大手事務所にいた頃とは違って…堺雅人のCMはなぜ急に増えているのか
堺雅人(50)のCMが急に増えたとお感じの方は多いのではないか。それもそのはず。昨年から今年にかけて「丸紅」「オープンハウス」「サントリー『伊右衛門』」と新たにCM契約を結んだ。堺のCMはどうして増えたのか? 現代CM事情と併せて考察する。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
【写真を見る】堺雅人が所属した大手事務所 会長・田邊昭知氏の妻は小林麻美
独立によって増えた堺のCM
堺は昨年から今年にかけて「丸紅」「オープンハウス」「サントリー『伊右衛門』 」とCM契約を結んだ。さらに2020年から「日本マクドナルド」、22年から「メルカリ」と「サントリー『パーフェクトサントリービール』」のCMに出演している。
そう多くないように思えるが、大量のCMを流す企業・商品が多いため、堺の姿がやたら目立つようになった。例えば堺が登場するバージョンが中心の「マクドナルド」の場合、今年1月のCM放送秒数は全CMの中で2位だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
堺のCMが増えた背景には、まず独立がある。堺は2022年末、28年間にわたって所属した田辺エージェンシーを離れた。芸能界の実力者・田邊昭知氏(85)が会長を務める芸能事務所である。
「田邊会長には『芸能人は露出が多過ぎると早く消耗してしまう』という持論がある。だからテレビや映画、CMへの出演は絞り込む」(大手芸能事務所幹部)
堺のCM出演が抑えられていた一番の理由は事務所の方針だったのだ。TBS「半沢直樹」(2013年)が大ヒットしながら、7年も続編が制作されなかった一因でもある。
スポンサー側はヒット作の俳優を求めがち
同じ事務所に現在も所属するタモリ(78)も古くからCMが少ないことで知られる。今でこそ「キリンビール『本麒麟』」、「キリンビバレッジ『キリン iMUSEヨーグルトテイスト』」のCMに登場しているが、MCを務めていたフジテレビ「笑っていいとも!」(1982年〜2014年)の放送中は全くCMに出ない時期もあった。
このため、2009年に消費者金融「アコム」のCMに登場した際にはテレビ界で話題になった。芸能人がCMに出るのは当たり前なのだが、テレビパーソンたちが「アコムはどうやって担ぎ出しに成功したのか」などと首を捻った。
堺の場合、昨年9月の最終回の個人視聴率が12.5%に達したTBS「VIVANT」の成功もCM増に影響をもたらしたのは間違いない。「オープンハウス」と「伊右衛門」のCMは今年に入ってから放送が始まった。
CM界のキャスティングの考え方の一端は単純明快。ドラマの登場作品が当たった俳優には出演依頼が相次ぎ、作品がコケた俳優の起用はためらわれる。CM契約の更新も難しくなる。
「ドラマの出来、不出来の責任はほとんどが制作者側にあるが、スポンサー側はヒット作の俳優を求めがち」(同・大手芸能事務所幹部)
そのほうが視聴者のウケが良いと考えている。
CMで稼がなくてはならない時代
CMは俳優の本業ではないが、重要性は高まるばかり。民放がゼロ成長、マイナス成長の時代に入り、ドラマのギャラが完全に頭打ちになっているからだ。
バブル期の感覚が残っていた2000年ごろまではギャラが俳優側の言い値で決まることもあった。ある俳優はスペシャルドラマへの出演を断るため、その口実として、ほんの数シーンの登場で数百万円という法外なギャラを要求した。ところが受け入れられてしまい、やむなく出たこともあった。
今は違う。プライム帯(午後7時〜同11時)の1時間ドラマの制作費は3000万円前後という時代が5年以上続いていたが、冬ドラマの中には2500万円を切る作品もあった。
低予算ドラマだと登場シーンの少ない俳優のギャラは1回当たり10万円程度。最終回までの10回全てに出演しても1クール(3カ月)で約100万円にしかならない。
そこから6、7割程度をマネージメント料として事務所に支払うから、ほかに仕事を入れないと生活が厳しい。俳優の掛け持ち出演が増えるはずである。CMへの出演願望も高まる。
CM契約金のランク表は存在しない
堺ら主演級にもドラマのギャラが頭打ちの影響はある。1回当たりのギャラは200〜300万円で、やはり5年以上変わっていない。主演級は出演を年1、2本に絞っているから、収入を伸ばすにはCMに出るしかない。
「CMには俳優の契約金のランク表が存在する」と思い込んでいる向きが昔からあるが、そんなものは広告代理店にもキャスティング会社にも一切存在しない。
「CM契約の期間は新製品の発売時期のみ、半年、1年以上とさまざまですから。また、形態もテレビのCMのみ、ウェ ブやラジオを含むケース、新聞、雑誌も込みといろいろある。ランク表なんてつくれるはずがない。そもそも広告費は企業や商品によってまるで違う。価格が安い菓子類と高級車に同じ広告費が投じられるわけがない」(別の大手芸能事務所幹部)
化粧品のCMの契約金は安い
契約金の金額は全て俳優側とスポンサー側の個別協議で決まる。
ランク表がつくれない理由はほかにもある。俳優側が出たいCMは契約金が安くなるからだ。その筆頭は女優が登場する化粧品のCMである。
「大手の化粧品会社のCMは出られる女優の数が限られていて、しかも制作費が高く、美しく撮ってくれるから、契約金が少しぐらい安くたって出る」(同・別の大手芸能事務所幹部)
契約金はバラバラであり、ある程度の相場感しかない。堺クラスの一線級だとテレビCMで年間5000万円は下らないと見られている。新人クラスで同1000万円以上、中堅だと1500〜3000万円以上だ。
「大物は1億円以上では」という声もあるが、これもあり得ない。バブル期と違うので、企業はそれほど広告費を使わない。また、広告予算をCMからウェブ広告に配分した影響もある。
よく女優らのCM契約数の多さが話題になるが、芸能界側はそれをほとんど気にしない。
「必ずしも人気のバロメーターではないからです。CM予算の多くない企業は契約金が安い俳優を使いたがる。また、事務所によっては新人や若手の認知度を高める目的で、契約金額を気にせず、片っ端からCMを引き受ける」(同・別の大手芸能事務所幹部)
やはりランク表はつくれないのである。
企業側に信用されている堺雅人
一般的に堺のような個人事務所組はCM獲得において不利とされている。
「万が一、不祥事があった時、巨額になる違約金の支払い能力に不安があるからです。事務所に所属していると、CMの契約金からも手数料を取られる分、違約金の発生時には立て替えてくれる。ただし、弁済するわけではありません。長期の分割になろうが、支払うのはあくまで本人」(同・別の大手芸能事務所幹部)
堺は個人事務所でもCM人気が高まるばかりだから、企業側に信用されているのだろう。
2020年に大手芸能事務所・オスカープロモーションを離れ、個人事務所を設立した米倉涼子(48)も「楽天モバイル」など5社と契約している。個人事務所組は事務所に支払う手数料がないから、契約さえ取れたら一攫千金かと思いきや、そう単純ではない。
「個人事務所はランニングコストが月200〜300万円以上かかる。オフィスを借り、経理担当者や事務員、マネージャー、運転手を雇用しなくてはなりませんから」(同・別の大手芸能事務所幹部)
個人事務所を開いたら、その運営のため、稼がなくてはならない。やっぱりCMによる収入は欠かせないのである。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。
デイリー新潮編集部