異様な盛り上がりを見せた共和党大会ではさまざまな「グッズ」が配られていた(写真:筆者撮影)

トランプ前大統領暗殺未遂事件からたったの2日後の7月15日、4年に1度の共和党の祭典、全国大会が始まり、トランプ氏を正式に党の大統領候補に指名した。

集まった代議員と支持者らは、銃撃で負傷した2日後から姿を見せたトランプ氏の姿に顔を紅潮させて興奮した。筆者が開催地ウィスコンシン州ミルウォーキーで見た4日間の大会は、トランプ氏の「生還」に共和党が団結を誓うドラマを巧みに演出したものだった。

アメリカ人の愛国心をくすぐった完璧な写真

13日午後6時15分(アメリカ東部時間)に銃撃されたトランプ氏をとらえたAP通信の写真は、トランプ氏のコア支持者だけでなく、同氏への投票を決めかねていた保守派の心をつかんだ。

右耳から流れる血と痛みにもかかわらず、右拳を突き出し、「ファイト!」とつぶやいた瞬間、背後には星条旗が舞っていた。アメリカ人の愛国心をくすぐり「萌え」を感じさせる完璧なイメージだ。

さらに人々が事件で強く感じたのはキリスト教の「神」の存在だ。
 
4日目最終日に大会で演説した人気の保守派アンカー、タッカー・カールソン氏はこう言った。

「トランプが撃たれた瞬間のビデオを50回は見た。拳を振り上げた瞬間は、『生まれ変わり』と言える。(中略)神を信じていなかった人々も、神のことを考えるようになっただろう」

元プロレスラーのハルク・ホーガン氏も登壇。演説中に着ていた黒いTシャツを左右に手で割き、その下に着ていた「トランプ バンス(副大統領候補)」と書かれた赤いタンクトップを見せてこう言った。

「事件の後、黙っていることができなくなった。なぜなら、トランプは真のアメリカン・ヒーローだからだ!」

撃たれてから数十秒で不死鳥のように立ち上がったアメリカン・ヒーロー。政治家を弾圧するための「ポリティカル・バイオレンス」に屈しない拳――。ミルウォーキーで話を聞いたトランプ支持者は、こう思っている。「神」が降臨し、銃弾をトランプ氏からそらす「奇跡」を起こした、と。


あの写真もTシャツになっていた(写真:筆者撮影)

「神」という言葉が目立った大会

大会で祈りを捧げたキリスト教福音主義者のフランクリン・グラハム牧師は「神が彼を救った」と言った。トランプ氏の次男エリック氏も演説で「神の恵みによって、神の力の介入があり、父は生き延びた」と言って、拍手喝采を浴びた。

ミルウォーキーの大会会場周辺では「神」という言葉が、通常の大会より目立った。「イエス・キリストは私の救世主、トランプは私の大統領」と書かれたTシャツやハットが会場周辺で売られている。

ニューヨークから来たという年配の女性は「プロ・ゴッド(神の支持者)」と書かれたTシャツを着ていた。トランプ氏は、熱心なキリスト教信者が多い支持者にとって、「神に救われた特別な人物で、次期大統領に生まれ変わる」のだ。

そのトランプ氏は大会初日の15日夜、会場に登場し、「生まれ変わり」の姿をテレビを通して全米に見せた。6月末の大統領候補テレビ討論会で、ライバルのジョー・バイデン大統領が言葉に詰まり、ジル夫人の助けでステージを降りたのとは異なり、銃撃された後も家族席への階段を上り、強靭さを見せつけた。指名される大統領候補が大会初日から姿を見せるのは、極めて珍しい。

しかし、いつも選挙集会で見せる口角を思い切り上げた、不遜な笑みと、テレビのスターのような振る舞いは見られなかった。むしろ、慎重な面持ちで歩き、興奮する支持者とは目を合わせず、「弱さを見せた」(ニューヨーク・タイムズ)とさえ思わせた。

「神の力があった」とトランプも言及

極め付けは18日夜の受諾演説だ。暗殺未遂事件を振り返り、神妙な口調でこう言った。

「(撃たれたが)直後に私は安全だと思った。なぜなら神が私の側についていてくれたからだ」

歓声と拍手がどっと起きた。「神の力」があったと、本人が言及したことになる。そして、集会に来て銃弾の犠牲となった消防士コリー・コンペラトーレ氏が着ていた消防服を舞台に置き、それを抱きしめて、涙を誘う感動的瞬間を生んだ。トランプ氏への連帯を示して、右耳をガーゼで覆った支持者さえいる。
 
銃弾で暗殺された現職の大統領は、リンカーン、ケネディを含む4人に上る。アメリカは、ポリティカル・バイオレンスでリーダーを失う困難を何度も乗り越えてきた特殊な国だ。

2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件では、民主主義を象徴する議会で6人もの市民が命を落とした。2022年10月には、ナンシー・ペロシ下院議長(当時、民主党)の夫ポール氏が自宅に侵入した男性にハンマーで殴られ、頭蓋骨骨折の重傷を負っている。

トランプ支持者の話を聞くと、「宗教的」な印象が強い。

大会に参加できる代議員ではないのに、南部バージニア州から車で駆けつけて会場入り口に何時間もたたずんでいる教職員ジェイミー・ファーガソンさんに出会った。晴れやかな表情で、「トランプは真にアメリカを愛している」と繰り返す。


トランプ氏ほどアメリカを愛しているリーダーはいないというジェイミー・ファーガソン氏(写真:筆者撮影)

「ホワイトハウスには長年、本当に国を愛する人を迎えたことがないように感じる。家族が共和党員だったので選挙には行っていたが、これまで政治にはまったく関心がなかった。でも2015年にトランプが立候補したとき、この人は違う、と思い、選対のボランティアに生まれて初めて応募した」と話す。

暗殺未遂事件について尋ねると即座に、「それは神。神が彼を救ったの」と答えた。

人工妊娠中絶反対グループ「プロ・ライフ・ウィスコンシン」理事長のダン・ミラー氏は、「民主党と左派は、トランプの命を奪おうとした。こうなったら、トランプを11月に勝たせるしかない」と話す。彼の話を聞くと、トランプ支持者の一部は、事件は民主党の仕業だと思っていることがよく分かる。


トランプ氏を銃撃したのは民主党筋だと語るダン・ミラー氏(写真:筆者撮影)

「物価が上がりすぎてシングルママには辛い」

バイデン民主党政権に対する強いフラストレーションも、トランプ氏の優勢を後押しする。

「バイデンは、アフガニスタン撤退は成功だったと主張している。多くの命が奪われたのに」

「バイデン政権の下、物価が上がり過ぎてシングルママには辛い」

大会ステージで目を潤ませて訴えるスピーカーもいる。フロアからはブーイングが起こり、怒りやフラストレーションが会場を包む。

元警官・消防士のデイブ・ウィロビー氏は、会場へのゲートで「民主党は、すべてを台無しにした」と書かれた黒いTシャツを着て立っていた。手にしたプラカードには「トランプに神のご加護を!」とある。


民主党政権への嫌悪をあらわに話すデイブ・ウィロービー氏(写真:筆者撮影)

民主党とその政策が、大嫌いだ。国境を越えて入ってくる不法移民の問題は、国家の安全保障に関わる。バイデンは、すぐに犯罪を起こす彼らを入れっぱなしだ。アメリカが世界の警察である必要もない。警察予算の削減も反対だ。民主党政権下、愛する自由が失われている!」と語調は荒い。

政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると19日現在、トランプ氏の支持率が46.6%、バイデン氏の42.3%に4.3ポイントと大きく差をつけている。

共和党大会が開かれているウィスコンシン州を含むスイング・ステーツ(激戦州)7州すべてでトランプ氏の支持率が、1.6〜6.2ポイントもリード。こうしたデータも、「ほぼトラ」「確トラ」と呼ばれる優勢を物語っている。 

共和党は、トランプの下、今までになく強く、団結している!」と副大統領候補に選ばれたJ・D・バンス上院議員は、受諾演説で強調した。最終日に向けて、「勝利」に近い「滅多にない」共和党大会を印象付けた。

いいところがまるでないバイデン陣営

一方、バイデン氏にはいいニュースがない。6月末の大統領候補テレビ討論会で、どもり、発言のつじつまが合わず、センテンスを終わらせられないという大統領として惨めな結果で民主党を混乱に陥れた。

7月初旬の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議関連会合では、ウクライナのゼレンスキー大統領を「(ロシアの)プーチン大統領」と紹介。名誉挽回のためのテレビインタビューでは、相変わらず危なっかしい。さらに18日には、選挙戦で訪れていた西部ネバダ州で新型コロナウイルスに感染しており、デラウェア州の自宅に戻った。

アメリカメディアによると18日、バイデン氏は撤退の要請に「受け入れようとする」姿勢を示し始めた。チャック・シューマー上院院内総務など民主党の重鎮が、選挙戦から辞退するように働きかけているという。民主党の主な下院議員もバイデンが再選を諦めるように働きかけている。バイデン氏は崖っぷちに追い詰められた形だ。

トランプ氏は受諾演説のクライマックスをこう締めくくった。

「ウィン、ウィン、ウィン!」

会場全体からも拳を振り上げ、叫ぶ代議員が続いた。

「ウィン、ウィン、ウィン!」

2024年の共和党大会は、トランプ氏の暗殺未遂事件直後となり、前例にない「神がかった」内容となった。右耳にガーゼをしたトランプ氏の下に、共和党は団結して立ち上がった。トランプ氏は、演説終盤で満足げにこう言った。

「この大会は、共和・民主両党を見ても、過去にない最高の大会になった」


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(津山 恵子 : ジャーナリスト)