自らの欲望に苦しみ続ける老婆に、医師がかけた「なんとも意外な言葉」

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日本は今、「人生100年」と言われる長寿国になりましたが、その百年間をずっと幸せに生きることは、必ずしも容易ではありません。特に人生の後半、長生きをすればするほど、さまざまな困難が待ち受けています。

長生きとはすなわち老いることで、老いれば身体は弱り、能力は低下し、外見も衰えます。社会的にも経済的にも不遇になりがちで、病気の心配、介護の心配、さらには死の恐怖も迫ってきます。

そのため、最近ではうつ状態に陥る高齢者が増えており、せっかく長生きをしているのに、鬱々とした余生を送っている人が少なくありません。

実にもったいないことだと思います。

では、その状態を改善するには、どうすればいいのでしょうか。

医師・作家の久坂部羊さんが人生における「悩み」について解説します。

*本記事は、久坂部羊『人はどう悩むのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

したいことができない悩み

私の母は九十三歳で亡くなる四日前まで独り暮らしをしていましたが、身体が弱って、したいことができないのをよく嘆いていました。

したいことといっても、旅行をしたり、外食したり、買い物に出かけたりということではなく、庭の草引きができないとか、風呂の掃除ができない、冬物と夏物の入れ替えができない、孫や曽孫の誕生日にプレゼントを用意できないなど、ごく慎ましやかなものでした。

母は脚が弱って外出できなくなったあと、ボロ切れで布ワラジを作ったり、新聞のチラシで封筒やポチ袋を作ったりするのが楽しみでしたが、それも徐々にできなくなり、目も疎くなって新聞が読めなくなり、耳が遠くて若い者の会話がほとんど聞こえなくなり、テレビドラマも筋が追えなくなり、日記をつけるのにも手が震えてまともな字が書けなくなったと嘆いていました。

赤ん坊は成長するに従い、次々とできることが増えていきますが、高齢者は老化するに従い、次々とできることが減ります。成長も老化も同じ時の流れなので、あらかじめそういうものだと思っておかないと、情けない思いにさいなまれます。

周囲に迷惑をかけたくない悩み

寝たきりになったり、認知症が進んだりして、家族や知人に迷惑をかけたくないと思っている高齢者は多いようです。自分は親の世話をするけれど、子どもには世話をかけたくないという思いは、日本人ならではの美徳です。欧米の合理主義では、自分が親の世話をしたら、子どもにも世話をしてほしい、親の世話をしないのなら、子どもも自分の世話をする必要はないと考えるでしょうから。

在宅医療で診ていたある高齢女性は、自分の死後、部屋の片付けや整理で娘に迷惑をかけたくない、いらないものを捨てて負担をかけないようにしたいのだけれど、身体が思うように動かないと嘆いていました。

女性があまり嘆くので、私は「高齢になると思い通りにいかないことも増えますからね。迷惑をかけたくないという欲望に執着していると、苦しいばかりですよ」と宥めました。すると、彼女は「迷惑をかけたくないというのが欲望なんですか」と、さも心外そうに言いました。彼女にとっての欲望は、お金持ちになりたいとか、ほめられたいとか、おいしいものを食べたいとかいう私利私欲に関わるものだったようです。

家族に迷惑をかけたくないという思いは、善意にはちがいありませんが、やはり欲望の一種でしょう。欲望といって悪ければ、自分の都合です。だから、それが叶えられないと苦しむのです。

寝たきりになりたくないとか、認知症になりたくないとかも、欲望にはちがいなく、残念ながらそれが叶えられるか否かは、神のみぞ知るということになります。

さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6〜7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。

じつは「65歳以上高齢者」の「6〜7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」