日本に生息するコウモリは約35種が知られている(写真:303/PIXTA)

海獣学者・獣医として海陸両方のさまざまな哺乳類に触れ、解剖学の知識をもつ田島木綿子氏。

そんな田島氏の新著『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』には、動物たちの交尾の驚くべき工夫、妊娠・出産の不思議など、あまり明るみに出ないけれど実はとても面白い、繁殖・生殖の話が多く掲載されています。

同書より一部を抜粋し、3回にわたってお届けします。

第2回は人間とコウモリの意外な共通点についてです。

人間と同じタイプの子宮をもつサル

日本では、サルといえばニホンザルの知名度が群を抜いて高い。サル目は霊長目とも呼ばれ、チンパンジーや森の人と呼ばれるオランウータン、ゴリラなどの類人猿のほか、私たち人間も霊長目である。霊長目のメスも、体内に子宮や胎盤をもち、子どもを育てる。

人間以外のサル目の多くは、主に熱帯から亜熱帯に生息する。ニホンザルのように雪の降る寒い地で暮らしている種は、じつはとても珍しい。生息地として有名な青森県下北半島は、サル目の生息域の北限にあたるため、ニホンザルの生態を解明することは、世界的にも重要なポイントとなっている。

サル目の生活様式は、種によってさまざまである。ニホンザルを含む多くのサルは複数のオスとメスで1つの群れをつくって暮らす。その他では、オランウータンのように母子以外は基本的に単独で行動する種や、ゴリラのように一夫多妻で群れをつくる種、一夫一妻様式で生活するテナガザルのような種も存在する。

また、チンパンジーは、ニホンザルと同様に基本的に複数のオスとメスで群れをつくるが、数頭または単独で行動する時間も長い。これはエサの奪い合いを防ぐためと考えられている。

サル目に共通する体の構造は、左右の目が顔の正面に位置していること、手足の指がそれぞれ5本あって親指との距離があること、脳がとても発達していることなどが挙げられる。目が顔の正面にあると身体の向きと連動して遠近感をとらえやすく、指を使ってモノをつかむときにも有利となる。さらに、3つの色を識別できる種も存在し、繁殖行動でも大いに活かされている。

そしてサル目のメスの子宮は「単一子宮」と呼ばれるタイプである。

受精卵(胚)の育つ「子宮」は、平滑筋と粘膜で構成され、哺乳類(カンガルーなどの有袋類を含む)の子宮は、構造や形態の違いによって次の5つに大別される。


(イラスト:芦野公平)

1 単一子宮(霊長類、翼手類など)
2 双角子宮(有蹄類、食肉類、小型反芻類、鰭脚類など)
3 両分子宮(鯨類、大型反芻類など)
4 重複子宮(齧歯類、ウサギ、ゾウ、アリクイなど)
5 重複子宮で重複膣をもつ(有袋類など)

サル目がもつ単一子宮は、図のように胎児の成長する場所は1カ所で、他の動物のように子宮角や子宮体といった区別がない最も単純な構造である。一度の出産で1頭の子どもを産む動物に多い。

もちろん、必ずしも1頭しか生まないというわけではなく、人間も然りだが、双子やそれ以上の複数頭が生まれることもある。

空を飛ぶ哺乳類「コウモリ」

同じ単一子宮をもつ動物として、コウモリが挙げられる。コウモリは自由自在に空を飛ぶことから、海に生きる哺乳類同様、一見して哺乳類とはかけ離れた印象をもつ。

コウモリは鳥のように羽毛で構成された翼をもつわけではなく、前足に皮膚を変化させた「皮膜(飛膜)」を張り巡らして飛ぶことを可能にした。子宮をもつという特徴からしても、れっきとした哺乳類であり、正確には「哺乳綱翼手目」に分類される。

ちなみに、同じ哺乳類のムササビやモモンガにもこの皮膜(飛膜)があるが、こちらは自ら飛翔するのではなく、風の抵抗を利用して滑空する。

日本に生息するコウモリは約35種が知られており、超音波を利用したエコロケーション(反響定位)を使って周囲の状況を把握し、エサを探す。夕方になると、公園や軒下を盛んに飛び回る黒い物体を目撃したことのある方も少なくないであろう。

幼い頃、初めてその光景を見た私はひどく怯えた。飛ぶといえば鳥の特権であり、鳥は多くの童謡で歌われているように、日暮れになると山や巣に帰る。それは暗くなると目が見えにくくなるから、というのが幼い頃の私の知識であった。

鳥と同様、日暮れギリギリまで公園で遊ぶのが私の常であった。夕方になり、ああ、鳥さんもお家に帰るのだから私もそろそろ……と帰りかけるころに、やけに活発に飛び回っている動物がいるではないか。当時、ドラキュラという存在が怖くてたまらなかった私は、ドラキュラと共にいつも登場するこの不気味なコウモリを見てひどく怯えたものだった。

コウモリ類への親近感

一方、コウモリは、日本や台湾などでは益獣として重宝されたり、幸運の象徴として親しまれてきた歴史もある。実際に、私が台湾の南西に位置する第2の都市・台南市を調査で訪れた時、コウモリをモチーフにした家紋やお札があちこちの家の軒先に祀られていた。聞くところによると、家を守ってくれる神様として崇められているそうだ。

また、コウモリの顔つきはブチャ可愛い種が多く、不気味なイメージというよりは、イラスト化されたりマスコットになったりする例も多く、一部の人には絶大な人気がある。

エコロケーションといえば、海に棲むハクジラ類も行っている。それもあって大人になった現在では、怖がっていた過去もなんのその、それだけでコウモリ類に親近感を覚えるようになっている。


ただし、コウモリ類のエコロケーションは、私たち人間と同じ声帯(声門)から超音波を発しているのに対し、ハクジラ類は、鼻の奥にある鼻声門を活用しているところが違う。

サル目と翼手目が、なぜ同じタイプの子宮を選択しているのかについては、進化の過程でそれぞれが獲得した形質であり明快な解釈は難しい。

単一子宮は、5種類の子宮の中でも最も単純な構造であり、基本的に1頭の子どもを子宮内で成長させる戦略が共通している。

単純と聞くと、工夫や戦略がない印象をもたれるかもしれないが、逆に単純であるからこそ長年にわたって維持できていると捉えることもできる。

私たちと同じ子宮をもつコウモリ類に対し、幼い頃の怖い思い出は瞬く間に払拭され、ますますコウモリ類に親近感を覚えるようになっている今日この頃である。

(田島 木綿子 : 獣医師、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹、筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授、日本獣医生命科学大学獣医学部客員教授、博士(獣医学))