職探しに疲れた遼平さんの癒しとなったのは――

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【前後編の後編/前編を読む】恋人が「オジサン」と不倫していた… 51歳夫が今も後悔する“言わなきゃよかった”言葉

 幼い頃に母を亡くした内村遼平さん(51歳・仮名=以下同)は、父も兄弟も職人という一家からひとりだけ大学に進学した。学生時代、1年半付き合った恋人が「オジサン」と不倫をしていると知り、彼は強い言葉でそれを非難。以来、恋人が姿を消してしまったことが、遼平さんの抱える傷となった。その後、就職した遼平さんは、紗織さんと出会い結婚。一男一女に恵まれた幸せな生活を送っていたが、50歳を目前にしてリストラに遭ってしまう。時はコロナ禍、再就職先も見つからなかった。

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 高校生と中学生の子どもたちにどう説明するか。妻は「あなたがちゃんと言ったほうがいい」と言う。プライドはずたずただ。

職探しに疲れた遼平さんの癒しとなったのは――

「3日くらい、僕が朝、出勤しないことに気づいた娘が『どうしたの』と言いだした。それをきっかけに僕がリストラされたことを話しました。『お金、大丈夫?』と言ったのは息子。娘は『私、学校やめる』とつぶやいた。娘は猛勉強して第一希望の私立校に入り、2年生になったばかり。やめさせるわけにはいかない。そのとき初めて、オレがしょげている場合じゃないと思いました。妻は冷静に『今までおとうさんとおかあさんはふたりとも、必死に働いてきた。だから今回、運悪くおとうさんがリストラされたけど、家のお金は大丈夫。あなたたちには夢をあきらめないで、今まで通り好きなことをしてほしい』と説得してくれました」

 それでも娘は不安そうだった。娘のその顔を見て、彼は思わずごめんと心から謝った。おとうさんが悪いわけじゃないよと息子が言った。

自分の存在価値まで疑うように…

 なかなか人にも会えず、職探しもできずに難航したが、学生時代の友人や仕事で知り合った人たちに連絡をとり、職探しを頼んだ。収入は減ってもいい、とにかく働きたい。子どもたちのためにも。妻は大丈夫だと言ったが、本当は娘の私立校の学費は痛かった。家のローンもまだまだ残っている。さらに少し前から実家の仕事がうまくいかなくなっており、彼は妻に内緒で毎月、送金していた。

「兄に話したら、無理するなと言ってくれたけど、『オヤジは年金に入ってなかったし、最近は朝から酒ばかり飲んでるよ。オレも何か違う道を見つけないとなあ』とため息交じりに言っていました。ほんっとにつらかったですね、あのころは」

 彼の言葉に力が入った。膝に置いたこぶしがかすかに震えている。しかも彼はその時期、妻の収入を知ってしまった。それまでお互いに、だいたいの年収しか伝えていなかったのだが、「しばらくはなんとかなるから、じっくり仕事を探して」と妻が言い出し、自分の年収を教えたのだ。彼の前の会社での年収よりずっと多かった。これならオレが働かなくてもやっていけるんじゃないのか、自分はいないほうがいいのではないかとさえ思った。妻は、夫を安心させたかったのだろう。だが彼は自分の存在価値を疑うようになった。

たまたま見つけた看板に

 その後、少しずつ世の中の緊張がほどけてきて、だんだん人にも会えるようになった。妻に甘えるわけにもいかないと、彼は意地になって仕事を探し続けた。

「あるとき疲れて駅近くの広場で缶コーヒーを飲みながらぼんやりしていたんです。目の前にふっと風俗の看板が見えた。電話番号が書いてあったので、なにげなく電話してしまった。そして近くのホテルで女性と待ち合わせしたんです」

 派遣型の風俗だった。風俗は独身時代、1、2回行ったことはあるが興味がもてなかった。それなのにホテルで待ち合わせた女性に、彼は心の中をぶちまけてしまった。女性は親身になって聞いてくれた。性的サービスはいっさいする間もなく、話をしただけで時間がきた。

「また会ってくれるかなと聞いてしまいました。今度はもっと楽しい話をするから、と。僕はその彼女に救われた気がしたんです。実は彼女の前で涙をこぼしてしまった。彼女はずっと僕の背中を撫でたりトントンと優しく触ってくれたりした。最後は頭をぎゅっと胸で抱きしめてくれて。安心したんですよ。子どもに返ったようだった」

 幼くして母を亡くした彼だからこそ、そういう女性の振る舞いに心を揺さぶられたのかもしれない。その後も彼は職探しに疲れると彼女を指名した。

「そしてあるとき、ようやく仕事が決まったんです。学生時代の先輩のツテでした。収入は落ちるけど、もはやそれはどうでもよかった。話を聞いてくれて『ぜひ来てほしい』と言われたとき、がんばってきてよかったと思えました」

制服姿の娘と、中年男が…

 風俗の彼女に知らせようと、繁華街を歩いていると喫茶店に見覚えのある姿を確認した。娘だった。友だちとお茶でもしているのかと見ると、制服姿の娘の前に座っているのは自分と同じような中年男だった。遼平さんの鼓動が早くなった。繁華街とはいえ、じっと立って喫茶店を覗き込んでいるのは周りから見ると妙だろう。だが、このまま通り過ぎるわけにもいかなかった。

「近くの電柱の陰からチラチラみていたら、しばらくして娘がその男の隣に座って手を握っているんです。いくらなんでもじっとはしていられない。飛び出して店に入りました」

 娘の前に立ち、「何をしてるんだ」と言った。娘は急に立ち上がると、鞄をもって走っていく。遼平さんはあとを追った。外へ出て娘を追いかけると、娘はピタリと立ち止まって振り返った。

「何、と娘が立ちはだかっていたので、ちょっとびっくりしました。開き直っているというか居丈高というか。『何をしているのかと聞いたんだ』と言ったら、娘は平然と『パパ活』と言ったんです。いやもう、頭がこんがらがって何も言えなかった。娘はそのまま去っていきました」

 遼平さんもぼんやりと駅に向かった。家に帰り着くと、娘はすでに帰宅していた。「あら、今日はみんな早いのね。私も早めに帰ってきてよかった」と妻は料理を作りながら微笑んだ。勤務先が決まったと妻に言うと、「連絡してくれれば、ケーキでも買ってきたのに」と笑ってくれた。

蘇る学生時代の後悔

 娘は着替えてキッチンに入り、当然のように母親を手伝っている。遼平さんのほうは見ようともしなかった。

 息子はその日、友だちの家で夕食をごちそうになるということだったので3人での食事が始まった。遼平さんはチラチラと娘を見る。娘は目をそらす。だんだん腹が立ってきて、遼平さんは「もうあんな男と会うのはやめなさい」と言った。

「なに、どんな男と妻が聞くので、『街なかの喫茶店で、オレくらいの年齢の男と親しそうにしていたんだ』と言いました。妻はヒッと息をのんで『どういうことなの?』と娘を問い詰めた。『パパ活してるの。お金稼いで学費にあてるから』と娘が挑戦的な口調で言うんです。パパ活って何だ、おまえはあんな男に体を売っているのか、親をバカにするなよと、なぜか僕は異常に激してしまって」

 ただ、言った瞬間、学生時代に恋人を追いつめたことを思い出した。あのときと同じことを言っている。恋人の顔が鮮明に目の前に出てきた。

「すると娘が『体を売るわけないでしょ、何言ってるの。おとうさんこそ、誰かの体を買ってるくせに。何が再就職よ、風俗で遊んでるくせに。おかあさん、もうこんな人と離婚したほうがいいよ』と一気に言ったんです」

「娘に何も言えないわね」

 どうしてバレたのかわからない。あとから娘が妻に語ったところによると、ある日、遼平さんがホテルに入っていくのを娘が目撃したらしい。その数分後、なんとなく素人っぽくない女性がホテルに入っていった。娘はホテルの前のファストフードに入って入り口を監視していた。1時間後、遼平さんと女性がホテルを出てきて左右に分かれた。娘が女性を追っていくと、風俗店に入っていったというわけだ。

「妻には『娘に何も言えないわね』と言われました。僕が風俗へ行くことと、娘がパパ活をすることは全然意味合いが違うと言ったけど、『まあ、彼女は未成年だからね。でも意味合いは違っても、あなたが何を言っても説得力はない』と。それはそうなんですが……。紗織は『私が娘からきちんと聞いて解決するから』と軽く言うんです。女親って、ああいうときにどうして動じないんでしょう。僕はもう、娘がとんでもないことをしているとしか思えないのに……」

 あの子だってバカじゃない、わかってるわよ。妻はそう言った。数日後には「もうやらないって。本当に学費のことを心配していたみたいだから、これ以上、つつかないほうがいいと思う」と報告してきた。

「情けないですね。借金背負って娘を身売りする、だらしない男が出てくる落語みたいじゃないですか」

オアシスなんです

 そのとき妻は、なぜか夫の風俗通いをとがめることはなかった。だがその後、娘のことが解決すると、「そういえばあなたは今後も風俗通いを続けるつもりなの?」と嫌味たっぷりに聞いてきた。

「あれは娘の誤解だよと言いましたが、『娘に罪を着せないで。みっともない』と一蹴されました。実は例の風俗には、今もたまに行っています。彼女がいなくなればやめるけど、彼女に会うとホッとするんですよ。オアシスなんです。このオアシスをとりあげられたら、僕はメンタルが保たないかもしれない」

 妻も娘も強かったが、彼だけが弱さを引きずっているようだ。

 その後、娘は大学に合格し、現在はアルバイトと学業に明け暮れているらしい。だがあのときから遼平さんとはほとんど口をきかない。彼も再就職先での仕事に慣れ、だんだん忙しくなってきている。

「正直言うと、今も店に通っている僕は娘にあわせる顔がない。でも僕にとって必要な場所だからしかたがないという思いもある。今は家族がみんな、自分のことで精一杯になっている。4人で食事をすることもあまりないし、妻も息子の分の夕食は作るけど、それ以外は非常に適当になっている。僕、帰ってきてから自分で食事を作ることもよくありますよ」

 いつでもごはんだけは保温状態になっているので、おかずを買って帰れば食事はできる。ひとりでテーブルにつくことも珍しくなくなった。家族はこうやってバラバラになっていくんだろうと考えている。

「いつか娘と対峙するときがくるかもしれません。娘があのとき、離婚したほうがいいよと行った声が耳にこびりついています。もしかしたら、妻もそう思っているんじゃないかと考えることもある。息子が大学に入ったら、家族の行く末が決まるのかなと思っています」

 この一家は崩壊しつつあるのか、再構築ができるのか。彼自身にも見通しが立たないようだ。それでも淡々と、日常は過ぎていく。

 遼平さんが抱える“弱さ”。それは【前編】で紹介している生育環境、そして大学時代の恋人の「オジサン」事件の影響なのかもしれない――

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部