『虎に翼』が人の「曲げられないこだわり」を「人権」として扱ったことの重要性
『虎に翼』振り返り日記：第21週「貞女は二夫に見えず？」
X（旧Twitter）に日々投稿する『虎に翼』に対する感想がドラマ好きのあいだで人気のライター・福田フクスケさん（@f_fukusuke）。連載「『虎に翼』振り返り日記」では、福田さんが毎週末にその週の感想を振り返って伝える。見逃してしまった人も、あのシーンが気になると思った人も、友達と自分の感想をすり合わせる気持ちでお楽しみください。
「永遠を誓わない愛」を約束したはずの星航一（岡田将生）からのプロポーズに戸惑う佐田寅子（伊藤沙莉）。お互い経済的に自立し、それぞれの家族もいる状況で、わざわざ結婚する意味を見出せないでいる様子だ。
一方、弁護士の轟太一（戸塚純貴）とその恋人である遠藤時雄（和田正人）の話を聞くうちに、寅子は自分が結婚の何にモヤモヤを抱えているのか徐々に自覚していく。法律から取りこぼされた人たちの、曲げられないこだわりが描かれた第21週を振り返っていく。
8月19日（月）第101回：「結婚」にまとわりつく多くの社会通念
轟から恋人として遠藤を紹介されたときの寅子の「なんとも言えない顔」の演技があまりにリアルで驚いた。
２人の関係に気づいてハッとしてからの、戸惑いを見せまいとするような表情と、ちょっと気まずそうな空気。
咄嗟の時にすぐに理解を示せるわけでも、適切な対応が取れるわけでもない、人間の正直な態度が映し出されていた。
その後、寅子が「子供を作るわけでもない。支え合わなくても経済的に自立し合っている。それぞれの家族もいる。それなのに結婚する意味を見出せない」と自分の結婚についての悩みを吐露する場面も秀逸だ。
その結婚すら法的に認められていない同性カップルの前で言うには、いささか無神経な発言だということに、寅子は気づいていない。だが、周りの空気から「何か間違えた」ことは察している。
誰でも、自分が認識できていない人たちの存在は、うっかり透明化してしまうことを描いた、非常に絶妙な匙加減の場面だったと思う。
そもそも、妻を「無能力者」とする戦前の民法における婚姻制度に「はて？」と疑問を抱いたことが法律を学び始めるきっかけだった寅子。
「結婚が嫌なわけじゃないのよ。でも結婚にこだわらなくてもいいんじゃないかって思ってしまうの」というその発言からは、法的な婚姻とはまた別のところで、私たちが「結婚」に多くの偏った意味や幻想を見出していることに気付かされる。
例えばそれは、「結婚とは永遠の愛を誓うこと」「結婚とは夫の家に嫁ぐこと」「結婚とは女性が名字を変えるもの」といった社会通念だ。
「結婚となれば、星家に住んで星家の人になるんだから」や、「名字が変わって初めて結婚を実感する子は多いんじゃないかしら？」といった猪爪花江（森田望智）の発言は、当時の多くの人にとって当たり前の感覚だっただろう（そして今もその感覚は根強い）。
しかし寅子の疑問は、そもそも「結婚すればどちらかは名字が必ず変わる」こと自体の正当性に向けられているようだ。
8月20日（火）第102回：人生は「今振り返ってみれば」の連続
冒頭、時期の違う5人の寅子が自問自答する脳内会議が繰り広げられる。
結婚したら必ずどちらかの名字が名乗れなくなるのは、「個人の尊厳や平等とかけ離れていないかしら？」という疑問はいかにも寅子らしいし、名字が変わると「佐田寅子として生きてきた自分が消えてしまう気がして」という感覚も理解できる。
一方で、興味深いのは「じゃあどうして佐田だけ特別なの？」という自問に対して、「2度目の結婚で初めて気がついたの」「猪爪から佐田になるときは何も思わなかったのに」「社会的地位のために、名字を変える必要があった」と本音を吐露するところだ。
自分ごとになるまで問題の存在に気づけない、そんな人間の正直な迂闊さや弱さを寅子が体現している。
「人間なんてそんなもんだ。今振り返ってみればの連続。過ぎてからわかることばかりだ」という轟のセリフは重いが、実にリアルだ。人生とは「あのときはそうするしかなかった」の積み重ねなのかもしれない。
だからこそ、そのときは気づけなくても、轟と遠藤の前で「結婚の意味を見出せない」と言ったことを後から気づいて謝罪できる寅子の姿勢は評価したい。どんなに遅くても気づいたのなら、そこからやり直せる人間でありたいものだ。
異性婚を前提とした法律のもとで、「この先の人生、お互いを支え合える保証は法的にない。俺らが死ねば、俺らの関係は世の中からはなかったことになる」という轟たちの苦しみは悲痛だ。
だが、それと同様に「結婚しても名字を変えたくない」という人の思いも決してワガママなどではなく、「当然の権利だろ」と怒ってくれる山田よね（土居志央梨）が心強い。
同性婚も、選択的夫婦別姓も、どちらも法律が取りこぼしてきた問題であり、法律ではすくい上げられてこなかった人たちの平等な権利として、この作品は包摂しているのだ。
8月21日（水）第103回：人には「曲げられないこだわり」がある
結婚して法的には星寅子になっても、仕事上は旧姓の佐田寅子を名乗り続けることはできないかと桂場等一郎（松山ケンイチ）に相談する寅子。
司法の独立と、判決に対する国民の信頼を揺るがす行為はできないと一喝されてしまうが、「なぜそんなくだらんことにこだわるんだ」と言われて寅子に火がつく。
「なぜこだわる？ はて？ 桂場さんにもこだわられるものがありますよね？ 司法の独立、裁判官の資質、あんこの味。どうしてもこだわりたいことが人にはそれぞれあるんです。私のこだわりをくだらないと断じられる筋合いはありません」
佐田寅子として歩んできた道を終わらせなくない寅子のこだわりも、星家の家長として星航一のままいるべきだと考える航一の継母・星百合（余貴美子）のこだわりも、はたまた、寅子を「僕の妻です」と紹介したい航一のこだわりも、皆一様に尊重されるべきで、それをくだらないと否定したり、誰かのためにどちらかが折れることを本作は良しとしないのだ。
ちなみに、寅子のセリフを受けて「失言だった！」と素直に認められる桂場はやはり信頼できる人物である。
そして、轟や遠藤と同じく同性愛者の千葉（ニクまろ）と秋田（水越とものり）、性別適合手術（劇中では「性転換」という当時の言い方が使われるが）を受けたトランスジェンダーの山田（中村中）の登場によって、今週のテーマがよりくっきりと浮かび上がってくる。
彼らは、「頑張ったり、理由を考えたり、説明したりしなきゃ自分が認められない」という、存在を透明化された状況に置かれてきた。
当事者本人ですら、強固な社会通念に阻まれて、自分が同性愛者であることに軍隊に入って初めて気づいたり、妻と見合いするまで気づかなかったりするのである。
「自分が曲げたくないものを折るって、自分も、折らせた相手も傷つけることなんです」という遠藤のセリフは象徴的だ。
一見社会からは不可視化されていても、たとえ法律には想定されていなくても、人には曲げられないものがあり、それは個人の尊厳として尊重されるべきである、ということが今週は一貫して描かれていたのだ。
8月22日（木）第104回：優三に対する「愛情の搾取」という指摘
婚姻届を出して行ういわゆる法律婚をやめて、今でいう事実婚を選択しようと提案する航一。私が折れればいい、と言う寅子に航一がかけた言葉にハッとした。
「それでは君の僕への愛情を利用した搾取になってしまう。寅子さんが優三さんに抱えているのと同じような気持ちになる」
夫婦のどちらかに不都合や不利益を負わせることを「愛情を利用した搾取」と表現したこともさることながら、寅子が亡き夫・佐田優三（仲野太賀）に対して抱いていた負い目や罪悪感の正体を、航一が「愛情を利用した搾取」とはっきり指摘したことに虚をつかれたのだ。
劇中でさらりと流された場面だったが、寅子が社会的地位を得るために優三の好意を利用したことを明言し、寅子もそれを改めて自覚したという意味で、実は重要なシーンだったように思う。
婚姻関係の形を確認合意する項目を盛り込んだ遺言書を取り交わし、晴れて「夫婦のようなもの」になった2人。
百合は義理の孫となる佐田優未（毎田暖乃）に「おばあちゃん」と呼ばれて涙ぐむが、その傍らで、航一の子供である星朋彦（井上祐貴）と星のどか（尾碕真花）がどこかスンッとしているのが気になる。
一方、原爆裁判は、国側の指定代理人が原告側の訴訟内容をすべて否認する答弁を提出。国側に賠償責任はないと主張するその態度は、どこか事務的で冷たい。
なかなか進展の見えない原爆裁判だが、おそらくこれは物語終盤にかけて軸として、かなり長いスパンで描かれることになるのだろう。
「法律から取りこぼされた曲げられない思い」を描いた今週は、原爆投下の罪という現行法では裁けない問題を、寅子たちがどう法律を解釈・運用して原爆被害者に寄り添っていくのか、その「地固め」の週になっていたのではないだろうか。
8月23日（金）第105回：法に守られない「夫婦のようなもの」「家族のようなもの」
弟・直明（三山凌輝）の粋な計らいによって、かつての明律大学法学部のメンバーが久しぶりに一堂に会す。と言いながらも、小橋浩之（名村辰）と稲垣雄二（松川尚瑠輝）が蚊帳の外なのはご愛嬌か。
「主文。私たちは申立人の夫婦それぞれの姓での婚姻関係を認める」から始まる、判決文を模した祝いの言葉を、彼女たちがリレー形式で紡いでいく場面は感動的だ。
寅子と航一の選択は、夫婦はどちらかの名字を名乗ると定められた民法に則らないという意味では、「夫婦のようなもの」にすぎない。
しかし、この仮想法廷における彼女たちの主張は、「同じ姓を名乗るかそれぞれの姓を名乗るかは、夫婦間で自由に決定するべきである」「それは憲法により保障された権利のはずである」というもの。
これは、人権や個人の尊厳を「きれいな水の湧き出る水源」にたとえた本作の理念そのものだ。そして、その水が濁ったり汚されたりしないようにするのは、法律を解釈・運用する法律家次第である、ということが示唆されている。
その主張に何ら法的抗力はないが、あるべき理想、来るべき社会を夢想したその結論は、まさに「100年先でまた会いましょう」と思いを未来につなげるようなシーンであった。
また、視聴者としては中山千春（安藤輪子）が検事、久保田聡子（小林涼子）が弁護士をそれぞれ続けていたというのも嬉しい知らせだった。
「あのときは君にすべてを背負わせてしまってすまなかった」と謝る久保田に、「今考えればもっと上手くやれる方法があったんでしょうけど、あのときは仕方なかったんです」と寅子が語るのは、まさに人生とは「今振り返れば」の連続であることを痛感させられる。
「夫婦のようなもの」に続いて、よねと轟、竹原梅子（平岩紙）の共同生活を「家族のようなもの」と表現するのも興味深い。法的には規定されず保証もされないが、轟が「俺たちは誰がなんと言おうと家族だ」と語る通り、人の数だけ夫婦や家族の形はあっていい。これもまた、今週を通底するテーマであった。
さて、来週はいよいよ寅子と優未が星家で暮らし始めることになるようだが、星家に漂うスンッとしたしらけた空気は一体どうしたことか。
「私何にも不安はないの。だって航一さんはお母さんと優未が大好きなんだもん。絶対味方でいてくれるよ」という優未のセリフが、壮大なフラグになっていそうで心配である。
