《“悪質カスハラ”の実態》美容室や歯科医院のHPで女性従業員の顔写真を見て“指名”男性客「至近距離で息を吹きかけ」「シャワーは別スタッフに交代で激昂」

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 顧客による理不尽で著しい迷惑行為を「カスタマーハラスメント」という和製英語で呼ぶようになったのは、2018年頃のこと。2022年には厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、社会に広く、予防と対策をたてて根絶すべき問題だと共有されるようになった。ところが現実には、客であることに便乗した迷惑行為は続いている。ライターの宮添優氏が、顧客サービスのために掲載しているHPをきっかけに続くカスハラについてレポートする。

【写真】歯科医での治療は顔が患者に近づき…とにかく距離が近い

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 顧客による従業員へのカスハラ(カスタマーハラスメント)やセクハラ、ストーカー被害を未然に防止するという観点から、コンビニやファミレスなどの従業員の「名札」を廃止したり、フルネーム表記を取りやめる動きがジワジワと広がりつつある。

 筆者も以前、スーパーマーケットやファミリーレストランで、着用していたフルネームの名札をきっかけに、SNSで顧客から友人申請が来たり、ストーカー被害に遭った女性従業員たちが苦悩する実態について取材をした。その後、前述のように名札のあり方が見直され、カスハラ被害に一定の効果はあげた。だが、名札をきっかにしたカスハラは分かりやすい一例だったにすぎず、被害全体からみればごく一部でしかなく、働く女性たちに対するハラスメントは変わらず続いている。

若手に交代したら激昂する男性客

「女性のお客様が9割なので、そもそも男性の予約自体が珍しい。最近では、男性からの予約、というだけで体がこわばってしまう」

 自らの被害をこう訴えるのは、東京都渋谷区内の美容室オーナー・Aさん(30代)。美容室の予約サイトを見ても、予約が2ヶ月先まで埋まっているような人気店で、コメント欄を覗くと特に女性客からの支持が厚いことが窺える。一体何が起きているというのか。

「1割の男性のお客様は、紹介とか、美容師の個人的なつながりで来店される方がほとんど。ですが、この2〜3年で、紹介などではない新規の男性のお客様からの予約がポツポツ入るようになりました。正直、女性をターゲットにしたお店ですし、男性がいらっしゃらないことを前提としていましたが、予約があれば断らないようにしていたのです。ただ、新規の男性客の中には、HPなどで女性美容師の写真を見てやってきて、セクハラまがいのことをする方がいらっしゃいます」(Aさん)

 例えば、軽いものだと「彼氏はいるのか」「今度飲みに行こう」と個人的なことを話しかけるといった具合で、ここまでならまだ「我慢ができる」とAさんはいう。しかし、いくら美容室というオープンな空間であれ、美容師と客は基本的に一対一だ。他の従業員や客に悟られないよう、悪質客はあの手この手で美容師を困らせるという。

「シャンプーの時、お店では若いスタッフにチェンジするんですが、それに激昂した男性のお客様がいました。俺は美容師を指名しているんだ、と。ただ、その指名された女性美容師に聞けば、体を寄せられたり、至近距離で話して息を吹きかけられたから、シャンプーどころか、指名も拒否してほしいというんです。でも、美容室で顧客の予約を拒否するというのは、聞いたことがありません。

 HPから美容師の写真を削除しようとも考えましたが、急に消すのも不自然ですし、元々美容師やスタッフの写真を掲載しているのは、お客様に安心してもらうため。このような行為に及ぶ男性客は何人かいるのですが、彼ら全員がHPで顔写真付きで紹介した女性美容師を指名する。不在とか休みとか嘘を言っても、後からバレたら怖いと、結局拒否すらできないんです」(Aさん)

 こうした客による被害は、Aさんの店だけにとどまらない。別々の店舗で働く10名ほどの女性美容師に話を聞くと、全員が多かれ少なかれ、こうした「避けようがない」セクハラやパワハラ、カスハラに疲弊している実態が浮かび上がってくる。

顔写真掲載中止を求めると「それなら辞める?」

 美容師のように客にマンツーマンで対応しなければならない業種では、やはり大なり小なり、同様の悩みを抱えているという話が次々に飛び出してくるようだ。千葉県在住の歯科医・Bさん(20代)は、退職まで考えたという自身が受けた被害を振り返る。

「複数人の歯科医師がシフト制で勤務している歯科に勤めていて、HPで私を含む所属の女性歯科医が数名、顔写真付きで紹介されるようになったのは2年ほど前。それから、顔写真付きの女性歯科医ばかりを狙って予約し、セクハラをしてくる男性患者が、複数名くるようになりました。相手は患者さんですから、体を触られたり、交際関係について聞かれても、そこは医師として毅然とした態度を取ってきました。でも、あまりにも悪質で、あからさまなセクハラに遭遇すると、当事者は恐怖心もあって厳しい対応するのが難しい。本当は警察に捕まえてほしいほどですが、一応私たちも接客業ということで、我慢するしかない」(Bさん)

 特にBさんが在籍する歯科では、数年前に患者とのトラブルにより、ネット上の「口コミ」に低評価が相次いでつけられる、という苦い経験があった。その影響もあるのか、患者とのトラブルをなるべく減らそう、表沙汰にしないという雰囲気が根強い。トラブルがないことをアピールしたい気持ちがあるからか、在籍する歯科医の情報を、写真を含め公開して開放的で患者が来院しやすい歯科にする、というのがオーナー院長の意向だ。

 院長は患者とのトラブルがないことを強調したいからか、何を言っても「あなたの思い込みではないのか」と言いがちで、明らかなセクハラ被害を訴え出ても「それでまたクチコミが荒れたら責任取ってくれるの?」と受け止めようとしない。被害を受ける女性歯科医、女性歯科衛生士にオーナー院長が寄り添う兆しは一切感じられないという。

「別に、外見を売りにしているわけでもありません。なので、写真を使わないでほしいと言っても”それなら辞める?”と言われるばかり。ハラスメントとはまったく関係ないはずの一般の患者さんまで怪しく見えてきてしまい、精神的に病んで辞めてしまった女性歯科医や歯科衛生士は何人もいる。それでもオーナー院長は対策を取らない。私だって、他に行けるところがあればすぐに勤務先を変えたい、でも、そんなに簡単に転籍はできません。患者さんからのセクハラに耐えるしかないんです」(Bさん)

 他にも、不動産情報サイトに「顔出し」している不動産会社の女性社員や、中古車販売会社の女性社員も、やはり同様の被害に遭っていた。だが、こうした業界ではこの手のセクハラやカスハラはもはや「日常」とされ、あえて訴え出るまでもない、などと被害女性たちは言う。その実態には驚くほかないし、過酷な現実に愕然とさせられた。

「正直、防ぎようがない」

 我々が気付かないだけで、密室や、密室に近い空間では、あまりにも多くのセクハラやカスハラが横行しており、被害者自身が、その被害を訴え出ることすら逆に「仕事に支障が出る」と思い込まされている状況が、ありとあらゆる場所で発生している。もちろん、これら被害の多くは女性が受けているわけだが、中には、男性が被害者になる例もある。神奈川県内にある、大型ショッピング施設内のアパレル店店長・Cさん(30代)がため息をつく。

「夫や孫のためにといって毎回来店し、一度も購入されない。若いイケメンの男性店員に接客されたいらしく、単に話したいから来店を繰り返される女性客がいます。こちらとしてはお客さんですから、どうやっても拒否できません。問題の女性客が来ても、目当ての従業員がいないとなれば、次の出勤日はいつかと問われます。一度の来店で、何時間も店に居座られ、当初は”服をたくさん買うからお昼ご飯付き合って”とまで言われたそうです。流石に、本社にも相談しました」(Cさん)

 ところが、相談した本社の担当者から驚愕の事実を告げられ、Cさんは全身から力が抜けたような気持ちに追い込まれた。

「迷惑な女性客のことを伝えると、実は系列店でも、同じ女性客が迷惑行動に及んでいました。なぜうちの系列が、と疑問に思いましたが、原因は、我が社の系列ショップでは男性スタッフの顔写真をHPで公開していたからのようです。例の女性客は、HPを見て、次々にターゲットを変えて系列店の別の店舗へと来店している。さらに、系列会社のカフェにもやってきて、若い男性従業員につきまとっていたようで、社内でも一斉に”注意喚起”がなされたほど。うちの店で相手にしなくなって以降は、施設内の別の店舗に入り浸り、施設側が一斉に店舗に注意をうながすビラを配りました。正直、防ぎようがないんです」(Bさん)

「カスハラ」という言葉が注目され、かつて言われた「お客様は神様」の誤用から始まった接客の心得について、無理してまで続けることへの疑問が広がった。その結果、現代では「そこまで考える必要はない」し、カスハラ客には毅然とした対応をとってしかるべし、という空気が醸成されつつある。だがその一方で、客離れを怖れて顧客優位の関係性を運営側はまだ維持せざるを得ず、そのためにセクハラやカスハラを甘んじなければならない立場の人は、サービス業に従事しているかに関わらず、相当数いる模様だ。

「声を出せる現場」の環境だけが改善されればよい、というわけではない。立場上、そして業態の仕組み上、なかなか声を上げられない現場もある、ということは、セクハラやカスハラが問題視されやすい現代において、もっと広く周知されるべき「次の問題」であるに違いない。