星野リゾート トマム ザ・タワー(写真:星野リゾート公式サイトより引用)

中国企業の豫園商城が、スキーリゾート「星野リゾートトマム」(北海道占冠村)を408億円で売却すると発表した。

「不動産不況で資金繰りが悪化し、非中核事業を切り離した」と説明する報道が多いが、豫園商城は2023年には北海道の別のリゾートを約160億円で取得している。

また豫園商城の親会社である復星国際(Fosun)にとって、リゾート事業は中核中の中核であるため、「非中核事業の切り離し」だとすると整合性が取れない。

同社の決算や売却先の企業を精査していくと、まるで謎解きかのように、星野リゾートトマムを売却するに至った、より複雑な事情が浮かび上がってきた。

9年前に星野トマムを183億円で取得

豫園商城は6月29日、星野リゾートトマムを売却すると発表した。発表資料によると「トマム ザ・タワー」(535室)、「リゾナーレトマム」(192室)、「クラブメッド・北海道トマム」(341室)の3ホテルとスキー場から構成される資産を保有する「新雪」の株式を、不動産投資などを手掛ける合同会社YCH16(東京・港区)に408億3721万円で売却する。


豫園商城は6月29日、星野リゾートトマムの売却を発表(写真:同社資料)

遡ること9年前の2015年に豫園商城は、日本の子会社「新雪」を通じて星野リゾートトマムを183億円で取得。クラブメッド・北海道トマムは2017年に開業した。(東洋経済は星野リゾートがトマムを売却した際に、星野代表に独占取材した:星野リゾートがトマムを中国系に売った理由

この当時、星野リゾートが中国系企業に売却したことは多くの紙面を賑わせたが、そもそも豫園商城がどのような企業なのかはあまり知られていないだろう。

豫園商城は上海を初めて訪れた観光客がほぼ訪れる有名観光スポット「豫園」の管理を祖業とする、1990年に上場した老舗企業だ。現在は「豫園」ブランドを使って事業を多角化しており、売上高の6割超を占める宝飾品販売を中心に飲食、小売り、リゾートなどを展開する。


豫園商城は上海を初めて訪れた観光客がほぼ訪れる有名観光スポット「豫園」の管理を祖業とする(写真: Shin@K / PIXTA)

その豫園商城の親会社が巨大コングロマリット復星国際(Fosun)だ。2002年に豫園商城に出資を始め、直近の資料では間接的に60%超の株式を保有する。

復星国際は2010年代に海外の著名企業を“爆買い”した。世界各国のリゾートでホテルなどの施設を運営する仏クラブメッド(2015年)、高級アパレルの仏ランバン(2018年)、他に欧米の金融・保険企業も多数取得し、医療、保険、旅行、製造など多様な事業を手掛ける巨大コングロマリットとして知られるようになった。

親会社の復星国際は資産売却進める

今回の星野リゾートトマムの売却に関する記事のほとんどが、不動産不況を背景に復星国際が資産売却を進めていたことを紹介している。それ自体は事実である。

中国不動産大手「恒大集団」の債務危機が2021年秋に表面化し、中国では信用不安が他社に広がっていった。復星国際に飛び火したのは2022年6月。アメリカの格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが復星国際の格付けの見直しを始め、段階的に格付けを引き下げた。報道によると今は十分な情報が得られないことを理由に格付けは取り下げられている。

信用不安に見舞われた復星国際は2022年、アサヒグループホールディングスから2017年に取得した青島ビールや製造業・鉱山業子会社の株式などを次々に売却した。現地メディアの報道によると、2022年の資産売却額は30億ドル(約4800億円)を超えた。

大規模な資産切り離しや資金調達が奏功し、2023年に入ると復星国際の業績は回復に転じる。2022年12月期に5億4000万元(約118億円)だった純利益は、2023年12月期に13億7910万元(約303億円)に増えた。

ゼロコロナ政策の終了で旅行市場が急回復したことで、クラブメッドの売上高がコロナ禍前の2019年と比べても18%伸び、中国の海南島のホテルの売上高が過去最高となるなど、リゾート事業も急回復した。

今年も復星国際は欧州の銀行を複数売却するなど、事業売却を続けている。ただし、2022年から「消費ビジネスに集中するため、非中核事業を切り離す」方針は一貫しており、売却している産業は製造業や金融業が中心だ。

では消費ビジネスとは具体的に何か。2024年4月2日、2023年12月期の決算説明会に出席した復星国際の郭広昌会長は、「家庭消費」と「グローバル」をメインセクターに据えると明言した。

特に力を入れているのは、中国人の旅行需要回復を照準にしたリゾートビジネスで、同社は2023年から2025年にかけて、クラブメッドの施設を新たに17カ所オープンする計画を立てている。

豫園商城はキロロリゾートも取得

その1つである「クラブメッド・キロロ グランド」は2023年12月、北海道余市郡赤井川村で開業した。


クラブメッド・キロロ グランド(写真:クラブメッド・キロロ グランド公式サイトより引用)

同ホテルは2022年冬に開業した「クラブメッド・キロロピーク」に続くキロロリゾート2つ目のホテルである。そしてホテルとスキー場から構成されるキロロリゾートの現在を保有するのは、星野リゾートトマム売却を発表した豫園商城なのだ。

豫園商城が同リゾートを約160億円で取得すると発表したのは、2023年2月と最近のことだ。つまり、豫園商城は親会社の復星国際が非中核事業の売却を進めているさなかに、キロロリゾートを取得している。

復星国際と豫園商城の決算資料を分析すると、2023年に入って復星国際の業績が回復した一方、豫園商城は債務危機が顕在化し始めたことがわかる。

同社は2023年前半の業績は堅調だったが後半に入ると失速し、通年の純利益は前年比45%減少し20億2400万元(約445億円)だった。また、今年1〜3月の純利益は前年同期比43%減少し1億8000万元(約39億円)だった。豫園商城は減益の理由を「不動産収益や投資収益の悪化」と説明した。

業績悪化に伴い、債務リスクも増している。豫園商城の今年3月末時点の負債比率は68%。短期負債101億3100万元(約2230億円)を抱えているが、保有現金は91億7100万元(約2000億円)にとどまる。

同社は2023年12月期決算資料で、1年間で資産100億元(約2200億円)を売却したと明かし、今後も負債比率を下げるために非中核プロジェクトから撤退しつつ、資金調達を目指すとしている。2023年は第三者割当増資で最大80億元(約1760億円)を調達する計画を発表したが難航し、2024年5月に取り下げた。

豫園商城の売上高に占めるリゾート事業(実質的にはトマムとキロロ)のシェアはわずか1.6%だが、粗利益率は約68%と全事業で最も高い。

これらの状況から、債務問題が発生し資金調達も頓挫した豫園が、キロロとトマムという2つの非中核事業から「ホテルがすべてクラブメッド」「開業したばかりで復星国際が注力している」「スキー場の営業期間がトマムより1カ月長い」などの要素でキロロの保有を選択し、取得時より価値が大きく上がっているトマムを売却して当座の資金を確保した、という見方ができる。

トマムを売却したYCH16は何者なのか

今回、豫園商城が星野リゾートトマムを売却した合同会社YCH16の“正体”も、取引の謎の一つだ。豫園商城が星野リゾートトマムを取得したときも、その直前に日本に設立した「新雪」を介している。今回も受け皿となることを目的に設立されたと考えられる。

売り手である豫園商城が同じ北海道にあるキロロを昨年取得した背景や、YCH16に関する情報は謎に包まれている。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)