アメリカの消費の強さにも陰り、日本はもともとふるわない(写真:Bloomberg)

8月2日に公表されたアメリカの7月雇用統計が弱い結果となり、「失業率の過去3カ月平均が過去12カ月の最低値を0.5%ポイント上回ったらリセッション(景気後退期入り)と認定できる」とされる「サーム・ルール」が注目された。

7月分ではサーム・ルールから算出される数字が0.51%ポイントとなり、サーム・ルール上、リセッションとなった(実際には全米経済研究所〈NBER〉が事後的に景気後退期か否かを決める)。

足元のアメリカの失業率の上昇については、コロナ後のペントアップ(繰り越し)需要に対応するために失業率が下がり過ぎた反動である可能性が高い(リセッションには認定されない)と筆者はみているが、市場ではリセッション懸念がしばらく続くだろう。

他方、リセッション懸念については、日本にとっても対岸の火事ではないとみている。

円高で企業利益が低迷すれば牽引役不在に

もともと、筆者は日本がすでに緩やかな景気後退期に入っていると指摘してきたが( もはや日本は「景気後退」に入ったかもしれない)、その可能性は高まっている。

日本の景気後退期は内閣府経済社会総合研究所が認定する。その際の指針となる景気動向指数のCI(コンポジット・インデックス)一致指数は、主に鉱工業生産の関連指標や所定外労働時間、商業販売額(小売業・卸売業)、営業利益、有効求人倍率、輸出数量指数などの総合指数となっているが、世界的な財貿易の低迷によって生産や輸出は低迷している上に、個人消費の弱さから商業販売額も弱く、結果的に所定外労働時間や有効求人倍率も低迷している。

今の日本の景気を支えているのは企業の営業利益だけの状況といえ、足元の円高によって営業利益が低迷することになれば、景気の牽引役は完全に不在となる可能性が高い。むろん、危機的な状況になる可能性は低いが、コロナ禍以降の景気回復はピークを過ぎた可能性は十分にあるだろう。

ここで、日本でもサーム・ルールを計算してみることで、日本もアメリカと同様にリセッションのリスクが高まっているかを考えてみたい。

しかし、日本版サーム・ルールと景気後退期との関係性はあまり高くないことが分かった。


日本の完全失業率のデータを用いても景気循環を説明することが困難な理由は、おそらく日本の労働市場が硬直的であることが大きいだろう。高齢化によって労働参加率が低下すれば職探しをあきらめる人が増加し、失業率がテクニカルに低下しやすいという事情もある。

逆に、高齢者や女性の労働参加率が上がれば、失業率は上がりやすい。これらの動きが景気循環とは違った要因で生じた可能性が高いことも、日本版サーム・ルールの説明力の低さにつながっている面があるだろう。

他にも、コロナ禍では雇用調整助成金が大幅に拡充され、休業状態の人が大幅に増加した。失業率は政策の影響を受けやすい面もある。

有効求人倍率のほうが景気循環と連動する

もっとも、日本の場合は失業率よりも有効求人倍率のほうが景気循環と連動性が高いことが知られている。そこで、以下では「有効求人倍率版サーム・ルール」を作成し、景気後退期との連動性を確認する。

有効求人倍率の変化を用いて景気循環(景気後退期)を予想するためにいくつかのルールを設定する必要がある。筆者が検証した結果、「有効求人倍率の過去3カ月平均が過去12カ月の最高値の0.06ポイント以下となった月は景気後退期である」とすれば、比較的説明力が高そうだった(これを「有効求人倍率版サーム・ルール」と呼ぶ)。

まさか本家「サーム・ルール」を発案した元FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)のサーム氏も日本の有効求人倍率で応用されると思っていなかったことだろう。

具体的にルールを適用して景気後退期と比較すると、かなり連動性が高いことが分かる。


例えば、日米でデータが比較できる1965年1月〜2022年12月の696カ月について、景気後退期かそうでないかの正答率を計算すると、本家のアメリカのサーム・ルールの正答率が約83.3%で、筆者が調べた日本の「有効求人倍率版サーム・ルール」の正答率は約77.6%だった。本家には敵わなかったが、比較的高い数字である(サーム・ルールは基本的には景気後退期入りのタイミングを示唆するルールであり、景気後退期の終わりを予想するとは言われていないことには留意)。

なお、日本の完全失業率についてサーム・ルールを単純に当てはめた正答率は約67.4%にとどまった。

有効求人倍率はハローワークの統計であり、ネット求人などが増える中で、特に大企業の求人などは含んでいないという指摘もある。しかし、現状では日本の場合は有効求人倍率を用いたほうが景気循環の説明力が高いと判断できる。

2023年11月からずっと「景気後退期」

7月30日に公表された6月の有効求人倍率は1.23倍となり、前月の1.24倍から低下した。過去3カ月移動平均は1.243倍で直近12カ月の最高値は1.317倍だったことから、有効求人倍率版サーム・ルールを適用するとマイナス0.074ポイントとなり、景気後退期に入っていることになる。

それどころか、過去のデータを用いて計算すると、2023年11月からずっと景気後退期であると算出された。


7月1日に公表された日銀短観(6月調査)では、雇用人員判断DI(回答比率「過剰」−「不足」)が小幅ながらも16調査ぶりに上昇(不足感が和らいだことを意味する)した。

企業規模別では大企業DIが下落して人手不足感が高まった一方、中小企業ではDIが上昇して不足感が和らいだ。


大企業では人手不足感が続いているものの、有効求人倍率が主に中小企業の求人を反映していると考えると、整合的な動きである。過去と比べれば緩やかかもしれないが、有効求人倍率の低下は続く可能性が高い。

景気ウォッチャー調査でも「求人伸び悩み」の声

このような状況について、7月8日に公表された6月の景気ウォッチャー調査では下記のようなコメントがあった。

「中小企業には人手不足感があるものの、賃上げや原材料価格の高騰によるコストの増加で、求人が出せないといった声もあり、全体的な景気の上昇がみられない」(近畿、現状、職業安定所〈職員〉)

「引き続き求人件数は弱含みで推移している。建設業や介護福祉の求人件数はやや伸びているものの、その他の業界は伸び悩んでいる。大手企業と中小企業の2極化も進んでいる。一方、隙間バイト系のサービスが様々な業界の求人を獲得している状況もみられる」(北海道、現状、求人情報誌製作会社〈編集者〉)

コストの増加に圧迫される中、中小企業の求人は増えにくいようである。少なくとも、日本経済は景気後退局面入りの瀬戸際にある可能性が高い。

(末廣 徹 : 大和証券 チーフエコノミスト)