「全国630の商店街」巡って撮り続けた"昭和の姿"
東京都・葛飾区の立石仲見世(写真:山本さん提供)
仕事が終わって帰宅したら疲れて何もできない──。そんな人がいる一方で、時間、体力、お金をやりくりしながら趣味に没頭するビジネスパーソンがいる。彼らはなぜ、その趣味にハマったのか。どんなに忙しくても、趣味を続けられる秘訣とは。連載 隣の勤め人の「すごい趣味」では、仕事のかたわら、趣味をとことん楽しむ人に話を聞き、その趣味の魅力を深掘りする。
再開発で街中から消えゆく商店街
昭和の香りが漂う、全国各地にある商店街。アーケードをくぐり、レトロな看板を見上げると、一瞬でタイムスリップしたような気分になる。
商店街といっても、形はさまざま。まるでトンネルのような商店街や、お寺へと続く戦後の闇市がルーツの商店街、無造作に駄菓子が吊り下げられている商店街など。その魅力は一言では言い表せない。
そんな商店街も、有名な「立石仲見世」(東京都葛飾区)のように、再開発によって、街中から姿を消しつつある。
【写真41枚を見る】駄菓子がぶら下がる「日暮里駄菓子問屋街」、せんべろで有名な「立石仲見世」、トンネルのような「板橋区のトンネルマーケット」など、全国各地の商店街
各地のユニークな商店街、そして消えゆく商店街をカメラに収めながら、写真と文章で記録し続ける人がいる。
大手小売りのシステムエンジニアとして働くかたわら、昭和の商店街を訪ね歩いている山本有さんだ。いままで巡った商店街は28都道府県630カ所にも上る。
仕事の休日を使って、商店街を訪ね歩く山本さん。なぜそんなにも商店街に魅了されたのだろうか。見せてもらった写真の数々を見ると、実際に訪れたくなるような、懐かしい光景が広がっていた。
大阪府・寝屋川市の京阪トップ商店街(写真:山本さん提供)
山本さんの商店街巡りの原体験は、小学生時代を過ごした和歌山市にある。1980年代の和歌山市は、住友金属工業(現・日本製鉄)の企業城下町として、商店街などさまざまな施設でにぎわっていた。
「私が住んでいたところから電車で10分のところに商店街があって、親が毎週のように連れていってくれました。私にとって商店街はテーマパークのような楽しい場所でしたね。商品や物が所狭しと並ぶゴチャゴチャ感、行ったら何かしらおもしろいものがあるところに引かれていたんだと思います」
中学生になると、学区内にあった古い市場「西ノ庄デパート」に通い、たこ焼き屋のおばちゃんの話を聞いたり写真を撮ったりするように。
和歌山県・和歌山市の西ノ庄デパート(写真:山本さん提供)
その「取材」の成果を学校の自由勉強帳に書いたところ、担任の先生が職員室で回し読みするほどおもしろがってくれた。それがうれしくて、ますます商店街にハマっていったという。
建築の専門家やクリエイターからも熱視線
そんな商店街への熱い思いが再燃したのは2004年。日暮里駄菓子問屋街(東京都荒川区)が近く閉鎖されると知り、週末に撮影に行ったのがきっかけだった。
以来、山本さんは古い商店街の写真を本格的に撮るようになる。2010年にはブログ「香ばしい町並みブログ」を開設。次第に読者が増え、毎回コメントをくれる「固定客」もついた。
平日は会社員、休日は商店街を巡る山本有さん。浜マーケットにて(写真:山本さん提供)
ブログの読者で最も多いのは、山本さんより10〜20歳上の世代で、昭和の町並みを懐かしむ人たちだという。
次いで多いのは、古い商店街を好きな人たち。その次に多いのは、内装業に従事する人、建築が専門の大学教員や外国人の研究者、ジオラマ作家やアニメの背景画を手がけるクリエイターなど。
山本さんの写真はノスタルジーを呼び起こすだけでなく、古い商店街を記録した貴重な資料にもなっているのだ。
「『レトロなものはお金を出せば買えるが、古い町並みはもう写真でしか見られない。あなたが撮った何気ない風景をもっと見たいという人は多いと思う』と言われたことがあります。それほど商店街のある風景は当たり前すぎて、撮っている人がほとんどいない。私が商店街の写真を撮り続ける理由は、そこにあります」
商店街巡りの際、山本さんは事前の調査にかなりの時間をかける。
「調査8割、実行2割です。『全国の商店街リスト』のようなものはないので、一から調べる必要があります。ネットがないころは電話帳で調べていました。いまはGoogleマップや商店街好きの方のブログなどから探すことが多いです。自治体ホームページに掲載されていた商店街の空き商店対策の資料を参考にしたこともあります」
商店街巡りでは、特に古い商店街が固まっているエリアを優先して回る。公共交通手段を使うため、電車やバスの時刻表を事前に調べて効率よくたくさん回れるように綿密な計画を立てている。遠方の場合は、Googleマップのストリートビューで確認する。
「行ってみたら更地になっていたことが何度かあったんです。“反則技”かもしれませんが、取り壊されていないかどうかだけは、ちらっと確認します」
目的地の近くにほかに商店街がないかも念入りに調べる。すぐそばに別の古い商店街があった、と後で気づくことがまれにあるのだという。
目的地に到着したら、散策をしつつシャッターを切る。見たままのアングルで素早く撮るのが山本さんの撮影の流儀だ。スマホのカメラよりも機動性に優れ、一眼レフより威圧感がなく携帯しやすい、コンパクトデジカメのCanon IXYシリーズを長年愛用している。
山本さんの商店街巡りの必需品。商店街の写真はコンパクトデジカメで撮影(写真:山本さん提供)
写真は後日整理してブログやX(旧Twitter)に投稿する。何年も前に訪ねた商店街の写真だったり、直近に訪れた商店街の写真だったりと、投稿の順番は山本さんの気分次第だ。
平日はシステムエンジニアとして働く
こうして休みの日は商店街巡りにいそしむが、冒頭でも触れたように、平日は大手小売業のシステムエンジニアとして働く。
社内で働く人たちが、業務を効率よく回せるよう、システムを改善したり、作業しやすいように手順書を作ったりするのが山本さんの仕事。リモートではなく、出社して朝9時から18時まで働いている。
「趣味と仕事はまったくの別物」と話す山本さんだが、意識せずとも仕事のやり方が趣味に生かされていると感じている。
「趣味でもPDCA(計画・実行・評価・改善)を回してより効率よく成果を出そうとするところは、仕事で学んだことそのままですね。読者の反応を見ながら写真を選ぶときには、マーケティングっぽいことしてるな、と感じることもあります」
忙しい日々の中で、どのように商店街巡りの時間を捻出しているのか。
独身のころは休日のほとんどを商店街巡りに費やし、年間80カ所ほど訪ね歩いていたと語る山本さん。結婚して子どもが生まれてからは、その頻度は月1程度に減っている。
それでも、仕事では「人の1.3倍」働き、就業時間内になるべく仕事を終わらせることを心がけているという。
「与えられた仕事にプラスして、組織全体がもっと楽になるようなことを考えて提案し、どんどんやることを意識しているんです。仕事の密度が上がると、休みが取りやすくなり、自分の時間を捻出することもできます」
店員さんと話すことでドラマが垣間見れる
商店街巡りに話を戻そう。山本さんが好きなのは、古い店舗が通路の両側にずらりと並ぶ、市場のような商店街だ。
「『立石仲見世』がそうですね。維持の大変さや延焼防止の観点から屋根を撤去する商店街が増えていますが、ここは屋根があるのがいい。屋根があると、商店街の密度は3倍増しになると思っています。
雑二ストアー(東京都豊島区)も好みの商店街です。2022年に閉業しましたが、いまも建物は残っています。営業していたころの写真を見ると、細い通路の両側に商品の棚がズラリと並んでいて白熱球が灯っている。こういう通路を歩いていると、テーマパークのアトラクションを進んでいるときのようにゾクゾクしますね」
東京都・豊島区の雑二ストアー(写真:山本さん提供)
商店街では、できるだけお店に入って買ったり食べたりするようにしている。忙しそうでなければ、お店の人に話しかけたりもする。散策しているだけでは見えないドラマが垣間見えることもあるからだ。
その好例が、「外苑マーケット」(東京都新宿区)である。
国立競技場に隣接していた都営住宅の1階にあった商店街で、昭和の東京オリンピックの際の開発で誕生したが、令和の東京オリンピックに伴う国立競技場建て替えで住民や店主は立ち退きを余儀なくされた。山本さんは閉店直前の2015年12月に訪れている。
「タバコ屋のおばあちゃんは『前のオリンピックの立ち退きでここに来たのに、またオリンピックで立ち退きなのよ〜』と笑っていましたね。
青果店のご主人は『米屋や魚屋が閉じた後に、住民から頼まれて米や魚も置くようになった。大変だけど、置いてくれって言われるとやらないわけにはいかない。店はお客のためにあるものだから』と淡々と話されていました。
こうした話も埋もれていたかもしれないと思うと、お店の人とお話しできてよかったと思います」
3分の1の商店街はすでになくなった
2023年9月、山本さんは著書『昭和の商店街遺跡、撮り倒した590箇所〜全国厳選108スポットの[ド渋]写真〜』を出版した。掲載した商店街のうち、約3分の1はすでになくなり、もう見ることができないという。
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平日は効率よく業務を回しながら、休みの日を使ってまだ見ぬ商店街をたくさん巡るのが山本さんのこれからの目標だ。
「大阪市や神戸市、尼崎市、北九州市などの都市部には、まだ回り切れていない商店街がかなりあります。しかし、あと10年もすれば、どうなることか。写真に残せるかどうかは時間との勝負。できるだけたくさん撮って回りたいと思っています」
【その他の写真を見る】駄菓子がぶら下がる「日暮里駄菓子問屋街」、せんべろで有名な「立石仲見世」、トンネルのような「板橋区のトンネルマーケット」など、全国各地の商店街
大分県・豊後高田市の豊後高田昭和の町(写真:山本さん提供)
(横山 瑠美 : ライター・ブックライター)