パリオリンピック男子サッカー、グループD。パラグアイ、マリに連勝し、すでにベスト8入りを決めている日本は、3戦目でイスラエルと対戦した。引き分けはもちろん、敗れてもパラグアイ、マリに得失点差で大きく優位に立つので、戦う前から首位通過は8割方、決まっていた。次戦の準々決勝の相手は、エジプトに敗れてグループC2位となったスペインである。

 そのエジプト戦のスペインは、準々決勝で日本との対戦を望んでいるかのような戦いぶりだった。前戦からスタメンを大幅に入れ替えて、あえて敗れた。そんな印象さえ抱かせた。

 日本も第2戦のマリ戦から、スタメン6人を入れ替えて臨んだ。先発メンバーは以下のとおり。

 GK小久保玲央ブライアン、左SB内野貴史、右SB西尾輶矢、CB木村誠二、鈴木海音、守備的MF川粼颯太、インサイドハーフ荒木遼太郎、山本理仁、左ウイング佐藤恵允、右ウイング山田楓喜、CF藤尾翔太。

 先を見越したスタメンであることは言うまでもない。そこに日本の余裕を見ることができる。前回2021年東京五輪との差でもある。「日本にはまだ先を見越して戦う余裕がない」とは、当時の森保一監督の言葉だ。だとすれば、この3年の間に日本サッカー界は飛躍的な進歩を遂げたことになる。

 イスラエル戦の結果は日本の1−0だった。日本は1996年アトランタ五輪以降、順調にステップを踏んでいる。一歩引いた視点でイスラエル戦を眺めると、よくやったと賛辞を送りたくなる。


イスラエル戦の後半アディショナルタイム、決勝ゴールを決めた細谷真大photo by JMPA

 だが、イスラエル戦の戦いそのものはけっして褒められるものではなかった。GK小久保の美技に助けられたシーンは、4度はあった。相手のレベルがもうワンランク高ければ完敗していた一戦だ。スタメン6人を入れ替えて臨んだ日本は、けっして強くなかった。

 なにより、これまでの2戦で日本のセールスポイントとなっていたサイド攻撃が振るわなかった。右の山田は左利きだ。内に切れ込む動きや左足キックには定評はあるが、縦に行く馬力、推進力に欠ける。その動きを補うのは右SBの仕事になるが、この日スタメンを飾った西尾は、本来はCB。第1戦、第2戦でスタメンを飾った関根大輝に比べると推進力に欠ける専守防衛型だ。右サイドはマイナスの折り返しがほぼ期待できない状況に陥っていた。

【苦戦を承知でのメンバー入れ替え】

 一方、左サイドの佐藤と初出場となった内野のコンビは、右ほど悪くなかった。攻撃を仕掛ける回数はそれなりにあった。ただ、佐藤のドリブルは第1戦、第2戦で先発した斉藤光毅に比べると単調で、相手の逆をとることができないという弱点を抱える。内野もそれを補う動きはできなかった。第1戦、第2戦で先発した大畑歩夢のほうがハマり役のように見えた。

 日本の苦戦は両サイドからきちんと攻められなかったことに尽きる。そこで相手にダメージを与える攻撃ができなかったことが、GK小久保の活躍を生む原因になっていた。

 しかし、それは当初から予想することができた。大岩剛監督は苦戦を承知でスタメン6人を入れ替えたはずだ。なにより次戦スペイン戦のチームコンディションを優先した。この割りきりがまったくできなかった前回との違いである。

 決勝ゴールを決めたのは、後半34分に荒木と交代で投入された細谷真大。アシストは佐藤だった。だが、それ以上に称賛したくなるのは、そのひとつ前で佐藤に展開のパスを送った藤田譲瑠チマになる。川粼が負傷したため、細谷と同じタイミングで投入された日本の主将は、登場するや格の違いを見せつけた。得点シーンがそうであったように、それ以来、日本の攻撃に立体感のようなものが生まれた。

 日本の勝利は、藤田、細谷という中心選手が途中交代でピッチに立ったことと深い関係がある。

 だが、できれば使いたくなかった選手だろう。この試合、後半のアディショナルタイムは8分あったので、彼らは中2日で約20分間プレーしたことになる。スペイン戦を考えれば、数分程度に留めたかった。

 彼らを使っていなかったら、イスラエル相手に引き分けどころか、敗れていた可能性もある。だが、敗れても、次戦の相手はスペインと決まっていた。考えようによってはムダ遣いにも見える。どちらがよかったか。

 スペインはユーロ2024のチャンピオンだ。以前からの魅力である中盤サッカーに、ニコ・ウィリアムズ、ラミン・ヤマルという強力ウイングが加わり、内もよければ外もよい、完璧なバランスで欧州一の座に就いた。良質なウインガーが急増中の日本サッカー界を触発するような優勝劇だった。

 大岩ジャパンにとっても、ユーロ2024のスペインは、さぞや手本になっているに違いない。日本サッカー史において、中央と外との関係が今回の大岩ジャパンほど良好なチームも珍しい。まさにスペイン的なチームで、本家に臨むことになる。

 日本は正面から挑むわけだ。5バックで後ろを固める作戦で臨んだカタールW杯の日本代表とは違う。ガチンコ勝負である。それでどこまで迫ることができるか。

 2001年4月25日、スペインのコルドバで行なわれたスペイン対日本の親善試合。その1カ月前の3月24日、トルシエジャパンはフランスに0−5で大敗していた。2試合連続で大敗すれば自身のクビが飛ぶかもしれないと、フィリップ・トルシエ監督はスペイン戦にフラット5で臨んだ。試合は89分まで0−0だったが。最後の最後にスペインにゴールを許し、0−1で惜敗した。

 自軍ゴール前にへばりついて守るトルシエジャパンを見て、傍らに座るスペイン人記者はこう言ってあきれ果てていた。

「日本ははるばるコルドバまで、守備の練習をしにきたのか」

 スペインに対して、少なくとも筆者は劣等感を抱いている。それを雲散霧消するような正々堂々としたサッカーを、大岩ジャパンには期待したい。