渡邉美樹氏との対談はシンガポールのロジャーズ氏の自宅で行われた(写真:Luxpho〈Takao Hara〉)

シンガポール在住、ファイナンシャルプランナーの花輪陽子です。

「世界三大投資家」の1人と言われるジム・ロジャーズ氏と、飲食チェーン大手・ワタミの会長兼社長である渡邉美樹氏との対談本『大暴落 -金融バブル崩壊と日本破綻のシナリオ』(プレジデント社)が出ました。最新のロジャーズ氏への追加取材も含め、今回から「50年ぶりの円安が意味するもの」「日本人の資産防衛法」「インフレと世界経済の行方」について掘り下げていきます。

円安は当然、むしろ遅すぎたくらいだ」

少し前のことになりますが、4月29日の外国為替市場ではドルが対円で一時1ドル=160円台を突破、1990年4月以来34年ぶりのドル高円安水準をつけました。他通貨との為替の動きや物価の変動などを考慮に入れた「実質実効レート」では実に50年ぶりの円安になっていると聞いて、驚いている人も多いと思います。

ロジャーズ氏はすでに東洋経済オンラインの約1年半前のコラム『日本は英国のように没落する』で、「今のままでは1ドル=175円もありうる」と述べていました。ついにその言葉が現実味を帯び、目が覚めた日本の方も多かったのではないでしょうか。

財務省は5月末になって、直近に実施した為替介入の金額(4月26日〜5月29日)がなんと9兆7885億円だったと発表しました。もちろん、政府の外貨準備のうちのすべてを為替介入に使えるわけではありません。政府が介入できる残りの実弾も限られています。

ロジャーズ氏は円安についてこう言います。「2022年3月以降、急激に円安が進みましたが、私は、ここまで円安が起こらなかったことに対して、むしろ驚いているほどです。私はもっと早く円安が起こると予測していました。なぜなら、日本は何十年にもわたって、巨額な借金を積み重ねてきたからです。にもかかわらず、今になってようやく円安になった理由は、日本人の国民性が関係していると思っています」。

どういうことでしょうか。「結局、これまで日本国民は、政府が(ドルなどの他国の通貨ではなく)『日本円を買いなさい(持っていなさい)』と言えば『はい、そうします』と従ってきたわけです。この従順さが、円安になるのを遅らせた原因の1つだと考えています。

今や、円の価値は約50年ぶりの低水準になっています。では、50年前の日本はどんな国だったでしょうか。

ロジャーズ氏は言います。「今とはまったく違う国でした。出生率も現在より高かったですし、国としてはもっともっと発展していました。今は借金が大きく増えたうえに、出生率が減っています。そう考えると、さらに円安になるのは明らかではないでしょうか。40〜50年前の1970〜80年には、円の相場は1ドル=175〜200円でした。同じ水準まで円安が進むことは大いにありえます。今は当時よりも人口動態が悪く老齢化も進み、借金も多いので、今回は50年前よりさらに円安に動く可能性も十分あります」

ロジャーズ氏は、歴史的に異常な低金利を継続させているのは日本のファンダメンタルズ(基礎的条件)が非常に悪いからで、円高になる要因は今のところほとんど見当たらないと言います。

一時的には円高になる可能性がないわけではありません。しかし、例えば11月5日に行われるアメリカの大統領選挙で何らかのサプライズが起きて、新たに就任する大統領がドル安を引き起こすような政策でも取らない限り、難しいと言います。しかも、もしあってもそれはあくまで一時的な反動であって、日本や世界経済を根本的によくするわけではないと言います。

このままだと「1ドル=360円」まで円安が進む?

ワタミ渡邉美樹氏も、為替レートについては次のような意見を述べています。「日本でバブルが崩壊して以降の約30年で、日銀がお金を印刷した量をアメリカと比較すると、日本は実質的に6倍になっています。当時の為替相場は1ドル=100円程度でしたから、ほかの要因をすべて除いて極端な話をすれば、今は『1ドル=600円になってもおかしくはない』。

渡邉氏は続けます。「日本は約30年前にバブルが崩壊して、そこから経済成長をしなくなったのですが、それでもお金の使い方を変えませんでした。日本は戦後ずっと同じようなお金の使い方をしてきたのです。それどころか少子高齢化が進んだため、それを解決するために、より多くのお金を印刷してきました。政治家は特別に『たくさんのお金を刷ろう』と考えたわけではありません。経済成長していないにもかかわらず、何も考えずに今までと同じサービスを続けてきた結果、お金の量が莫大になってしまったのです。それが今の日本の実態です」。

「そう考えると、円安は少なくとも以前の1ドル=360円まで戻るだろうというのが私の考え方です。円安にはメリットとデメリットがありますが、基本的に通貨の強さは国力そのものですから、日本にとっては円高が必要だと思います」

ロジャーズ氏もこの6倍という数字は非常に重要で、日本人だけではなく、世界の多くの人が知るべきだと強調します。

日本銀行は4月にマイナス金利の解除に踏み切りましたが、仮に世界の標準的な金利が3%前後だとしたら、日本では今もなお歴史的に異常な低金利政策が続いています。ロジャーズ氏は、少子化と増大し続ける債務問題という問題の根っこを解決させないまま先送りし続けていると、いずれ市場が主導権を取り、制裁を与えると言います。

確かに、今は政府には豊富な外貨準備高があります。しかし、為替介入円安の速度を緩やかにさせる時間稼ぎの効果くらいしかなく、「投げる球」(原資)が少なくなれば、その効果も限定されます。

ロジャーズ氏は、為替市場はわれわれの暮らしに何が起きているのかを示すわかりやすい指標の1つとして非常に価値があると言います。また、お金をたくさん刷れば、必ずインフレになって、通貨の価値が下がると何度も強調します。実際に2023年の日本のインフレ率は3.2%台になっており、不動産や株高の恩恵を受けない国民の生活は厳しさを増しています。

余力がある間に、外貨を稼ぐ手段を真剣に考えるべき

円安は悪いことばかりではありません。円安で儲かる企業もあるからです。短期的には日本に恩恵をもたらし、株価も一時的に上がるでしょう。しかし、長期的に見ると、プラスにはなりません。これまで自国の通貨を安くして成功した国を見たことはありません。今後も円安が続くなら私はみなさんに『早く国を出なさい』と伝えなければなりません」


ロジャーズ氏は家族でシンガポールに住んでいます。筆者も9年間シンガポールで生活をしていますが、移住してきたときの為替レートと比べると、シンガポールドルが円に対して約1.5倍になりました。逆に言えば、1万円でほぼ120シンガポールドル受け取れたのが、今は80シンガポールドルしか受け取れなくなりました。金(GOLD)も含め、ほとんどすべての通貨に対して日本円は急激に弱くなってしまっています。

今、海外在住の日本人は、日々円の目減りに悩まされており、四苦八苦しながら現地通貨を稼ぐ手段を考えたり、円の目減り分以上に収入を増やそうと努力しています。

しかし、逆に言えば、その苦労のお陰で、海外旅行に行って円安でびっくり仰天ということもなく、日々自らに負荷をかけながらビジネスを継続させています。ワタミも海外事業を拡大中で、シンガポールの店舗は現地の方々でたいへん賑わっています。多くの企業も個人も、余力がある間に、外貨を稼ぐ手段を真剣に考えるべきでしょう。

日本は今後もエネルギーなどを輸入する必要があり、円安はやはりよいとは言えません。日本の株式や不動産は円ベースでは上昇しているかもしれませんが、対米ドルや対GOLDではどうかなど、さまざまな比較基準で円の立ち位置を考え直すべきでしょう。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(花輪 陽子 : ファイナンシャルプランナー)