パリオリンピック 加納虹輝が出場するフェンシング男子エペ団体、女子フルーレ団体を東京五輪金メダリストが展望
パリ五輪は連日にわたる日本人選手の活躍で盛り上がりを見せている。フェンシングでも加納虹輝(かのう・こうき/男子エペ)が、個人としては初の日本人金メダリストになった。
個人戦が終わり、現在は8チームによるトーナメント形式の団体戦が行なわれている。試合は1チーム3人制(控え選手含めて4名)。5本先取の3分間を1試合とし、合計9試合、45本先取したチームの勝利となる(9試合目終了までに45本取れなければ、その時点でリードしているチームが勝利)。
日本が出場するのは女子フルーレ団体(8月1日/日本時間。以下同)、男子エペ団体(8月2日)、女子サーブル団体(8月3日)、男子フルーレ団体(8月4日)の4競技。その前半、女子フルーレ団体と男子エペ団体の見どころや注目点を、東京五輪の男子エペ団体で金メダル獲得した宇山賢氏が語った。
男子エペの個人で金メダルを獲得した加納。団体戦でも活躍が期待される photo by JMPA
3年前の東京五輪では、アメリカに敗れて6位に終わった日本の女子フルーレ団体。若い選手がそろうチームは徐々に成長し、昨年7月の世界選手権(イタリア・ミラノ)では16年ぶりに3位に入りました。
成績向上の背景には、女子フルーレのヘッドコーチを務めるフランク・ボアダン氏と、東京五輪後から男子フルーレチームを率いるエルワン・ルペシュー氏の協力が挙げられます。ふたりのフランス人コーチが率いる日本のフルーレチームは、男女で足並みをそろえて競技力を向上させてきました。その成果が、本番でも発揮できることを願っています。
日本女子は、東京五輪経験者である上野優佳選手と東晟良(あずま・せら)選手に加えて、宮脇花綸選手と、交代選手の菊池小巻選手という布陣で挑みます。それぞれの選手たちを紹介していきましょう。
1番手は、チームの中心である上野選手になるでしょう。攻撃に飛び出した後の、相手との距離が近い場面での戦いを得意としています。個人戦ではまさかの初戦敗退に終わりましたが、団体戦での巻き返しを期待したいです。
2番手での登場が予想される東選手は、柔らかい股関節と重心の低さを生かした個性的なフットワークが特徴。低い重心からの長いアタックを得意としています。東京五輪に一緒に出場し、パリ五輪は涙をのんだ姉・莉央選手の思いを背負っての戦いぶりに注目です。
それに続くのが、走力を生かし、矢のように前に飛び出して攻撃する「フレッシュ」を持ち味とする宮脇選手。「フレッシュ」は男子エペの加納選手も得意としており、相手との距離を一瞬で詰めることができる点が長所。ただ、相手に攻撃を避けられてしまうと不利な状況に追いやられるリスクもあるので、相手の隙をつく観察力が求められます。
そして交代選手として控えるのが、力強いアタックを武器とする菊池選手。チーム唯一の左利きで、攻守で力を発揮できる菊池選手が控えていることにより、チーム戦略の幅が広がり、試合の流れに変化をつけることが可能になります。東京五輪出場を逃した悔しさを、3年越しの晴れ舞台でぶつけてほしいです。
個人戦では残念ながら実力を発揮できませんでしたが、成熟期を迎えたチームのメダル獲得は不可能ではありません。全員の実力を出し切れたら十分に射程圏内です。
ただ、初戦となる準々決勝のポーランド戦は僅差の戦いになりそうです。今年1月にパリで行なわれたワールドカップの3位決定戦でも41−44で敗れています。そのポーランドに勝利しても厳しい戦いは続きます。準決勝で対戦する可能性が高いイタリアとは分が悪く、この1年で5連敗。メダル獲得を目指す日本チームにとって高い壁となりそうです。
イタリアに勝利できたら、アメリカ(過去1年間で1勝1敗)、もしくは前回2位の開催国フランス(過去1年間で1勝0敗)に挑むことになるでしょう。2カ国とも東京五輪では日本を上回る成績を残しており、楽に勝てる相手ではありませんが、日本はいずれのチームにも勝利しています。選手それぞれの長所を活かしながら、粘り強く戦ってほしいです
<団体戦で対戦する国との、ここ1年の戦績>
2024年3月W杯(ジョージア・トビリシ) イタリア34−45●、アメリカ39−45●
2024年2月W杯(エジプト・カイロ) イタリア36−45●、フランス30−27○
2024年1月W杯 (フランス・パリ) イタリア31−45●、ポーランド44−41●
2023年12月W杯(セルビア・ノビサド)イタリア31−45●
2023年7月 世界選手権 (イタリア・ミラノ) イタリア30−43● アメリカ45−34○
【男子エペ団体は連覇に期待も「優勝国を予想しにくい」】私も3年前はチームの一員として戦い、金メダルを獲得したエペ団体は、東京五輪にも出場した加納選手、山田優選手、見延和靖選手に、古俣聖(こまた・あきら)選手を加えた4名で臨みます。
私以外は金メダルを獲得した東京五輪と同じ顔ぶれなので、前回同様の好成績を期待される方が多いと思います。私も心から連覇を願っていますが、男子エペ団体はフェンシング競技のなかでも特に優勝国を予想しにくい種目です。
勝利を手繰り寄せるためには試合序盤の戦略や、個々のメンタルを含めたパフォーマンス、そして勝ちをもぎ取る覚悟が試されることになると思います。
予想するとすれば、準々決勝でベネズエラと戦ったあと、準決勝では昨年12月のワールドカップ(カナダ・バンクーバー)で勝利を収めているイタリアと、決勝まで進むことができたら開催国のフランスと戦うことになるのではないかと思います。
フランスは東京五輪の準々決勝で対戦し、日本が加納選手の活躍で追いついて1分間1本勝負の延長戦で勝利した相手です。彼らは今回、大歓声が響く会場グラン・パレでのリベンジを狙っているでしょう。日本チームは前チャンピオンとして臨むのではなく、チャレンジャーとして点数をつないでいってほしいです。
<団体戦で対戦する国との、ここ1年の戦績>
2024年5月W杯(フランス・サンモール) フランス44−43○
2023年12月W杯 (カナダ・バンクーバー) イタリア32−27○
2023年11月W杯(スイス・ベルン) フランス35−45●
【団体メンバー4人の特徴と期待】 日本チームのエースは、日本フェンシング界として初となる、個人種目で金メダルを獲得した加納選手。個人戦では圧倒的な強さを見せつけ、観客からスタンディングオベーションで祝福されました。団体戦では1番手として大きな期待が寄せられますが、焦ることなくいつもどおりの強さを見せてほしいです。
そして2番手は、チーム最年長の37歳で、キャプテンとしてチームを牽引する見延選手です。東京五輪後は2022年の世界選手権で史上初の個人銀メダルを獲得。その後の国際大会では、何度もベスト8に進出するなど安定した結果を残し、健在ぶりを示しました。年齢によるフィジカル面の課題を、技術や戦術でどのようにカバーするのか。ベテランならではのプレーに期待がかかります。
3番手の山田選手は、相手の動きを読み、剣をしならせて腕を狙うプレーを得意としています。東京五輪では若手でしたが、この3年間でチームのいい雰囲気を作るポジションを確立し、勢いをもたらしてきました。プレーだけでなく、他メンバーを鼓舞する存在としても注目です。
見延選手と山田選手の個人戦は、いずれも銀メダルを獲得したヤニック・ボレル(フランス)選手に敗れる悔しい結果となりました。団体戦での巻き返しに期待したいです。
そして交代選手である4人目は、引退した私と入れ替わる形になった古俣選手。五輪メンバーが発表された際、東京五輪の交代選手だった私は古俣選手に励ましのメッセージを送りました。
五輪は初出場ですが、加納選手のライバルとしてジュニア時代から切磋琢磨してきた選手で、2022年のアジア大会、2023年のアジア選手権では決勝で加納選手と対戦するなど優勝を争ってきました。その2試合はいずれも加納選手が勝利しましたが、確かな実力を示してきた選手です。
フェンシングの団体は3人による戦いで試合が進みますが、古俣選手のような交代選手が出場するタイミングは、「相手にリードを許すなど苦しい状況で、試合の流れを劇的に変えたい時」です。その力が必要な場面は必ず訪れるでしょうし、チームの起爆剤として苦況を打破してくれる姿を楽しみにしています。
個人戦で感じたそれぞれの手応え、悔しさを、どのように団体戦の推進力につなげていくのか。選手たちが抱える思いにも注目しながら、現地パリで声援を送りたいと思います。
【Profile】
宇山賢(うやま•さとる)
1991年12月10日生まれ、香川県出身。元フェンシング選手。2021年の東京五輪に出場し、男子エペ団体において日本フェンシング史上初の金メダルを獲得。同年10月に現役を引退。2022年4月に株式会社Es.relierを設立。また、筑波大学大学院の人間総合科学学術院人間総合科学研究群 スポーツウエルネス学学位プログラム(博士前期課程)に在学中。スマートフェンシング協会理事。スポーツキャリアサポートコンソーシアム•アスリートキャリアコーディネーター認定者。