不適切保育の背景にある「保育士の労働問題」 弁護士「一斉退職が質の低下招く」【松戸事案から考察】
不適切保育を指摘された梨の花保育園(千葉県松戸市)をめぐり、園を運営する社会福祉法人松峰会の保護者説明会が騒動後初めて行われた。参加した複数の保護者によると、約2時間のうち、法人側の説明に大半の時間が使われ、質疑応答は10分程度で終わったという。2023年度だけで20人の退職者が出たことも明らかになった。
子ども2人を預ける保護者は悩んだ末、子の友人関係や地の利を勘案して転園を踏みとどまったが「今回の根本的な原因となった労働環境や風通しの悪さなどに向き合えていない中、(不適切保育の)再発への懸念は拭えません。非常に悔しいです」と話した。
保育を考える全国弁護士ネットワークの藤井豊弁護士は、保育士の一斉退職は各地で起きていると指摘。「行政は労使問題とだけとらえがちだが、急激に保育の質を低下させる深刻な事態と認識する必要がある」とし、不適切保育につながる危険性があると説明する。
乳幼児の情緒の安定には保育士との信頼関係が重要で、大幅な人員の入れ替えは子どもに不安を与え、喪失・離別体験になる可能性もあるという。「ならし保育」が行われる4月に保育士自身が職場に慣れていない状況となるのは安全面にも不安がある。
●信頼関係つくるための説明会
今回の一件は、元職員らでつくる労組が2024年2月に松戸市への公開通報をしたことをきっかけに広がった。労働条件をめぐる交渉で2023年6月に急きょ退職に追い込まれた3人を中心に、13人が東京管理職ユニオンに加入。2022〜2024年にあった園長を含む複数の保育士による暴言やネグレクト(無視、放置)20数件について通報した。
ある保護者によると、4月5日の園による説明会では、松戸市が認定した「不適切保育1件、望ましくない関わり2件」について言及した。事案が起きた5歳児クラスは2023年6月の担任退職などによって新任の保育士が急きょ対応、クラスが荒れており、10月に3件が相次いだと説明した。2024年3月末に退職するこの保育士自身も出席し、「おいブス聞いてるのか」などと園児に言われて傷ついたなど、行為に至った経緯を語ったという。
このような説明会のあり方について藤井弁護士は疑問視する。
「そもそも説明会は、保護者の疑問を解消し、信頼関係をつくるためにあるはず。指摘された出来事だけの説明にとどまれば不十分です。多数の退職者が出た背景や、運営のあり方まできちんと掘り下げて報告する必要があります。また、行為者を矢面に立たせて保護者の前で説明させるのは、やり方によっては園から保育士へのハラスメントになり得るでしょう」
●保育の質は労働環境整えてこそ
行政による調査も踏み込みが甘くなりがちだ。特に民間保育所では、細かい運営までは口出しできず、松戸市のように複数の証言が得られないから一部しか認定できないとする例が見られるという。
「認定されなかった事実について全くなかったことを前提として進めていいのでしょうか。なぜ告発されたのか、大量に退職したのか。園が対応しきれなかったことについて、同様の事態を繰り返さないようにする仕組みまで示さないと、保護者には納得や安心感を与えることはできない」(藤井弁護士)
正常化していくためには、外部による監視が有効だ。松戸市は今回、市のベテラン保育士2人を派遣し、相談を受けたり指導をしたりするという。市としてこうした取り組みは初めてというが、週2回午前のみで2カ月間と時限的措置にとどまっている。
多くの職種で人手不足のなか、保育士は特に「目の前の子供のケア」への使命感や責任感も強いため、退職へのハードルは高いはずだ。そうした背景から大量退職は「保育現場が完全に壊れてしまった」異常事態であり、特別監査の対象とすることが必要ではないか、と藤井弁護士は提案する。
藤井弁護士によると、日本の保育士の配置基準は国際的に低水準という。松戸市は近年、保育士の報酬を上乗せする「松戸手当」などの子育て支援策を展開。実際に梨の花保育園に勤めていた職員も「高い報酬に惹かれて松戸市の園に就職する仲間は多い」と話す。
数を集めるだけでなく、正常な労働環境を整えなければ、頻繁に人員の入れ替えが起きるだけだ。「保育現場が安定して初めて子供が安定する(藤井弁護士)」保育の現場で、「なり手不足→保育の質の悪化→不適切保育の発生」という負のスパイラルを断ち切らなければ、バスの置き去り事故や虐待などの悲劇が再び起きる懸念は拭いきれない。
【取材協力弁護士】
藤井 豊(ふじい・ゆたか)弁護士
2008年登録、京都弁護士会所属。全国16人の弁護士と連携し、「保育を考える全国弁護士ネットワーク」を設立し共同代表。約10年にわたり保育の問題に携わる。院内保育所で大幅な職員交替が行われた「青いとり保育園一斉解雇事件」裁判を弁護団として担当。同事件について共著に『先生、ボクたちのこときらいになったからいなくなっちゃったの?―子ども不在の保育行政に立ち向かう』(2017年、ひとなる書房)。
事務所名:京都第一法律事務所
事務所URL:https://www.daiichi.gr.jp/