パリオリンピックの第2戦、なでしこジャパンはゲーム最終盤の2ゴールで、ブラジルに劇的な逆転勝ち。チームを救ったのは19歳の谷川萌々子だった。現地取材のライターがそんな谷川の成長エピソードと、次戦ナイジェリア戦の展望を綴る。

【昨年のワールドカップではバックアップメンバー】

 とんでもない19歳が現れた。

 いや、その兆しはあった。谷川萌々子(FCローゼンゴード)の芯を食うシュートの音に取材陣がザワついたのは、昨夏のワールドカップ直前のトレーニングキャンプだ。彼女のミートしたシュート音は、群を抜いていた。

 幼い頃から両足でのキックを意識してきたという。繰り出されるシュートの飛距離、パワー、軌道すべてが、粗削りながらも強烈。なでしこジャパンの中枢を担う存在になると予感させるには、十分なパフォーマンスだった。


ブラジル戦で劇的な逆転弾をロングシュートで決めた谷川萌々子 photo by Hayakusa Noriko

 昨年のワールドカップにバックアップメンバーとして帯同した経験は、谷川を大きく成長させるきっかけになった。大会期間中には、キッカーとして定評のある猶本光(浦和レッズレディース)にFK練習を志願し、自ら貪欲に食らいついていった。この頃から谷川は、「パリオリンピックのメンバーに選ばれることが目標」としてきた。

 しかし、このワールドカップ帯同は、同時に悔しいものでもあった。世代の近い浜野まいか(チェルシー)や藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)らが、なでしこジャパンとしてその場に立っていたからだ。

「(彼女たちが)活躍する姿を見て学ぶところもあるけど、悔しいなっていうのもある。でもこの大会に向けての想いや努力があったからこそ、あおばさん、まいかさん、(石川)璃音(浦和)さんはこの場所に立っている。自分自身この大会に向けて足りない部分があったと思う」(谷川)

【JFAアカデミー福島卒業後、海外へ】

 世界と戦うなでしこジャパンをすぐそばで見てきた彼女は、その後さらなる向上を求めてJFAアカデミー福島卒業後の進路に海外を選択。その才能は一気に花開いた。対人プレーの強度は世界レベルまで引き上げられ、得意とするキックはさらに研ぎ澄まされた。

"代表"としての自覚も、昨年9月に開催されたアジア競技大会でより強く持てるようになった。大会直前に構成された即席チームながら、その中心選手としてチームを牽引。決勝ではCKのキッカーも務め、1ゴール1アシストで金メダル獲得に貢献した。

「フィジカルでは負ける気はしない」という本人の言葉どおり、谷川が攻守で球際を制したことで日本は流れを生み、本人も常に最前線へ絡む動きを狙い続けていた。

 その努力は「小さい頃から夢見ていた場所」(谷川)であるオリンピックという舞台で、なでしこジャパンを救う大きな一撃につながっていく。

 ブラジル戦で、1点ビハインドのまま迎えた終了間際のことだった。切り札として投入された谷川は、ペナルティーエリア内でドリブルを仕掛け、これを阻止しようとしたブラジルのプレーがVARの判定でPKとなる。

 レフェリーが確認している間に「(キッカーは)自分ですか?」と池田太監督に尋ねるほど準備は整っていたが、実際に託されたのはキャプテンの熊谷紗希(ASローマ)だった。極度に高まった緊張感のなか、熊谷が決めて試合は振り出しに戻る。

 このままドローで勝ち点1に止まっても、十分ではあった。しかし、谷川はこの直後に訪れた絶好のチャンスを逃しはしなかった。相手のパスミスをそのまま得意のロングシュートに持ち込んだ。GKは一歩も動けず。値千金のゴールで日本は勝ち点3をもぎ取った。

「ゾーンに入ることができたから、うまくやれた」とこの試合を振り返った谷川。劇的ロングシュートは「ブラジルのGKは結構前に出ているから、積極的に(ゴールを)狙っていけ」という父のアドバイスが胸にあったから。ゴールを決めた谷川は一目散に両親のいるスタンドに向かって駆け出し、豪快なガッツポーズで喜びを爆発させた。

 この時、アジア大会で得点後に親戚に求められていたポーズをやりかけながらも止めてしまったのだという。本人は「なんか勝手にあんな感じになっちゃって恥ずかしい......(笑)」らしいが、いつも冷静さを失わない谷川の"熱さ"が見られたのも、夢の舞台ならではかもしれない。

【ナイジェリア戦は「隙を突いていきたい」】

 谷川の決勝ゴールで大きな勝ち点3を得たなでしこジャパン。再び初戦の地、ナントに戻り、ナイジェリアと戦う。谷川はこの対戦に自信をのぞかせた。自チームにナイジェリアの選手がおり、その特性を把握していると言う。「スピードがあってフィジカルは強い反面、ちょっと隙があるので、そこを突いていきたいです」と語る。

 ブラジル戦で見せたゴールによって、警戒されるであろう飛距離のあるシュートに対しても、「それを見せることで相手が警戒してくれば、中でのワンツー(のコンビネーション)が生きる」と、むしろ食いつかせてみる楽しさもある、と微笑んだ。

 ここまで4試合すべてが1点差ゲームだったグループC。現在スペインが2連勝して首位を行くが、2位につける日本も最終戦を勝利し、スペイン対ブラジルの結果次第ではまだ首位通過の可能性も残されている。いまだ勝ち点のないナイジェリアとしても、3位通過を目指しすべてをぶつけてくるはずだ。

 日本が最も警戒しなければならないのが、バルセロナ所属時にUEFA女子チャンピオンズリーグ優勝も経験したFWのアシサト・オショアラ(ベイFC/アメリカ)。ナイジェリアの看板スターだ。彼女にボールを入れさせない戦い方が必要。疲労が溜まる第3戦で、どこまでプレスをかけ続けられるかがカギとなりそうだ。

 懸念として暑さがある。ここへ来てナントは急激に気温が上がり、練習時の気温は39℃にまで上昇した。疲労が重なる上にここまでの戦いにない暑さにも苦しめられそうだ。

 スペイン戦で清水梨紗(マンチェスター・シティ)が負傷離脱、この時唯一のゴールとなったFKを決めた藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)も古傷の痛みが再発し松葉杖でナント入りするなど、主要メンバーにアクシデントも起きている。明るい兆しとしては、別メニューだった北川ひかる(INAC神戸レオネッサ)が練習に復帰していることか。

 中2日で整えたそれぞれのコンディションが、ナイジェリアを抑え込めるレベルまで回復しているかは、ぶつかってみなければわからない。

 なでしこジャパンの総力戦は続く。