〈ハラスメントの代償〉女生徒に30秒間ベッドでキスして懲戒免職の教師が退職金支払いを教育委員会に求めるも完敗した“明白”な理由

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セクハラ・パワハラなどを行なった結果、退職に追い込まれるケースが後を絶たない。当該行為をなした者が自ら退職依頼することもあるが、会社側が解雇するケースも存在する。その際に退職金はどうなるのか、労働争議に詳しい弁護士の林孝匡氏に解説してもらった。

【写真】明確にセクシャルハラスメントにあたる行為とは

一般的に会社が社員を解雇した場合でも、退職金が支払われないわけではない。退職金規定に記載のある勤続年数などの要件を満たせば基本的には退職金が支給される。

退職金が支払われなくなるのは、日本の裁判においては非常に悪質な行為があった場合、正確には「勤続の功を抹消ないし減殺(げんさい)してしまうほどの著しく正義に反する」場合に限定されている。

では、どれほど悪質な行為をはたらけば、退職金が全く支給されなくなってしまうのだろうか?
2023年に、高校教師が女子生徒にわいせつ行為をしたことを理由に、退職金1914万円を受け取ることができなかった実際の事件(山形県・県教委事件:山形地裁 R5.11.7)を通じて、退職金の性質を解説する。
 

事件の当事者は2名、加害者である男性の高校教師は勤続34年で、当時は野球部の顧問だった(以下「X先生」)。わいせつ被害にあった女子生徒は野球部のマネージャーで当時高校3年生。

事件は、甲子園山形県大会の前日に起きた。

わいせつ行為の「具体的態様」 

判決に書かれていた、わいせつ行為の具体的態様は以下のとおりである。

判決文より引用

〈令和4年7月9日、翌日行われる甲子園山形県大会の試合のため、鶴岡市内のホテルに野球部員とともに宿泊した際に、3年生の女子マネージャーを自らの好意を伝える目的で自室に呼び出し、肩を揉ませ、そのあと同生徒の肩を揉んだ後、後ろから抱き寄せ、振り向かせて、生徒が望んでいると勝手に解釈して唇に数秒間キスし、さらにそのあと膝の上に生徒を乗せ、ベッドに横にし、上から覆いかぶさるように約30秒間、再度、唇にキスをした。

当該の女子生徒は、被害を受けた後X先生から「一緒にいたい」と言われたが拒否し部屋を出た。〉

その後、ほかの野球部員に迷惑をかけたくないとの思いから、県大会が終わるまで高校や両親には打ち明けていなかった。だが県大会終了後に高校と両親に相談し、ことが明るみに出たのである。

女子生徒は高校から事情を聞かれたときに、「いま冷静に考えても気持ち悪いと思います。奥さんも息子さんも娘さんもいるのに最低だと思います。謝罪はしてもらわなくてもいいです」と述べている。

懲戒免職・退職金不支給処分 

令和4年10月3日、教育委員会はX先生を懲戒免職処分とした。と同時に「退職金を支給しない」との処分も下したのである。1914万5062円の退職金がゼロ、というX先生にとっては絶望的な処分だ。

X先生は退職金不支給処分の取り消しを求めて訴訟を提起した。だが裁判所の判断は「退職金不支給は妥当」と判断。
理由は概ね以下のとおりであった。

・本件非違行為(ひいこうい)は身勝手かつ悪質である

・X先生の行為が女子生徒の心身に与えた悪影響は無視できない。

・教育委員会の指導に反して、女子生徒とSNSでプライベートなやりとりをしたり、お互いの体をマッサージしたことをきっかけに、女子生徒に一方的に好意を抱くようになって、本件非違行為に至ったものであるから、X先生に超過勤務※による精神的疲労があったとしても、本件非違行為に至る経緯についてX先生に有利に斟酌(しんしゃく)すべき点はない。

・本件非違行為当時、X先生は教務主任という重要な職責を担っていたことや、本件非違行為が野球部が大会に出場するためのホテルに宿泊した際に行われたものであることからすると、本件非違行為は、高校における公務の遂行に著しい影響を与えるとともに、学校教育に係る公務に対する県民の信頼を著しく損なうものである

※ X先生のR3.4~R4.7の超過勤務時間は1ヶ月あたり約94時間
  事件の前月、R4.6の超過勤務時間は147時間15分だった

裁判所は以上のような理由を挙げ、退職金を支給しないことが社会通念上著しく妥当性を欠いているとはいえないと判断。X先生の訴えは退けられ、退職金が支払われることはなかった。

不支給は認めないとされた例も

公務員と民間企業では事情が異なるところもあるが、そもそも退職金というのは「給料の後払い」という側面があり、それを不支給にするというのは、「それなりの悪質な事情が必要だ」というのが現在の裁判所の考えである。

今回のX先生の行為については、「勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する」と判断されたといえるだろう。被害生徒の心情を考えれば当然の結果である。

ちなみに同じ公務員でも、警察官が不支給処分の取り消しを提起し、裁判所に認められたケースもある。

警察官が上長にあたる巡査長に頭突きをしたり、飲食店の店員に「ブッ壊すぞコノ野郎!」と絡んだりする暴挙を働いた事件である。結局このトンデモない警察官も懲戒免職、そして退職金不支給処分となったが、同じように取り消しを提起。

裁判所は「懲戒免職には違法性がない」と判断したが「退職金不支給処分は違法である。1290万円を支給すべきである」と判断した(横浜地裁 R5.9.13)

非違行為は多種多様であり、その非違行為が裁判所でどのように判断されるかどうかは、このようにケースバイケースである。

 会社員がなんらかの事由で会社側から解雇された場合も、必ずしも退職金が支給されないわけではないが、山形県の高校教諭のような悪質なハラスメント行為は許される行為ではなく、退職金不支給処分が合法となる可能性が高い。

くれぐれも留意すべきである。

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