突然…認知症の母と暮らすにしおかすみこ、ダウン症の姉の作業所からのメールに肝が冷えた話

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母、81歳、認知症&糖尿病。

姉、48歳、ダウン症。

父、82歳、酔っ払い。

私、47歳、元SMの女王様キャラの #一発屋 の女芸人。

全員今でもポンコツである。

冒頭の「家族紹介」にこんなパワーワードが続くのが、9月20日に発売となったにしおかすみこさんの『ポンコツ一家2年目』だ。

にしおかさんが久々に実家に帰ったとき、ゴミ屋敷のようになっている実家と、大黒柱だった母が大きく変わっていたことに衝撃を受けたのが2020年のこと。そのときから同居をはじめ、2024年で4年目になる。一度病院に行き、母が認知症だと診断されたときのエピソードは、1年目のことをまとめた書籍『ポンコツ一家』に収録されている。

書評家の永江朗さんをして「困りごとのロイヤルストレートフラッシュ」と言わしめた状況だが、「壮絶なのに笑って泣ける」という声が多く寄せられている。さらに「にしおかさんが倒れないでね」という声も多い。たとえばNetGalleyのあるレビューにはこんな声が綴られている。

“認知症の母とダウン症の姉、酔っ払いの父って「うわー大変そう!」と思ったのですが、もちろん大変なのだとは思うけれどなんだか楽しそう。にしおかさんのユーモアあふれる文章のせいだけではなく、家族への愛情が滲み出ているからでしょうね。でもすみこさん1人で奮闘して倒れないでくださいね。よく知らなかったにしおかさんが優しくて愛情いっぱいな人なんだと知って好きになりました。”

ひとりで奮闘して倒れないために大切なのは、周囲の支えだ。にしおかさんの母は要介護認定を取っておらず、介護サービスを受けてはいないが、様々な「周囲の人」がいる。介護に携わる人を孤独しないことも、社会ではとても大切なことなのだ。そこで今回は『ポンコツ一家2年目』から、そんなにしおかさんがドキッとする連絡がきたエピソード、11章を抜粋してお届けする。

「突然のメール失礼します」

今回は少し長期戦。どこまで遡って聞いていただこう……とりあえずここからお願いしたい。

2021年10月某日。私は午前中の生放送の仕事を終え、地元に戻り駅近くのスーパーで夕飯の食材を買い、袋に詰めていた。メールが一通、姉の通う作業所からだ。私に連絡が来たのは初めてだ。

『突然のメール失礼致します。お姉さんとお母様の件でご相談したいのですが、できればお母様には伏せてお話は可能でしょうか?』といった文面。……何かやらかしたのだろうか。……え? どっちが?

具体的な内容は書いていない。『急いではいない』『ご都合の良いときで』という文字を目にするも、『暇です。いつでも暇です。すぐ行けます!』と前のめりな返信をして、その日の十七時に都合をつけていただいた。全てメールでのやりとりなのに、壁に向かってペコペコとお辞儀をしていたようだ。いつの間にかまとめた買い物袋を腕にぶら下げ、シュッと斜めに飛び出ているネギ2本が私の『すみません』と一緒にお腹辺りで折れ曲がり、少々臭い。

カフェで時間を潰す。急なケガや事故ではないようだ。……ウチが加害者側だろうか? いや、姉も母も他人様を攻撃するタイプでは決してない。特に姉はのんびりと穏やかだ……と思う。

ポケットで携帯が…

ポケットで携帯が跳ねた。電話、母からだ。飛びつくように耳に押しあてる。

「あ、すみ? ごめんごめん。今、時間ある? あのね、ママさ、人生でひとつだけ後悔していることがあってね」

「……うん。どうした? なんかあった?」

「いやさ、すみこって名前。ずっと思ってたんだよ、ダサいって。《こ》がなかったら良かったんだよねえ。痛恨のミスだよ全く」

頭が上手く切り替わらない。どうやら全く別の話のようだ……名前? すみこ?……今更、どちらでも、なんでも良い。小さな鼻息が聞こえる……電話の向こうで私の返しを待っているようだ。

「ダサいの《こ》かなあ。《すみ》のほうじゃない? おすみさんとか、イメージがなんとなくババくさいじゃん」と言ってみる。

「ハァ〜。よくそんなことが言えるね。すみこって名前はあんたひとりじゃないんだよ。全国のいろんなすみこが可哀想じゃないか! 知られなきゃ何言ったっていいのか? その腐った性根、最低だよ。でも、そんなに親がつけた名前に不満があるならしょうがないねえ。確か、役所行って事情をわかってもらえたら変えられるよ。あんたが好きな名前にしたらいい」

いつ私がごねた。子供を諭し、物分かりのいい母親面をした顔が目に浮かぶ。

「すみこでいいよ。後悔しなくて大丈夫。もうちょっとしたら帰るね」と電話を切った。……いつもの母だな。では、いったいどんな問題が起きている? 気持ちを改め作業所へ向かう。淡いオレンジ色の線が目減りしていく空に、心許なさを感じた頃、到着。

にこやかな笑顔の職員さんが

日焼けした、にこやかな笑顔の男性職員さんが出迎えてくださり、そのまま面談となった。ああ、姉がウチで楽しそうに噂する中のおひとりはこの方かななどと想像する。挨拶もそこそこに遠慮がちに話を切り出される。

「あの、ご家族のことを書かれたネットの記事らしきものをですね、ちらりと拝見しまして、あれはどこまでが本当ですか?」

……え? ……あ……月1回webで連載している。……『ポンコツ一家』と称し、日々ウチの中で起きているゴタゴタを書いている。それか? ちなみにこの書籍はそれが基になったものだ。或いはそれにまつわるネットニュースのことか? どちらにせよ、ゲゲッ……問題は私か?

「どこまでも事実です。むしろ縮小版です。すみません。何かご迷惑がかかってしまってますでしょうか?」

「いえいえ。そうしますと……お家は大丈夫ですか?」と、少しのやりとりをする。

姉を取り巻く家庭環境の現状確認、そして私がそれに対してどう考えているか、今後どうしていきたいのかを把握しようとしてくださっているようだ。なんて有り難い。ホッと胸をなでおろす。

ここぞとばかりに

私は、ここぞとばかりに頭に浮かんでくる限りを吐き出してゆく。

「姉と母がお風呂に入りません。これに私はノータッチです」やら、

「姉のことで、母と父が毎日揉めます。父が母をなじります。私はノータッチです」やら、「父が一番面倒なのでノータッチ」「家族の先々を考えることがしんどくてノータッチ」……あれ……思った以上にだいたいノータッチ、ノープラン。「お手上げです」と長く喋り散らかし、ぶつ切りで閉じる。

するとこんな支援もありますよと提案してくださる。

例えば職員さんが姉を銭湯に連れて行くこともできる。「ええー!? そうなんですか?」と思わず声を上げる。

例えばグループホームから作業所へ通うこともできる、ただし人気があって順番待ちにもなる。「へぇー!」

例えば母が倒れて、緊急で姉を家に残せないときは連絡し1〜2泊できる施設もある。「わぁ〜〜!」

「いかがですか?」

「最高です。でも気になるのはお値段です。ちなみに銭湯をお願いするとしたら?」

「銭湯代+付き添いで1回1200円です。作業所にもお風呂があるのですが、そちらでも良かったら200円です」

「わぁ〜、ぜひ!」と通販番組のようなリアクションになってしまった。わざとではない。

職員さんが何も知らない私に、ざっくりと説明してくださったというのに、申し訳ない。

なんでお風呂を嫌がるのか

「でも、お姉さんはなんでお風呂を嫌がるんですかねえ?」と聞かれる。

なんでか……ふと以前、父と母がそれについて揉めていたことを思いだす。

父が「うるせえ! 風呂に入れって何時間言ってんだ! まずお姉ちゃんが、なぜ風呂に入らないか、その理由を汲み取ってやるのが親の仕事だろう!」。

母が「うるさい! 理由? ご飯食べて、テレビ見たら、眠たくなったからそのまま寝たい、面倒くさいってだけだよ! こっちは何十年も親やってんだよ! ウ〇〇がべったりついた尻拭いてみろ! 心汲み取る前にパンツからウ〇〇汲み取ってみろ! 汚れ仕事は全部私さ! そうだろ? お姉ちゃん!」。

姉が「そのとおりなの!」と勇ましい顔を見せる。

勢いに押されて合わせてんじゃないよ。

それにしても汲み取りという言葉を捉えて、切り返す母。こういう頭の回転はまだできるんだよなあ。……ハッ、質問されている最中だった。

「多分、面倒なんだと思います」簡略化しすぎてぶっきらぼうになる。

職員さんが「ではまず作業所のお風呂から試してみませんか? 週一回から始めて様子を見るのはどうでしょう? で、今日すみこさんとお話したことは内緒で、こちらからお母様に提案してみましょうか」。

神様に見えた。母を立ててくださっている。

感謝を伝え、家路に向かう道はとっぷりと日が暮れていたが、気持ちには灯りがともっていた。

◇一瞬ドキッとはしたけれど、「灯りのともった気持ち」が持てるようになったほど、作業所の職員の方の言葉は支えになったということだろう。果たして救いの手によってお風呂大作戦は実施されるのだろうか。

詳しくは後編「にしおかすみこ、認知症の母とダウン症の姉の風呂嫌い…「お風呂記念日」が来るまで」にてお届けする。

にしおかすみこは認知症の母、ダウン症の姉、酔っ払いの父との生活を落語にしたほうがいい