「小泉総理」誕生で「クビ切り」しやすくなる日本は、深刻な「階級社会」に突入していく…!

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9月27日に自民党総裁選の投開票が迫るなか、「解雇の規制緩和」を提唱して大批判を受けた小泉進次郎元環境相は「見直し」と強調した。「見直し」という言葉がトーンダウンしたかの印象を与えたが、それは「解雇しやすく抜本的に見直す」という可能性があるのではないか。

「小泉進次郎さんが労働基準法や解雇の4要件を理解しているなんて思えない。周囲の支援者が入れ知恵しているに違いない。支持者の経営者層の顔色を伺えば、解雇しやすくするのは当然。見直しというのは、トーンダウンではなく、もっと解雇しやすく見直すのではないか」

永田町の関係者や労働組合の幹部だけでなく企業経営者までが、こう口を揃えた。

大手企業に入社してもボロボロの人たち

小泉氏が言及した解雇の規制緩和についておさらいする。

そもそも労働基準法や労働契約法、男女雇用機会均等法などに基づき、経営者は社員をそう簡単に解雇はできない。解雇するのに合理的な理由があっても、雇い主は解雇する場合は少なくとも30日前に解雇の予告をする必要があり、予告を行わない場合は30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。

経営不振による整理解雇には判例で積み重ねられてきた要件があり、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)人選の合理性、(4)解雇手続きの妥当性が問われる。

小泉氏は、「大手企業で眠っている人材が成長分野に移動できる環境を作る」などと言って、整理解雇の4要件を見直すというのだ。その代わりに、転職しやすくなるようリスキリング(学び直し)や再就職支援の義務付けを整理解雇の要件に加えるとしている。

ただ、少子化で人手不足に陥っている今、解雇しやすくする必要性はあるのか。企業によっては新卒採用を中心に「文系の大学出身者でも、いちから教えて技術職として育てる」という状況だ。ある地方の中小企業経営者はこう話す。

「もともと中小企業は採用活動に一生懸命。簡単に解雇する会社だと噂が広がれば、働いてくれる人がいなくなる。社員を育てようとしている経営者にとって、解雇の規制緩和は必要ありません。総裁選で候補者が言う解雇の規制緩和は、大手の金融機関を中心に想定しているのではないか」

それというのも、大手や有名な金融機関に入社しても営業回りで厳しい目標が課され、達成できなければ「嫌なら辞めろ。いくらでも代わりはいる」と言われてボロボロになって中小企業に転職するケースが後を絶たないからだ。

筆者も約20年前から大手企業に入社しても過酷な労働に心身を壊す実態を数多く取材してきた。前述の経営者はこう続ける。

「解雇しやすくなって人が流動化してメリットがあるのは、人材ビジネス業ではないか。社員が辞めなければ人材ビジネス会社への登録者も増えず、人が回らなければ紹介手数料も入らない」

ある人材ビジネス会社の社員も同様の見方をする。

「今の自分の年収が見合っているかと煽り、もっと良い条件の会社があるといって辞める方向にもっていく。その人の能力と会社で出来ることでミスマッチが起きて辞めると、また転職するので紹介手数料で儲かります。紹介手数料は年収の何%と決めることが多いため、年収が高いクライアントほど儲かるのです」

また、ある人材ビジネス会社のエージェントは、”無意識のうちに誘導される人材流動化”に危機感を持つ。

「人材派遣業はシュリンクしているけれど、人材紹介業は業績が伸びています。膨大な広告費をかけて『(転職しなくても)まず登録、まず相談』というような広告を打って、その気がなくても無意識に登録させていく。登録すればスカウトのメールが来るようになって、無意識のうちに転職に誘導されていく。そこが売り上げを伸ばすターゲット層なのです。エージェントも本人も、『この会社が合う』という思いを持たずに機械的に転職に向かうことになり、”不健全な雇用の流動化”が広がりつつある」

人材が流動化してメリットのある企業が一部にあるというわけだ。そして、小泉氏が強調するリスキリングは国が委託事業として行っており、人材ビジネス会社などが受託している。

厚労省で議論されている「解雇の金銭解決」

河野太郎デジタル相が政策として挙げた「解雇の金銭解決」については現在、「労使双方が納得する雇用終了の在り方」として厚生労働省の労働政策審議会でテーマとされている。

ルールに反した解雇が無効になった時、実態としては人間関係が悪化して職場復帰できないケースが存在することから、解雇が無効になった時の金銭救済制度を検討しようというもの。労使が合意できれば解決金の支払いによる合意解約も行われており、厚生労働省の資料では、解決金の相場(中央値)は労働審判で月収4.7ヵ月分、和解で月収7.3ヵ月分程度、都道府県労働局のあっせんでは月収1.1ヵ月分程度とされている。

この「労使双方が納得する雇用終了の在り方」は、政府の「規制改革実施計画」(2024年6月21日)で閣議決定され、実行に向けて議論が進められようとしている。永田町や労働組合などの関係者の間では「来年の通常国会で本格的な制度導入に向けて議論されるのではないか」との観測があり、「厚生労働省は誰が首相になるか様子見のようだ」と言われている。

全国労働組合総連合(全労連)の黒澤幸一事務局長は、解雇規制の緩和に反対する。

「解雇規制の緩和ではなく見直しなどは、言い訳にもなりません。狙いは、解雇の自由化に他ならない。企業に都合の悪い労働者を追い出し、自由に解雇できるようにしたいだけ。こうした企業の身勝手を見過ごすことはできません。金を払えばいいでしょうといって解雇の金銭解決をするのも同じこと」

「規制緩和派が首相になれば国が壊れる」

9月20日、日本労働組合総連合会(連合)は、「解雇規制に関する緊急学習会」を行った。連合の芳野友子会長は「解雇の規制緩和が政争の具になっている。連合は一貫して解雇の規制緩和は必要ないと言っている。解雇が自由になる規制緩和は必要ない」と挨拶した。

講師の古川景一弁護士は「小泉進次郎氏の父である小泉純一郎政権が2001年に解雇の規制緩和を推し進めようとした時に、経団連は反対した。雇用を流動化させるというのは、新興企業勢のための規制緩和。解雇の4要件を法制化することが必要です」と指摘した。

続いて講師の水口洋介弁護士は、解雇の金銭解決の問題点について解説した。

「金銭解決について労働契約の解消金の基準や上限・下限が決められた場合に、経営者にとって新たなリストラの武器になります。経営者は辞めさせたい社員に対して『自己都合退職にすれば解消金を基準の上限まで払う。それが嫌ならどうぞ裁判を起こして争ってください』と迫り、裁判にかかる時間と費用を考えれば社員は諦めて退職勧奨に応じることになる」

法制度を変える時、「最初は妥協しても、もっともらしく認められやすいものから風穴を開ける。そこからどんどん緩和していけばいい」(官僚)という考えがある。解雇規制についても、同じことが言えそうで、解雇規制の「見直し」の初めが仮に小さくても、首切り社会が到来しかねない。法制度が変わることで解雇しやすくなれば、その影響は大きい。

自民党を支持する経営者でさえ、大きなため息をつく。

「世襲議員や自民党の多くが『自分は落選しない』つまり失職しないということをベースにしてしか物事を見ていない。世の中はそうでない人のほうが圧倒的多数。解雇の規制緩和を総裁候補が言うことに日本という国の限界を感じました。規制緩和派が首相になれば国が壊れる」

小泉進次郎氏の支持基盤

政界に詳しいコンサルタントはこう見る。

「小泉進次郎さんの支持基盤にビルメンテナンスなどの労働集約的な企業があります。業界として人材不足に陥っているため、カカシのようであっても人が欲しい。労働の質が問えなくなっているのも事実。雇ってみてダメだと思ったら解雇できるようにしたいと考える経営者がいても不思議ではない。ゆくゆくは、技能実習生として働く外国人にも解雇の規制緩和を拡大したり、今は禁止されている建設業への派遣を解禁するなど、規制緩和を広げていきたいのではないか」

小泉氏の政治団体の政治資金収支報告書を見ると、自動車整備業界、工務店や土木・建設業者、不動産会社も政治献金しており、いずれも人手が足りているとは言えない業界だ。

たとえば、卸売やビルマネジメント、クリーンエネルギー事業などを手掛ける「ファミリー物産」社は、「自由民主党神奈川県第十一選挙区支部」(2021年分)に150万円(2021年分)、「泉進会」(2021年分)に同社の創業者ら役員2人が合計300万円を献金している。同様に、小泉氏の地元・横須賀市に本部を置くスーパーチェーン「ave」を展開するエイヴイ社の相談役と同氏と住所を同じくする同姓の女性からの献金額は合計300万円だった。

個別の行の状況は別としても、いずれも業界全体として人手不足だ。小泉氏は「全国工務店協会(JBN)」の全国大会で基調講演もしており、そうした経営者たちに目配りするのであれば、解雇の規制を緩和させ、雇用の流動化を図りたいところなのだろう。

経営者を向いた政策として小泉氏は、労働時間の上限規制の緩和も掲げており、ある地方の中小経営者は唖然とする。

「クビにならないよう長時間労働できる究極の”社畜”でしか会社に残れない。今の若手はそんな働き方を望まない。進次郎氏はそれが分かっていないまま、社員を辞めさせたい経営者と人手不足で悩む経営者の両方の言い分を聞くから矛盾があると分からないまま、クビを切りやすくして長時間労働させるという労働者の使い捨て政策を堂々と言ってしまうのではないか。そこが”ポエム”と言われるところなのでしょう」

前述の全労連の黒澤さんが指摘する。

「賃上げを要求する労働者は邪魔だとクビを切られる。企業の都合でクビを切られる企業で誰も働こうとはしません。正規労働者の首を切って低賃金の非正規労働者に置き換えが促進されるだけあって、賃上げ、人手不足、正規非正規格差の解決になどにはつながりません。解雇規制を緩和するならば、社会に不信感と不安が高まり、いっそう閉塞的、硬直的な社会経済を増幅させることになります」

前述のコンサルタントは「2010年代に格差社会が完成し、2020年以降は階級社会が作られていく。解雇の規制緩和は、その序章に過ぎない」と確信している。

もはや、平均年収どころの話ではない。企業の都合よく低賃金で長時間労働できる社員しか生き残れない可能性があるのだ。日本の平均年収は2021年で443万円、2022年で458万円だが、あくまで平均値。その中央値は年収「300万円超400万円以下」となっておおり、ただでさえ生活が苦しい”中間層”が、さらに苦境に陥ることになる。

解雇の規制緩和で、階級社会が訪れる。自民党総裁選は自民党内の選挙だが、次の総選挙で誰を国のリーダーにしたいか。私たちは本気で考えて一票を投じる時にきている。

「小泉進次郎総理」誕生で「クビ切り」が簡単に…平均年収でも「絶望的な生活」から抜け出せない悲惨な未来