「どないしても出る」人気絶頂の漫才師が事務所の猛反対を押し切りポルノ映画に出演した理由
1960年代ストリップの世界で頂点に君臨した女性がいた。やさしさと厳しさを兼ねそろえ、どこか不幸さを感じさせながらも昭和の男社会を狂気的に魅了した伝説のストリッパー、“一条さゆり”。しかし栄華を極めたあと、生活保護を受けるに至る。そんな人生を歩んだ彼女を人気漫才師中田カウス・ボタンのカウスが「今あるのは彼女のおかげ」とまで慕うのはいったいなぜか。
「一条さゆり」という昭和が生んだ伝説の踊り子の生き様を記録した『踊る菩薩』（小倉孝保著）から、彼女の生涯と昭和の日本社会の“変化”を紐解いていく。
『踊る菩薩』連載第10回
『「呼べないなら賞はいりません」中田カウスが「伝説のストリッパー」を漫才の授賞式にどうしても招待したかった納得のワケ』より続く
とにかく喜んでほしかった
一条がストリップを引退した直後の72年夏、彼女の人生を描いた映画『一条さゆり
濡れた欲情』の撮影が始まっている。カウス・ボタンもこの映画に出演した。アイドル漫才師として人気が沸騰し、女性ファンに追いかけられていたころだ。ポルノ映画への出演には反対もあった。吉本興業は当初、「絶対に出たらあかん」と命じている。それでもカウスは出たかった。
「一条さんのことやから、監督か誰かに『あたしが頼めばカウスちゃんたち、出てくれるかも』とぽろっと言うたんちゃいますか」
人気絶頂にあった漫才コンビとの関係を、彼女は映画製作者にアピールしたかったのではないか。カウスはそう推測した。
彼女は引退公演のさなかに、公然わいせつ容疑で逮捕され、裁きを受ける身だった。それでも、私が頼めばカウス・ボタンも出演してくれると知ってほしかったのではないか。
一条のためなら、カウスは絶対に出たかった。事務所の許可は下りない。カウスは「これだけは曲げられへん。どないしても出る」と主張した。結局、映画の筋とは関係のない役、決して女優と絡まない役に限るという条件で会社が折れた。
カウス・ボタンが撮影現場に来ると、一条を含め製作関係者は大歓迎してくれた。人気漫才師がピンク映画に出るのである。カウスは言う。
「新人賞の授賞式、そして映画出演。とにかく一条さんに喜んでほしかったんです」
最後に見た姿
そして、映画の公開からしばらくしたころ、カウスは相方と一緒に一条を訪ねている。大阪・釜ケ崎で、一条が吉田と一緒に寿司屋を開いたと知り、のぞいてみたくなった。
舞台出演が終わり、日付が変わろうとしていた。店の近くまで来ると、女性の叫び声が聞こえてきた。
「わーっ、あんたこそ何よ」
叫び声は一条の店からだった。言葉は途切れ途切れで意味は不明だ。身体から絞り出すような女性の声である。よく聴くと、一条が吉田を叱り付けている。
カウスが扉を開ける。客はいなかった。一条は奥にいるようだ。カウスは恐る恐る声を掛けた。
「お姉さーん」
吉田が気付き、大きな声で一条を呼ぶ。
「カウスちゃんたちが来てくれたで」
「なんやて？」
「カウスちゃんたちや」
「えっ？来てくれたん？」
奥から飛び出してきた一条は、カウスに抱きつくと大声で泣き出した。
映画『一条さゆり 濡れた欲情』は秋に封切られ、ヒットしていた。この映画への出演が検察官の一条に対する心象を決定的に悪くしていた。このままでは年末の判決公判で、実刑が言い渡される可能性は高い。
裁判では、独身と信じていた吉田に妻子がいることも明かされた。精神的に参っていた一条は、カウスの顔を見た途端、抑えていた感情が吹き出した。カウスは言う。
「うれしいのと、つらいのと、そして懐かしい気持ち。いろんな感情が入り乱れたんでしょう。僕ら2人に抱きついて、泣いて、泣いてね」
明暗が分かれていく
カウスは横にいる吉田が比較的冷静だったと記憶している。
「飲むと毎晩、喧嘩していたんやと思うわ。僕らはびっくりしたけど、吉田さんは慣れたふうやったもん。一条さんの人生の歯車が狂いだしたんかな。何をこんなに怒ってるんか、どうしてここまで泣くんか。不思議やった。追い込まれてたんやな。そんなときに僕らを見て、ええときの自分を思い出したんかな」
カウスが中之島の中央公会堂近くで、トコロテンを売る一条を見かけたのは、それから数ヵ月したころである。彼女はすでに、1審で実刑判決を受けていた。隣りに吉田の姿はなかった。
カウスは相方と2人で、難波から朝日放送（大阪市福島区）へ急いでいた。カウス・ボタンは劇場、テレビ、ラジオの出演、そして打ち合わせで分刻みの生活をしていた。
道が混んでいたため、タクシーは裏道を走った。自転車を引く一条を見かけたのはそのときだ。暑い夏の日中である。
カウスはボタンに、「あっ、一条さんや」と言って運転手に止めてくれと頼んだ。ボタンは「行ったらあかん」と制し、運転手にそのまま車を走らすよう命じた。タクシーの後ろで一条の姿が小さくなっていく。
後部座席のボタンは、こう言った。
「（声を掛けても）プライドを傷つけるだけやろ。元気でいてはるのを見たんやから、それでええやないか」
一条と出会ったとき、彼女は大看板の踊り子で、カウス・ボタンは前座だった。一条の人生がその後、下降線をたどるのと反比例するかのようにカウス・ボタンの人気は急上昇した。そして、出会いから5年。カウスたちが売れっ子漫才コンビとなったとき、一条は裁かれる身で、トコロテン売りに精を出すようになっていた。
