イギリスの超有名女性作家は『源氏物語』をどう読んだか…? 作家だからこその「ユニークな感想」

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あの作家も「源氏」を読んだ

『源氏物語』は、今年の大河ドラマ『光る君へ』のテーマとなり、日本中の注目を集めています。

じつはこの物語、いまから100年ほど前にアーサー・ウェイリーというイギリスの東洋学者によって初めて英語に全訳され、『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』と題されたその書物は、イギリスをはじめヨーロッパやアメリカで大反響をもって迎えられました。

そして21世紀のいま、そのウェイリー訳『ザ・テイル・オブ・ゲンジ』をあらためて日本語に翻訳し直したのが、毬矢まりえさん、森山恵さんのお二人です(二人は姉妹)。

毬矢さん、森山さんは、英訳をさらに日本語訳するなかでさまざまな発見をします。その発見をまとめ、これまでになかった角度から『源氏物語』の読み方を教えてくれるのが、『レディ・ムラサキのティーパーティ らせん訳「源氏物語」』です。

同書には、『源氏物語』を世界的な文学者がどのように読んだのかについての記述も見られます。たとえば、『灯台へ』などで知られる、20世紀初頭のイギリスの女性作家ヴァージニア・ウルフ。

彼女は、『源氏物語』が執筆された環境に目を向けます。本書より引用します(読みやすさのため、一部編集しています)。

ヴァージニア・ウルフの『源氏物語』評にもこうある。「レディ・ムラサキは、芸術家(アーティスト)にとって、特に女性の芸術家にとって幸福な季節に生きました。戦争は生活の重大事ではなく、男たちの関心も政治が中心ではありませんでした」。そしてこの「二つの暴力から自由であったからこそ」源氏物語のような繊細で優美な世界が可能となった、と見ている。それに比してイングランドは、まだ荒々しい戦の時代であったのだ。

けれどこの「幸福な季節」の奇蹟がいかに成ったかを冷静に考えると、それはむろん政治的であっただろう。十世紀末から十一世紀にかけての藤原道長、頼通の摂関政治時代。天皇の外戚となって権力を握ろうと、娘たちを宮廷に上げて藤原一族は寵を競った。そのために、それぞれの後宮に才能に秀でた女房を集め、才気溢れる華やかな「サロン」を作ろうとしたのである。清少納言の仕えた中宮定子のサロンもそうであったし、『源氏物語』で名をあげていた紫式部も、こうして中宮彰子に召し出されたのだろう。

加えて「幸福な」洗練された文学、文化は貴族たちのみに属すものであり、その向こうには搾取される多くの無名のひとびとが存在している。杉本苑子はその頃の社会についてこう書く。

泰平二百数十年─―。文化は爛熟のきわみに達し、それを謳歌する貴族社会はすでにまったく土地とは無縁な消費階層の集団だった。荘園から上がる貢米、国税として彼らが収奪する物資のさまざま……。(……)

しかし平安朝の中央集権体制下では、税や貢米はすべて貴族たちの消費生活のために使われた。奪われる一方だった下層民の、涙と汗の上に享受されていた彼らの耽美生活であり、栄華だったのである。

ヨーロッパやイングランドの戦いの歴史とはまた異なる、階級社会の闘争とひずみが厳然とあったのだ。

ウルフの視点を通して、紫式部を見る……本書では、世界的な文脈のなかで『源氏物語』という作品を考えることができるのです。

さらに【つづき】「源氏物語の「光源氏」が、「英語」ではどう訳されているかご存知ですか? その「意外な答え」」の記事でも、『源氏』の意外な側面について紹介します。

源氏物語の「光源氏」が、「英語」ではどう訳されているかご存知ですか? その「意外な答え」