラピント(ウイリアムズ)を一気に追い詰めて、1.6秒差にまで迫った。

 ただでさえ体力的に厳しいシンガポールのレースで、終盤にマシンが軽くなったところで予選同様のアタックラップを、それも20周も連続で行なう。どのドライバーよりもタフなレースを戦ったのが、角田裕毅だったのだ。

「すべて出しきろう、という思いで走りました。壁にも何回かぶつかりましたし。最低でもスタートで落としてしまったポジションは取り戻したかった。最後まであがくことができてよかったなと思います」

 スタートで出遅れ、ターン1までの200メートルほどの距離で4台に抜かれてしまった。

【ライバルと同じ戦略では勝てない】

 幸いにもアウト側にいた2台がターン1を曲がりきれず、コースオフしたためにポジションを取り戻すことができ、ターン7までカルロス・サインツ(フェラーリ)の猛攻もしのぐことができた。しかし、代わりにセルジオ・ペレス(レッドブル)にインに入られ、ターン9からターン10で抜かれて3つ順位を落とすことになってしまった。

 8番手のままポジションを維持できていれば、その後フェラーリ勢2台は抑えきれないとしても、入賞のチャンスは十分にあった。前のフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)やニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)と戦略的に戦えた可能性もあった。

 しかし、スタートで入賞圏外に弾き出されたことで、角田のレースは一気に苦しくなった。


角田裕毅がQ3に進出できたのは奇跡的 photo by BOOZY

「明日は厳しい戦いになると思います。ほかのチームはけっこう速いと思うし、ハースはコンストラクターズ争い的にも抑えたいところなので、最低でも彼らの前で終わりたい。ですけど、うしろにも何台か速いクルマがいるので、できるかぎりのことをやっていきたいなと思います」

 予選を終えた段階で、角田はそう語っていた。

 金曜フリー走行のロングランが決してよくはなかったことに加えて、予選でもQ3に行けたのは奇跡的と言えるくらい厳しい状況だったことを吐露していた。

「悪くはなかったですけど、簡単ではなかったですね。過去3戦と同じで、Q3に行くのもかなり難しい状況でした。正直、ハースとかウイリアムズはかなりいいクルマに仕上がっていますし、僕らよりもいいクルマなのかなと思います」

 だからこそ、ライバルと同じではなく、違う戦略で攻める。なぜなら、入賞できなければ11位でも12位でも13位でも意味がないからだ。

 基本路線として、第1スティントのミディアムを可能なかぎりマネージメントして走り、長く引っ張る。そしてセーフティカーが出たところでピットインして、その恩恵を享受する。

 過去すべてのレースでセーフティカーが出ているシンガポールGPだけに、それがセオリーだった。

【最後の20周はまさに予選ラップの連続】

「ミディアムで33周を走るのはかなり厳しかったです。でもあのポジションだと、僕としてはセーフティカーを待つしかなかったので、あれしかやりようがなかった。残念ながらセーフティカーが入らなかったので、ソフトに履き替えて挽回していくことにしました」

 ライバルたちが続々とピットインしていくなか、角田はタイヤをいたわって33周目まで保たせたものの、セーフティカーは出ず。2008年から開催されてきたシンガポールGPは、15回目にして初めてセーフティカーの出ないレースとなった。

 ミディアムからハードタイヤへつなぐのがセオリーだが、角田はリスクを取ってソフトを選択。ここまで第1スティントを引き伸ばすことができれば、残りはソフトで走りきれるというのがRBの読みだった。


猛プッシュでギャップを縮めたものの... photo by BOOZY

 角田担当のレースエンジニア、エルネスト・デジデリオはこう説明する。

「残念ながらセーフティカーは出なかったけど、ミディアムを33周目まで引っ張ることができたから、第2スティントはソフトを履くことができたんだ。そこからはコース上でポジションを挽回していくしかないから、タイヤのアドバンテージを生み出すためにソフトを選択するのは当然の判断だった。実際にペースはとてもよかったと思う」

 そこからは猛プッシュでコラピントとのギャップを一気に詰め、背中が見えるところまで来た。しかしレースは終わりを迎え、角田は12位のままチェッカーを受けることになった。

「タフなレースだったと思う。でも、ラスト20周はすばらしいチャージだった。僕も楽しませてもらったよ、君もそうだと思う」

 チェッカーを受けた角田を、デジデリオが無線でねぎらった。

「最後の20周はまさに予選ラップの連続ですべて出しきったし、裕毅は本当にすばらしいドライビングをしてくれたと思う。僕もレースを楽しんだよ。ペースはとてもよかったし、クルマもいいベースラインがあったと思う。それだけに、スタートで出遅れてポイントが獲れなかったのは本当に残念だよ」

 デジデリオがそう振り返るように、スタートがすべてだった。

【リカルドに対しても多くを語らず】

 そのことは、角田自身もよくわかっている。

「今日はスタートでポジションを3つ落としたのが一番のポイントだった。その後はセーフティカーを待つことしかできませんでしたし、セーフティカーが出なかったのでどうすることもできませんでした。スタートでポジションを落としてしまった自分のせいですから」

 ピットストップ直後にダニエル・リカルドとのポジション交換がスムーズにいかず、引っかかるような形でタイムロスする場面もあった。しかし、これが彼のラストレースになるということもあり、ほかにも言いたいことはあったのだろうが、角田はぐっと飲み込んで「自分の責任かなと思います」というひと言で締めくくった。

 着替えたばかりのTシャツは、あっという間に全身が汗でびしょ濡れになっていた。

 エースドライバーとして、チームリーダーとして、自分の速さと強さでこのチームを引っ張っていかなければいけない。

 会見場をあとにする背中が、その自覚を物語っていた。