BNPLとは英語「Buy Now, Pay Later」の頭文字をとった造語で、「後払い」サービスを指す(記者撮影)

「BNPL事業者は多額のお金を投資していながら、まったく儲かっていない」

ある決済事業会社の関係者がこう漏らすように、後払いサービス「BNPL」事業者の収益性をめぐる厳しい状況が明らかになりつつある。

日本でBNPLが一躍有名になったのは3年前の2021年。アメリカの大手決済会社のペイパルが、日本でBNPL事業を展開するPaidy(ペイディ)を3000億円で買収したことが発端だった。海外企業による日本企業の買収額として、当時の最高額だったことでも話題を集めた。

「実ビジネス」とは異なる売り上げ

「決算書を見ると黒字だが、これが本当の姿なのだろうか」。決済ビジネスに精通する有識者は、ペイディが公表する決算書をにらみながら話す。

決算書によると、2023年12月期の純利益は5億6100万円の黒字。営業収益(売上高)は約257億円で、営業利益は約6億円の黒字だった。

ペイディの杉江陸社長を取材した。決算について尋ねると、「そこ(決算書)にある売り上げは必ずしもわれわれが『本当の売り上げ』と認識しているものではない。いわゆる実ビジネスの売り上げと、そこに出ている売り上げが100%リンクしているとは限らない」と言う。

実はペイディの営業収益には、親会社ペイパルからの「支援」が含まれている。決算書の数字だけではビジネスの真の実態をうかがうことはできない。

ペイパルは「ディストリビューション・サービス・アグリーメント」と「システム・デベロップメント・アグリーメント」という2つの契約の基、ペイディに営業面やシステム面での支援を行っている。ペイパルからのこうした支援が営業収益に含まれているようだ。

決算書では2023年12月期の営業収益が前年度比で1.5倍になった。大幅な増収によって251億円の営業費用を吸収し黒字化した格好だ。しかし支援を除いた「実ビジネス」の売り上げをベースにすると、数十億円の赤字になっているとみられる。

資金調達や加盟店への保証も支援

営業費用の低減という点でもペイパルによる支援効果は絶大だ。

ペイディは2023年12月末時点で1400億円もの借入金がある。これはペイディが銀行や資本市場から直接調達したものではない。ペイパルからの貸し出しだ。

ペイパルはこの資金を2つの手段で調達している。1つは、みずほ銀行をアレンジャーとするアメリカでのシンジケートローン(協調融資)、もう1つは2023年に発行したサムライ債(円建て債券)だ。

ペイパルはここで調達した資金を0.5%といった超低金利でペイディに融通している。ペイディは自ら直接調達するよりも大幅に金融コストを抑えられている。

ペイディの後払いを導入している加盟店に対しては、売上金の「100%入金保証」を謳っているが、保証を最終的に行うのもペイパルだ。無償で提供している。

これからペイディが成長していくうえで強大な親会社であるペイパルの存在が大きいのは事実。ただ現状は強く依存することでBNPLサービスを提供しているのが実態だ。

前出の有識者は「ペイパルがこのままペイディを持っていても買収資金の3000億円に見合うまでスケールさせることは難しい」と見通す。一方、「売却するにしても現在の企業価値に照らして大きなロスが出る」とし、「収益を高めなければ八方塞がりになりかねない」と指摘する。

BNPLのビジネスモデルをめぐっては、以前から海外を中心に収益性の低さが指摘されてきた。国際決済銀行(BIS)は昨年12月に公表したリポートで次のように指摘している。

「主要BNPL事業者は収益性の課題に直面している。2018年以降、とりわけマーケティングや管理・技術費用などの高い営業経費が事業者の黒字化を妨げている。さらに貸倒損失の増加と(中略)競争激化により、2021年から2022年にかけてのBNPL事業者の資産収益率(ROA)は著しく低下している」

BNPL事業者にとって主な収益源となっているのは加盟店からの「手数料」だ。

クレジットカードと異なり、利用者から手数料や利息を徴収しない一方、加盟店からクレジットカードより若干高めの手数料を受け取る。だが、BISの指摘のとおり、先行投資や貸倒費用がかさんでいるのが現状だ。


海外事業者と国内事業者の相違点

収益性の課題を認識されたことにより、BNPL事業者に向けられる評価も変わった。

ソフトバンクグループが出資するスウェーデンのBNPL事業者クラーナは2021年の資金調達時で企業価値が456億ドルだったが、翌2022年には67億ドルにまで下落。それまでの高い期待とは一転した。

収益性に改善の兆しは見られる。クラーナの2023年の営業損失は約480億円(32億スウェーデンクローナ)となり、前年から約7割縮小。直近2024年1〜3月の営業損失も約39億円(2.6億スウェーデンクローナ)と前年同期比約8割の縮小となっている。

アメリカのBNPL事業者アファームも1〜3月の営業損失が1.6億ドル(約255億円)と前年同期比で5割近く縮小した。

だが、両社とも依然として大規模な赤字体質であることに変わりはない。

むしろ強く懸念されるのは国内勢の行方だ。そもそも日本と海外ではBNPL市場の様相が大きく異なっている。事業者の収益性の低さは国内外で共通だが、BNPLの利用ニーズに関しては大きな差があると考えられる。

というのも、クレジットカード利用でリボ払いが普及している海外では、「利息負担のあるクレジットカード」と「利息負担のないBNPL」の比較で、BNPLを利用するニーズが消費者に生まれる。

これに対し日本では、1回払いの「利息負担のないクレジットカード」が一般的。クレジットカードと比較した際のBNPLの利用ニーズは極めて弱い。

収益性の低さを背景に、国内では撤退や軌道修正を図る動きも目立つ。

信販大手のジャックスは、子会社が9年にわたって提供していたBNPLサービス「アトディーネ」を2023年9月に終了した。採算悪化と今後の規制強化の動きなどをにらみ、事業の継続は困難と判断した。

消費者金融大手のアイフルも、2020年6月から「ミライバライ」というBNPLサービスを手掛けている。だが、貸し倒れが想定以上に膨らみ、サービスを提供する子会社は発足から3期連続で営業赤字。一度も黒字を確保できないまま、事業強化を図る目的で今年1月に別の子会社に吸収合併させた。

カギは貸し倒れ抑制とオフライン決済

こうした中、打開策を模索する動きも見られる。「NP後払い」や「atone(アトネ)」を提供するネットプロテクションズ。持ち株会社は東証プライム市場に上場する企業だが、直近2年は営業赤字が続く。

広報責任者は、「利用者の未払い率は低下しているが加盟店開拓やシステム管理のための人員増で費用が重くなっていた」と話す。株価も上場した2021年から下落が続き、現在は上場直後の最高値からおよそ10分の1の水準で推移している。

同社は延滞事務手数料の徴収を開始することで貸し倒れを減らし、2025年3月期は第2四半期(7〜9月)から黒字化を図る考えだ。そのほか月額制でポイント還元率の高い新サービス「atoneプラス」を今冬に開始する予定で、さらなる利用者の開拓に乗り出す。

今年2月からBNPLサービス「アトカラ」を提供している三井住友カードも突破口を見いだそうとしている一社だ。GMOペイメントゲートウェイ、GMOペイメントサービスと提携してサービスを開始した。

ほとんどのBNPLサービスはECでの利用に限られる。それに対してアトカラは、ECに限らず三井住友カードの決済端末stera(ステラ)があるリアル店舗でも利用できる。すでに数多くの店舗に置かれたsteraを活用することで加盟店開拓費用を低減し、各社の与信ノウハウを持ち寄ることで貸し倒れの抑制を図る戦略だ。

リアル店舗のオフライン決済市場はBNPLの開拓余地が大きく、ECよりも貸し倒れが生じづらい。アイフルのミライバライも今後の事業強化の中心はオフライン決済だ。ペイディも「貸倒率は年々下がっている」といい、収益拡大に向けてオフライン決済の強化を視野に入れる。

収益性に苦しむ事業者が後を絶たない中、BNPLは利益を生み出すビジネスモデルへと転換できるのか。各社の次の一手が問われている。

注意が必要な「分割払いのBNPL」

分割払いのBNPLは、日本で割賦販売法の対象となっており、事業者は信用情報機関に信用情報を提供する義務がある。しかし利用者には積極的にそのことを伝えていない。そのため分割払いのBNPLの支払いが滞納した場合、将来的にクレジットカードの発行や利用ができなくなるおそれがある。安易な利用には注意が必要だ。

(北山 桂 : 東洋経済 記者)
(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)