東京・赤坂にある「博多ラーメン 和(かず)」の店主・馬場圭佑さん。「安いから来てる」「マズい」と言われていた店が、創業10年目にして、極上の一杯を出すまでに至った背景とは(筆者撮影)

一般的に、世のラーメン店は「オープン初日には味が完成している」と思われている。しかし、それは一握りのお店に過ぎない。その多くは味のブラッシュアップ、リニューアルを重ねながら人気店になっていく。

今回は、2014年オープンで創業10年を迎えたお店ながら、今年ブレイクしたという珍しいラーメン店を取材した。東京・赤坂にある「博多ラーメン 和(かず)」である。

店主の馬場圭佑さんは、かつてをこう振り返る。

「お客さんの会話にそっと耳を傾けていると、『ここは安いから来ているんだ』と言っているのを聞いたり、お店の前を通った人が『この店マズいよね』と言っているのを耳にしたり……」

「安いから来てる」「マズい」と言われていた店が、創業10年目にして、”極上の一杯”を出せるようになるまでの物語とはーー。

一風変わった、馬場さんの半生を伺った。

父の店で初めてラーメンの仕事に就く

馬場さんは埼玉生まれ。小学校2年生の頃から始めた野球を大学まで続け、野球漬けの学生生活だった。その後、トラック専門のタイヤ店に就職をし、整備の仕事をしていたが、毎日重いタイヤや車の部品を運ぶ仕事で椎間板ヘルニアを発症し、まともに歩けないレベルの体になってしまった。

【画像8枚】「安いから来てる」「マズい」と言われていたのに…!創業10年で突如大ブレイクした、赤坂の「博多ラーメン・和」のラーメンはこちら

このままこの仕事は続けられないと退職をしたその頃、父が知人と2人で赤坂でラーメン店を開くことになる。

このお店がのちに馬場さんが引き継ぐことになる「博多ラーメン 和」だ。2014年3月オープンで、馬場さんが25歳の頃だった。仕事のなかった馬場さんはここで働くことになり、初めてラーメンの仕事に就く。


こちらは現在の「和」の様子。多くのラーメン好きが通う、人気店になっている(筆者撮影)

赤坂のオフィス街とはいえ、通りから一本中に入った場所で、売り上げがかなり厳しく、1年で店長が辞めることになった。このまま終わるわけにはいかないと思った馬場さんは父に「自分がこの店を立て直す」と言い、そのまま店を引き継ぐことになった。

しかし、飲食1年目の馬場さんにいきなり立て直すことはなかなか厳しく、ここから3〜4年は前と同じ味で、安くてコスパの良い博多ラーメンを提供していた。ラーメン作りは素人だし、ラーメン業界に知り合いもおらず、味を変えるわけにもいかなかったのである。また、修業に出る金銭的な余裕もなく、やっていくのが精一杯な状態だった。

コロナで客足が急減、味の改良に勤しむ日々に

その後、コロナ禍になりお客さんが一気に減ったところで、時間のできた馬場さんは少しずつ味の改良を行っていく。


調理中の様子(筆者撮影)

「お客さんの会話にそっと耳を傾けていると、『ここは安いから来ているんだ』と言っているのを聞いたり、お店の前を通った人が『この店マズいよね』と言っているのを耳にしたり……『このままこの店を続ける意味はあるのか?』と悔しくなっていったんです」(馬場さん)

また、九州出身でない馬場さんには、博多ラーメンは作れるわけがないと馬鹿にされていたのもあった。

「ここからは少し尖っていても7割のお客さんが満足できるものを作ろうとマインドを変えました。豚骨ラーメン店の厨房を撮影したYouTubeを片っ端から見ては、自分のラーメンで試してみることの繰り返しで少しずつコツをつかんでいきました」(馬場さん)

ここから豚骨ラーメン店の食べ歩きがスタートし、いろいろなラーメンを食べる中で、馬場さんは豚骨の熟成臭のあるラーメンを目指すことにした。YouTubeで3〜4秒だけ映っている寸胴鍋を穴の開くほど見て自分のラーメンに生かしていった。

熟成臭のある豚骨ラーメンは「呼び戻し」の製法が一般的だ。寸胴鍋を決して空にせず、古いスープに新しいスープをつぎ足しながら作る製法である。

一方で、多店舗展開をするチェーンの豚骨ラーメン店のほとんどは「取りきり」のスープである。寸胴鍋に決まった量の豚骨などの素材と水を入れ、毎日その都度煮込んで作る技法だ。当時、「和」も取りきりでスープを作っていた。

熟成臭のある豚骨ラーメンを目指すならば、ここで呼び戻しの製法に移行するのが一般的な考えだったかもしれないが、馬場さんは取りきりの技法で熟成臭を出せないかを研究し始めた。

「いろいろ考えて取りきり×熟成を目指してみることにしました。取りきりスープに呼び戻しの旨味を取り入れられないかと試行錯誤したんです。取りきりの製法ならばスープを煮詰めて濃厚にすることもできます。フレッシュな肉感のあるスープと、骨がグズグズになるまで煮た重いスープを合わせれば、美味しい豚骨スープが完成するのではないかと考えたんです」(馬場さん)


壁には、スープへの並々ならぬこだわりが記されている(筆者撮影)

ここから先、5年ほどかけて常にラーメンをリニューアルし続けているが、最初のほうは濃厚さに振ったリニューアルだった。濃度を上げることで以前よりも旨味を強めていくやり方だ。

このリニューアルで少しずつお客さんがついてきたが、作っていくうちに馬場さんの理想も上がっていく。その後、濃度を少し下げつつも旨味や熟成感をうまく出すようにし、4年ぐらい経った昨年末から表面に泡を浮かべるようにした。この頃から少しずつラーメンファンから噂が立ち始める。

かく言う筆者も今年、初めて同店を訪れたのだが、その美味しさに度肝を抜かれることとなった。以下、筆者のブログからの抜粋である。

スープは呼び戻しと取り切りのハイブリッドで調整しながら作るガチ炊きド豚骨。豚と水のみで仕上げていて、程よい熟成臭もあり、表面には泡もある。とんでもない悶絶の旨さ! 一口でその本気度が伝わる旨さで、これぞ博多豚骨の極みという一杯。

替玉が1玉無料なので、かためでお願いしてみる。デフォが割としっかり茹でてあったのでかためでもちょうどいい感じ。ニンニクへずり、辛モヤシ、紅生姜、辛子高菜で味変。これも美味しい!

いやぁー、旨い! アクセスも良いしこれは最高だ。

その興奮が、読者にも伝わるのではないか。

宣伝皆無なのに…有名店の店主が続々と来店!

馬場さんの飽くなき豚骨スープの研究が実を結び、有名ラーメン店主の来店も、だんだんと増えてきた。

今年になってからは、有名店「ラーメン 健太」の横尾店主が来店したほか、「博多ダイナー琉」の森田店主がその味を大絶賛。馬場さんがラーメンをリニューアルしたとは一言も言っていないのに、勝手に噂が広まっていったのだ。

ここからようやく他店のラーメン店主との交流が始まった。


ラーメン(920円)、特製和ラーメン(1280円)など、赤坂という立地を考えても、非常にオトクさを感じる値段だ(筆者撮影)

「今年の3月ぐらいでようやく納得できるものができたという感覚です。ただ、豚骨はブレが大きいのでいい日もあれば悪い日もある。永遠の旅ですね」(馬場さん)

毎日、「豚骨」のことを考え続けた日々だった

馬場さんが「和」を継いだときはまだ完全な素人だったが、それでも改良の余地があると思ったことが凄い。悔しさをバネにしながら、やっているうちにどんどん豚骨が好きになっていった。お店の行き帰りの電車の中でも豚骨のことばかりを考え、毎日試行錯誤しながらその難しさと戦っていったのである。


美しさすら感じさせるビジュアルだ(筆者撮影)


この瞬間がたまらない(筆者撮影)


「誰にも教わらず、YouTubeが豚骨ラーメンを教えてくれました。誰にも教わらなかったからこそ独自の作り方でここに行き着いたのだと思います。

本当にブレが大きい豚骨ラーメンですが、上ブレの日は本当に最高の味です。これをどう維持できるかが今後の課題です。これを当たり前にやっている他の豚骨ラーメン店にはリスペクトしかないですね」(馬場さん)

ラーメン店はオープン初日にその味が決まっているところばかりではない。だんだん味のブラッシュアップをしながらファンを獲得していく。しかし、「和」のように10年経ってブレイクするお店というのは本当に珍しい。

修業もせず、誰にも教わらずに辿り着いた独自の製法。馬場さんが諦めずに豚骨と向き合ってきたその努力がついに実を結んだのである。


10年目にして、「やっと豚さんが振り向いてくれてきた」。なんともエモいポストである(画像:「博多ラーメン和(かず)」Xより)


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(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)