●部署の垣根越えた入社1年目の企画が番組化

日本テレビの単発枠『サンバリュ』(毎週日曜14:00〜 ※関東ローカル)で21日に放送される『変顔スパイ』。バカリズムのMCで、スパイに扮した出演者たちが変顔で顔認証カメラをあざむきながら、敵アジトでの試練に挑む“脱出ゲーム系バラエティ”だ。

この顔認証には、日テレが開発したAIシステムをバラエティで初めて活用。そして、情報番組『DayDay.』の制作スタッフと、技術統括局のCG運用担当という2023年入社の同期2人が、部署の垣根を越えて1年目で提出した企画ということで、日テレ社内では熱い視線が注がれている。

そんな若きテレビマンの村岡隼斗氏(コンテンツ制作局)と三浦祐樹氏(技術統括局)にインタビュー。企画・演出として臨んだ今回の番組制作の舞台裏や「変顔」にかける情熱、さらには海外展開も視野に入れた展望などを語ってくれた――。

左から『変顔スパイ』企画・演出の村岡隼斗氏と三浦祐樹氏(※変顔)


○技術社員だからこそ出たアイデア

今回の番組は、村岡氏と三浦氏が2人で企画をブレストする中で「顔認証をあざむく」というアイデアが浮上。そこで、映像・音のコンテンツ解析がリアルタイムできる自社開発のAIシステムを活用することで、真顔と変顔の一致度を瞬時にパーセンテージで数値化できる顔認証が実現した。

村岡氏は「顔認証システムという名前は知っていましたが、リアルタイムで一致度の数値が変動するといったものは知らなかったので、まさに技術の三浦だからこそ出てきたアイデアで成り立った企画だと思っています」と、番組のオリジナリティの背景を説明する。

○『SASUKE』をイメージした“思いを託す”構図

バラエティ番組の中でたびたび披露される「変顔」だが、実際にはトークの中の話題の一つ程度に消費されるのが関の山。そのため、「企画書を出した時は30分の枠で考えていたのですが、1時間の枠に決まって、飽きられてしまうのではという不安も正直ありました」(村岡氏)と吐露する。

この不安要素は、様々な試練をクリアできるかというゲーム性が加わることで解消。試練ごとに変顔のバリエーションが生まれ、顔に連動して手振りや歩き方まで独特のアクションとなり、視聴者を飽きさせない画作りになった。

さらに、「変顔を見せた先にあるドラマ」を描くことも重視したという。

「例えば、朝日奈央さんは目と鼻に十円玉を挟む変顔でブレイクされましたが、そこに至るまでにバラエティで売れたいという強い思いがあったからこその変顔だと思うんです。そういった部分を描けば、最後まで楽しめる番組になるのではないかと考えました」(村岡氏)

「限界まで表情筋を崩した顔を披露した後の表情というのは、なかなかテレビで見られない画だと思うんです。たしかに変顔だけだとキツいかもしれないけど、そこを突き詰めた先に誰も見たことのないドラマが待っているというところを、僕らの演出の中で軸として大切にしました」(三浦氏)





MCのバカリズム (C)日テレ

スパイマスターことMC・バカリズムとのクロストークでは、挑戦者がそれぞれ自身の背景を語った上で意気込みをコメント。終盤では、脱落者たちが挑戦者を一生懸命応援するが、挑戦中の本人は変顔というシュールなギャップが生まれており、ここも2人のお気に入りの要素に。「シミュレーションの時は体育会のような雰囲気でした」(三浦氏)、「脱落者が“俺はダメだったけど、お前は行ってくれよな!”と思いを託す感じは『SASUKE』を意識しました」(村岡氏)と狙いを語っている。

●表情筋を酷使して80〜90時間のシミュレーション

番組の制作にあたり、2人は自ら変顔のシミュレーションを重ねた。その回数は約20回で80〜90時間にもおよび、「表情筋をかなり酷使しました」(三浦氏)、「誰よりも変顔に詳しくなったので、論文を出そうと話しています(笑)」(村岡氏)と自信をのぞかせる。

ほかのスタッフも参加して、1人が作れる変顔のパターン数を検証してみたところ、5パターンという平均値が導き出された。ただ個人差があり、村岡氏は8パターン、そして三浦氏は21パターンも作り出せることが判明した。

三浦氏は「今回のシミュレーションで気づいたのですが、目を軸にするか、鼻を軸にするかで決まって、そこから分岐して場合分けすることができれば、掛け算になってパターンを増やせるんです」と解説するが、村岡氏は「簡単に言いますけど、普通の人はやれないんです」と、変顔技術の高さを補足。

表情筋の中で動かしやすいパーツには個人差があることから、どこを軸にして変顔を作るかの違いを「変顔流派」と命名したが、三浦氏はその流派を複数使いこなせることから、驚異のパターン数を持っているのだ。

システムが相手だけに、絶対に顔認証をあざむける攻略顔を見つけられてしまうことへの懸念もあったが、シミュレーションを通して、「ずっと変顔をしていると、表情筋が無意識のうちにだんだん緩んでいくんです」(村岡氏)と判明。激しい変顔をキープするのは至難の業だそうで、この現象は、「顔面疲労」と命名した。

シミュレーションで最も苦労したのが、脱落を決める一致度のボーダーライン「65%」の設定だ。画像認識の技術を使っており、照明の明るさなど現場の環境でも数値が変わってしまうため、最終的にはスタジオで挑戦者本人の変顔数値を見た上で、「本番の1時間前にやっと決まりました」(三浦氏)と、ギリギリまで調整を行った。

これが→


→こう


○体を張って検証もプロデューサーNGに

用意したステージは、顔のぞき・ほふく前進・カニ歩きで進むコースや、音を立てると顔認証カメラが発動するコースといった体力を駆使するものから、2人1組が言葉とジェスチャーで記号を伝えて爆弾解除を目指す知力を必要とするもの。そしてラストには、「電流イライラ棒」(※)の要領で、触れたら体に電流が流れるパネルの間に変顔を通してゴールへ向かう「ビリビリスライダー」が待っている。

(※)…『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー これができたら100万円!!』(テレビ朝日)の名物コーナー。電流の通った棒をフレームや障害物に触れずにゴールを目指すが、触れてしまうと激しくスパークしてしまう。

仕掛けられたAI顔認証カメラ

変顔でカニ歩きする松本明子

(C)日テレ

スパイからの発想で、レーザートラップを組み合わせたステージも考えたものの、「実際に体験できる施設に2人で行ってシミュレーションしてみたのですが、カメラ画で見るとレーザーに当たったか当たってないかが分かりづらくて、ボツになりました」といい、ほかにも様々なバージョンを検討したという。

ちなみに、「ビリビリスライダー」は当初、パネルに触れると顔に巻いた銅テープに電流が流れる仕組みを想定し、2人で体を張って入念にシミュレーションまでしたが、「当然プロデューサー判断でアウトでした(笑)」(村岡氏)とのことだ。

●前のめりで挑んだキンタロー。「すごく懸けてくださった」

(左から)中岡創一、キンタロー。松本明子、尾形貴弘、SEITO、結那 (C)日テレ

今回の挑戦者は、レジェンド・松本明子に、驚異の憑依モノマネの進化が止まらないキンタロー。、芸人界から中岡創一(ロッチ)、尾形貴弘(パンサー)、さらに、バラエティ初出演の“究極の美人声優”結那、イケメン枠としてボーイズグループ・MAZZELのSEITOの6人がそろった。

「もちろんエキスパート的な人も必要ですし、“この人変顔するんだ!”という意外性も大事だと思いました。“変顔”ということでNGが出る可能性もありながら、内に秘めた変顔に対するモチベーションはあるけど、世間的にまだバレていない人というところで、結那さんとSEITOさんに出ていただけて本当に良かったです」(三浦氏)

この6人の中で最初にオファーしたのは、松本明子。『電波少年』での体を張ったロケをリアルタイムで見ていた世代ではないが、「最近でも『ヒルナンデス!』で活躍されていて、変顔と言えばこの人ということでお願いしました。それと、何か予想外なところで笑いを作り出してくれる方なので、そこに期待させていただきました」(村岡氏)と、真っ先にラブコールを送った。

最も前のめりだったのは、キンタロー。。事前のアンケートでは「変顔のレパートリーは何個ありますか?」という問いに「愚問です。」と回答し、制作側から頼んでいないのに打ち合わせまで希望してきたという。三浦氏は「この企画にすごく懸けてくださっているのが伝わってきました」というだけに、「変顔を通したドラマ性という部分が、キンタロー。さんは予想以上に出せたので、すごく良かったです」と手応えを語る。

驚異の変顔を見せるキンタロー。 (C)日テレ

○海外展開も視野「HENGAO」を共通語に

言語を伴わない「変顔」がテーマということで、海外展開も視野に入れている。「海外事業の担当者にも興味を持ってもらい、シミュレーションや収録に来ていただきました。“変顔”というフォーマットもその理由ですが、今回のシステムは、インターネットに接続せず、PCとカメラをつなぐだけで使用できるので、このアプリケーションをセットで売り出そうという話も出ています」(三浦氏)という。

英語で「変顔」は「silly face」と訳されるが、「もし『変顔スパイ』が海外でヒットしたら、“MOTTAINAI”のように、“HENGAO”も日本語発の共通語になってほしいですね」(三浦氏)と夢を膨らませる。

●「テレビ離れ」世代がテレビ局に入社して…



「テレビ離れ」が叫ばれる世代の2人だが、村岡氏は「テレビが好きでよく見ていて、番組を作っている人はきっと楽しいんだろうなという思いから、テレビ局を目指しました」といい、実際に入ってみて「楽しいです!」と充実の表情。

一方の三浦氏は、理系の大学院に進み、順当にいけばメーカーの研究職に就職する道を歩んでいたが、「学園祭でコント企画みたいなのをやって、映像のネタを作ったんですけど、すごく楽しくて。それを見た尊敬する先輩に“テレビとか向いてるんじゃない?”と言われたので、その言葉を大事にして、視野を広く持って楽しいことをやろうとテレビ局を受けました」といい、こちらも入社して「めちゃくちゃ面白いです!」と声を弾ませる。

こうして2023年に日本テレビに入社し、村岡氏は情報番組『DayDay.』、三浦氏は技術統括局でCG業務を担当してきたが、それぞれ1年目からバラエティの企画書を積極的に提出。なかなか採用されることはなかったが、同期の2人で初めて共同提出した今回の企画が、初めて番組化されることになった。

ただ、バラエティ制作において初心者の2人。そこで、『脱出ゲームDERO!』『謎解きバトルTORE!』というゲームバラエティ番組のチームが全面協力してくれた。

「ゲームの構成の仕方や、“なぜそこを歩かなければいけないのか”という部分をツッコんでいただいて、設定のロジックがすごく勉強になりました」(三浦氏)、「レーザートラップをやろうとした時、避ける姿勢が面白いと話したら、その姿勢は他のやり方でも生み出せるとアドバイスしてもらい、そういう発想があるのかと、すごく学びになりました」(村岡氏)と、ゲームバラエティのノウハウを惜しげもなく投入することができたのだ。



○異例の座組・技術部門が演出に入るメリット

技術部門の社員がバラエティの演出を務めるのは、他局を見渡しても極めて異例だが、この座組が従来になかったメリットをもたらした。

三浦氏は「技術の僕が企画段階から入ることによって、コミュニケーションがワンストップでできるのが、すごく良かったです」と手応え。また、自身が所属するCGの部署と密にコミュニケーションが取れたことで、「単発の特番にしては、かなり力の入ったオープニングCGになっています(笑)」と予告する。

今回の番組を通し、村岡氏も「技術目線の仕事の仕方がすごく理解できたので、これまでなら“ちょっと言いづらいな”と思っていたことも、“言っていいんだ”と塩梅が分かるようになりました」といい、今後のレギュラー業務に生かすことができそうだ。

改めて、部署の垣根を越えた座組による番組制作が実現したことについて、三浦氏は「企画書を出したのはまだ入社1年目だったのですが、そんなペーペーの若手の企画にいろんな方が乗ってくれて、最終的な意思決定も全部僕らに任せてもらえたので、意見を尊重してくれるところはすごくいいなと思いました」と感謝。

村岡氏は「先輩たちが答えをすぐ教えずに、自分たちで考えさせようとすることが何回もあって、僕たちのことを成長させようとしてくれているんだなというのが伝わってきました」と受け止めていた。



●村岡隼斗2000年生まれ、東京都出身。成城大学文芸学部卒業後、23年に日本テレビ放送網入社。コンテンツ制作局に配属され、情報番組『DayDay.』を担当する。

●三浦祐樹1998年生まれ、宮城県出身。東北大学工学部材料科学総合学科、同大学院工学研究科卒業後、23年に日本テレビ放送網入社。技術統括局デジタルコンテンツ制作部に配属され、番組のCG運用・サポートを担当する。