会話で「知らない」と決して返してはいけない理由
会話の中で「知らない」と言うのは、握手をしようと差し出された手を振り払ってしまう行為と同じです(写真:Ushico/PIXTA)
会話の中で何となく聞いたことがある話題が出たときに「間違ったことを言ってはいけない」と思って「知りません」と返してしまうことはないでしょうか。相手に気をつかいすぎたり、自信がなかったりするとき、ついやってしまいがちです。
ところが、これは望ましい返し方ではありません。齋藤孝さんが40年にわたって続けてきたコミュニケーション講義のエッセンスを紹介した『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』より一部抜粋、再構成してお届けします。
会話で「知らない」は暴力です
コミュニケーションの視点でいうと、これは決してやってはいけないことです。もはや「暴力」と言い換えてもいいかもしれません。なぜなら「あなたとのコミュニケーションを断ち切りたいです」という意思表示だと受け止められるからです。
「知らないからそう言ったのに、何でそれが悪いんだ」と思われるかもしれません。でも、相手とうまくコミュニケーションをとっていこうとするなら、なんでも真っ正直に返せばよいというものではありません。
たとえば、知らなくても「あ、名前は聞いたことがあります」と返してくれれば、相手は「そうそう、その○○なんだけど……」と会話が続けられます。
でも、「知りません」と言われると、あとが続かない。せめて「もしかしたら聞いたことがあるかもしれません」と言えば、相手は内容を説明してくれるでしょう。
返し方としては、ほかにも、
「もしかしたら○○ということですか」
「聞いたことはあるけれど、やったことはないんです」
など、いくらでもありますよね。
相手が接点を求めてきたことに「知らない」と言うのは、握手をしようと差し出された手を振り払ってしまう行為と同じです。もしくは、そこから逃げてしまっている状態です。
欧米のルールであれば、手を差し出されたら握手をします。それが相手との信頼関係をつくる、コミュニケーションの大事な基本です。大事な国際会議など、首脳同士は必ず握手をしていますよね。その場で握手を拒否したら、一体どうなるかを想像してみてください。
「知らない」と言い放つのは、その大事なところを平気で振り払っているように見えるのです。「知らない、興味ない」という無関心は暴力的なのです。
知らない話題を振られたらスマホの出番
せめて、「知らなかったですけど、面白そうですね」と関心を示したいものです。知らない話題を振られたら、そんなときこそ、スマホの出番です。
「それはどんなものですか? ちょっと調べてみますね」とスマホを取り出すのです。
たとえば、あまり詳しくない野球の話題を振られたとしたら、
「野球ってそんなに面白いんですか」
「どちらのファンなんですか?」
「好きな選手はいますか?」
などと聞いて、
「ちょっとスマホで見てみますね」と、その選手について検索してみます。
そして、
「へえ、こんなことが得意な選手なんですね」
「こんな記録を出しているんですね」
と自分で情報を得ながら話をつなぐことができます。相手も自分に合わせてくれたと感じ、悪い気はしないでしょう。コミュニケーションが苦手そうな相手で、それ以外にネタがない、というときも、活用しやすい方法です。
わからないことがあれば、もちろんその場で相手に教えてもらってもよいでしょう。
「それって大体どんな感じですか?」
「何となく聞いたことはあるけど、何でしたっけ?」
「実際、どんなものですか?」
などと聞いて、相手に話してもらいます。
「教えてもらう」ことで自分の話題も広くなる
たとえば私の友人には金融関係の人も多いのですが、「投資って、どうなんですかね? やっぱり危ないんでしょうか? 暗号資産はやらないほうがいいですか?」と聞くと、ある種ゾーンにハマるようで、いろいろと教えてくれます。
特に専門的な知識がある人は、ちょっと振っただけで、たくさんの話をしてくれることもあります。1時間も2時間もそのテーマで話せるような人もいて、感心します(ただし、そこまで不要なときは、上手に切り上げましょう)。
専門分野についての話を振ると、相手は自分が持っている知識を教える喜びがあるし、聞く側は、知らないことを教えてもらって勉強になります。
特に専門的な情報は、川の流れのように、高いところから低いところに流れるものなんですよね。ですから、相手が高みにいるのならば、勉強になると思って聞いてみる。すると、教養の泉がザーッと流れてきます。
学ぶ意識を持つことで、コミュニケーション力は高まり、自分の知識も増えていくのです。
話題の幅は、その人の知識の広さにも関係があります。どんな話題にもついていける人は、知識が豊富な人でもあるのです。そこで手っ取り早くネタを増やす方法を紹介しましょう。
実は「話せないネタ」というのは、単に「食わず嫌い」であることが多いのです。
その「食わず嫌い」を防ぐために、私の授業では、自分の苦手な分野や嫌いなものについて、あえて「ほめる」という練習をしてもらいます。
なかには抵抗する人もいますが、「ほめる」役割になってみると、これが意外とできるものなのです。
そして、実際にほめてみると、不思議と「あれ、嫌いじゃないかも」「へえ、こんな面もあるんだ」という気持ちになります。ほめることで、自分の意識が変わるのです。「嫌だな、苦手だな」と頑(かたく)なになっていた心が、ほめるという行為で「そうでもないかも」「むしろ興味が出た」と緩んでいくんですね。
私も授業で韓国のアーティストについて、学生から教えてもらったことがあります。「へえ」と思ってユーチューブで曲を聴いてみたりすると、「意外といいな」と音楽の趣味が広がることもあります。
専門的な話題も、たった一つのキーワードで話が続く
こうして「食わず嫌い」の分野をなくしていくと、趣味的な話題や、少し専門的な話題を振られたときにも困りません。知っている言葉を使って、
「それって、こういうものですよね」
と返すと、「あ、ご存じなんですね」と会話をつなげることができます。
少し不安があれば、
「よくわからないのですが、これもそうですか?」
と一言返すだけでも、相手は安心して話を続けてくれます。相手も「この話をして相手にわかってもらえるだろうか」と心配しながら話していることがあるのです。
たった1ワード、2ワードでかまいません。「全然知りません」と答えるのと、知っていることを一つでも返すのとでは、その先の展開はだいぶ変わるのです。
(齋藤 孝 : 明治大学教授)